第3話 妖精事件 後編
雨は夜になっても降り続く。
皆におやすみの挨拶をすませたあと、俺は微かに雨音が聞こえてくる自室に戻り、簡素なイスに腰掛け、これから実現するであろう魔導的な偉業に胸をときめかせていた。
「電話、携帯電話、スマートフォン……」
離れた場所にいる相手と対話するために誕生した文明の利器。
現代日本に生まれた者であれば、生活の一部となっていたそれら。
当然、俺も慣れ親しんでいた。
つまり、『離れた相手と対話する』という『感覚』はとっくに獲得しているのだ。
この『感覚』があるならば、これを魔法として実現することも、そう難しいことではないだろう。
いまさら通信に取り組むのは、これまでの生活――森でのサバイバルでは必要がなかったからに他ならない。
唯一の友人であったシルは週一くらいの頻度で訪れていたから、何かあれば次に来たときに話せばいいと考えていたのだ。
森に籠もり続ける、という当初の予定が木っ端微塵になった現在、ひとまずこの森ねこ亭に留まってはいるが、しかし、不可測な事態によって急に離れなければならなくなる状況だってあるかもしれない。
それを考えると、やはり気軽に連絡がとれる手段は用意しておいた方がいい。
もしかすると、便利すぎて毎日シルの長話に付き合わされるような事態になるかもしれないが、その時はまたその時で考えよう。
例えば、制限時間があるとか、そんな感じで。
「さて、まずは……」
と、手の中に創造したのは、元の世界で使っていたスマートフォン。
お値段一円という狂気の価格だったが、俺の使い方ではまったく性能に不満がなかったコストパフォーマンス最強のスマホである。
「ふむ……」
形、質感、すべては記憶にある通り。
しかし――
「やっぱり、こりゃモックでしかないな」
電源ボタンを長押ししても画面が点灯することはない。
精巧な原寸大の模型だ。
俺が創造できるのは、元の世界で慣れ親しんでいた『単純な構造の物』と、『体に取り込んだことのある食品』だ。
複雑な構造、さらには高度なプログラムによって実現していたスマホとなると、見た目だけの模型にしかならない。
しかし、この結果は予想していた通り。
それでも、一応、もしかしたら、という宝くじを買うような期待感でちょっと試してみたのだ。
「なんかいい感じに連絡が取り合える物になってくれてたら、問題は一気に解決したんだが……さすがに無理だったか」
ぽいっと、何の役にも立たない長細い板を〈猫袋〉に放り込む。
「さて、ここからが本番だ」
魔法での『通話』の再現。
実現のイメージとしては『念話』だろう。
俺はイスに座ったまま目を瞑り、精神を統一させる。
経験上、魔法の開発は危険がともなう。
半年ほど前、長らく取り組んでいた〈猫袋〉をそろそろ実現させようと大規模な実験をおこなったときは空間異常が発生し、その歪みによって森の一部が知らない場所に繋がってしまい、ごっそりと置き換わるという事故も起きたものだ。
しかし今回目指すのは『念話』なので、うっかり失敗したり、予想外の効果が現れてもそう被害が出るようなことはないだろう。
「(もしもし、もしもし……)」
念じ、待つ。
反応は――ない。
「ふむ? あ、『もしもし』じゃ意味不明か?」
もしもし、とワンクッションいれてから話し始めるのは日本独自の文化であると聞いたことがある。
いやそもそも、離れた相手と対話するという状況が存在するのかしないのかわからない異世界だ、いきなり脳内に『もしもし』などと響けば、相手はびっくりして応対どころではないだろう。
「(おーい、俺、俺だけどー)」
っと、いかん、これではオレオレ詐欺と間違われる――わけないな。
「(聞こえるー? おーい、聞こえたらなんか反応してほしいんだけどー)」
再び待つ。
が、反応はない。
「シルにまで届いてないのか……? あ、考えてみれば、基地局も交換局もないんだから、俺の出力がそのまま影響するもんな」
つまり、いるのだ。
シルのいる山まで届く『大出力』が。
「こほおぉぉぉぉぉ……!」
高まれ、俺の魔力。
とどけ、シルのところへ。
奥義――
「(((ファ・ミ・○・キ・く・だ・さ・いッ!!)))」
全身全霊の念波。
手応えあり。
が、次の瞬間――
『……うわあぁぁぁ――――――――――……ッ!?』
寝静まっていた宿が突然騒がしくなった。
まるで宿にいる俺以外の全員が、びっくりして悲鳴を上げながら飛び起きたような――。
「ふむ、これは……。よし、寝るか」
どたばたと人が起き出す音を微かに聞きながら、俺はそっとベッドで横になる。
おやすみなさい。
△◆▽
本日は晴天。
宿の皆は昨夜の、頭の中に突然響いた謎の大声を不思議がっていたが、俺には何のことかわからないのでお菓子の詰め合わせを配っておいた。
やはりあれだな。
魔法の実験は人の居ないところでやるべきだな。
「先生! 今日は薬草集めに行ける!」
「いっぱい集めます!」
「……行く!」
「わん!」
朝食時、昨日はお流れになったピクニックに行くのだと、おちびーズは張りきって主張してきた。
「わかった、じゃあ今日は薬草集めな」
やったー、と大喜びのおちびーズ。
どういうわけか、おちびーズは薬草採取と言う名のピクニックが楽しくて楽しくて仕方ないようだ。
そのあと、おちびーズはお出かけの準備。グラウとシディアがお弁当を用意してくれるのを待って、まずは冒険者ギルドへと出発した。
出掛ける面子はいつも通り。
おちびーズが先を行き、その後を俺、エレザ、シセリアが付いていく。
やがて、そろそろ慣れてきた冒険者ギルド第八支部に到着。
割のいい仕事はないかと、朝から足を運ぶ勤勉な冒険者たちによってそれなりに混雑しているのだが……今朝はいつもと少し様子が違う。
冒険者たちは仕事探しよりも、噂話の方に夢中だった。
ちょっと耳を傾けてみると――
「ふうん、真夜中の大声? 俺は知らないな」
「おいおい、どれだけ深く寝入ってたんだよ。こう、頭の中にガツーンって感じでよ、俺なんかびっくりして飛び起きたぜ?」
どうやら噂されているのは、昨夜遅くに聞こえた『謎の大声』についてらしい。
そうか、宿屋だけに留まらなかったのか……。
うっかり宿屋周辺にまで――
「どうやら声は王都中に響き渡ったそうだ」
やべえ周辺どころの騒ぎじゃねえ……!
「それでその大声は何を言っていたんだ?」
「それがよくわからないんだ。起きている連中は言葉をはっきりと聞いたらしいが……お前、ファミ○キって知ってるか?」
「ファミ○キ? なんだそれは?」
「わからん。なんでも声は『ファミ○キください』って訴えていたようでな。迷信深い奴らは、これだけ多くの人間に向けて訴えたってことは、そのファミ○キ? それを見つけだして捧げれば、何でも願いが叶うんだってファミ○キを探し回っているらしい」
「そいつはまた……ご苦労なことだな」
本当にご苦労なことだ。
そして誠に申し訳ないことでもある。
これはバレると色々とまずいか?
怒られるやつか?
そう俺がハラハラしていると――
「だがまあ、妖精の悪戯だろう」
「だろうな」
あっさりとそう断じる冒険者たち。
この世界には妖精がいる。
多くは妖精女王が治める妖精界に住んでいるとかシルに聞いた。
元の世界にもいたのかは謎だが、こっちの妖精はちょくちょく人前に姿を現すし、交流もあるようだ。
問題は、多くの妖精が悪戯好きということだろう。
「そうか、すべては妖精の仕業か……」
俺は知らんぷりして妖精にすべてを委ねることにした。
これは……あれだ。
妙なことがあれば、すぐに妖精の仕業ではないかと勘ぐられるような実績を積みあげてしまった妖精たちが悪いのだ。
離れたところに、じ~っと俺を見つめる支部長がいるが、何故あんなに見つめてくるのか俺にはまったくわからない。
無視だ。
早く、一刻も早く、素知らぬ顔でいつも通り手持ちの薬草を納品して、さっさと立ち去らねばならない。
俺は急いで薬草を納品すると、続けて普通の薬草を集める依頼を受ける。
どういうわけか俺専門の受付嬢になりつつあるコルコルが、じとっと俺を睨むのはいったい何故なのだろう?
「ケインさん、ちょっとお尋ねしたいことがあるのですが……」
「おっとすまない。のんびり話している時間がなくてな。ほら、見てくれあのちびっ子たちを。まるでこの世の薬草すべてを集めてやろうと言わんばかりの気合いの入りようじゃないか、はっはっは」
コルコルの話を軽やかに躱し、依頼を受けた俺はわくわくと今にも飛び出さんばかりのおちびーズの元へ戻る。
「み、みんな、ほら、薬草集めに行くぞ」
はーい、と元気よく返事をするノラとディア。
静かに奮起するラウくん。
吠えるペロ。
そんなおちびーズに続き、俺はそそくさと冒険者ギルドを後にした。
さて、戻ってきたときはどう誤魔化したものやら……。
――――――――――――――――――――――――――――
シル「……んおっ!? いまケインに呼ば……なんだ、夢か。まったく、夢にまで……。ぐぅ……」
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