第36話 まだ見ぬ悠々自適を求めて

 王様たち王宮の面々はひどく緊張を強いられていたらしく、『森の家爆破事件』における犯人捜しが無事(?)に終わり、ついでに魔獣の大暴走の心配までなくなった結果ずいぶんと気が抜けてしまった。

 王様に至っては、いっきに老け込んだような呆けぶりである。

 そんな中――


「で、実際のところ、お前に何があったんだ?」


 幾分落ち着いた様子でシルが尋ねてきた。

 きっと大暴れしたことで気分がすっきりしたのだろう。


「シル、まあ待て、それについては落ち着いた場所でゆっくり語り合った方がいいだろう。あと、お前にぜひ知ってもらいたいことが――」


「誤魔化すのか?」


「いやいやいやいや、そうじゃない。きっと喜んでもらえる話だから。もしお前がなんとも思わなければ、その時は大人しく俺に何があったのか説明してもかまわないから」


「つまり普通に喋るつもりはないんだな?」


「んんーっ、もしかしたら、あるいは、たぶん……そんな感じ?」


「……」


 俺を見るシルの目が冷たい。

 一方、王様たちは「やめて? お願いだからもうやめて?」と言いたげな、潤んだ瞳でこちらを見つめていた。

 シルもこれに気づいたのだろう。


「ふぅー……。まあいい。話は後で、ということだな」


 暴れたことを謝っておいて、またここで暴れてはさすがにワンパクすぎると考えたのか、シルはすんなりと聞きわけた。


「悪いな」


「馬鹿め」


 ふん、とシルにそっぽを向かれる。

 落ち着きはしたが、さすがに機嫌までは良くなっていないか。

 まあそれでも、俺が異世界の品々を創造できると知れば、少しは機嫌も良くなるだろう。


 森で暮らしている頃、シルはお土産としてよく料理を持ってきてくれ、その時は必ず酒とセットだった。むしろ酒がメインまである。シルは持ってきた酒を飲み、飲み、飲み、でもって酔っぱらうとくだを巻き、俺を大変困らせたものだ。


 まあちょっと話はそれたが、要はシルが酒好きであり、俺は異世界の酒をいくらでも創造できるというところがポイントである。

 これならシルも機嫌を直すに違いない。


 ともかく、これでようやく王宮で片付ける問題二つのうち、一つを片付けることができた。

 正確には目処が付いたというべきだろうが。

 となれば次はもう一つの問題。

 ノラの処遇について、ノラの親父さんとの面談である。


「戻ったら冒険者になる訓練は控えるという約束だったな」


 ノラの親父さんは王様の隣りにいた男性二人のうちの細身の方だった。名前はオルトナード。端正な顔立ちではあるが、娘を前にしても表情が淡泊で味気ないため、冷淡な印象を受ける人だ。


「約束は約束なのでな。これを蔑ろにすることはできない」


「あうー……」


 あと、ノラの親父さんは頑固っぽく、はっきりそう言われてノラはしょんぼり。

 しかし――


「が、王族として、自分の望みよりも王都の安全を優先させた判断もまた、蔑ろにすることはできない。事実、彼をすみやかに案内してきたからこそ、問題の早期解決に繋がった」


 おや、ノラの親父さん、意外と話のわかる人っぽい。


「そこで、だ。彼に師事するならば、例外的に冒険者になるための訓練を続けることを認めよう」


「本当!? ――先生!」


 ノラが目をきらきらさせて俺を見る。

 ついでにディアもきらきらした目で見てくる。


「どうかな?」


 もうあとは俺の返事一つと、親父さんが確認してくる。

 こんなの断れるわけないだろうに。


「ふう、わかったよ……」


「よし、では報酬を用意しようか」


「いや、それは要らない。これは仕事とはべつだ」


「……そうか。では、話は以上だな」


 わずかに微笑んだような、そうでないような、ともかくノラの親父さんはそう告げると、踵を返してさっさと立ち去ろうとする。

 が、その途中でふと動きを止めてノラを見た。


「たまには報告に戻るように」


「はーい!」


 ノラは嬉しそうに元気よく返事をした。



    △◆▽



 王宮から宿に戻ったあと、やはりシルは俺に何があったのかを執念深く聞きだそうとしてきた。

 そこで俺は計画通り、まず元の世界の品を創造できるようになったことを説明して気をそらし、続けてシルの前にどんどん酒を用意してたらふく飲ませることで見事誤魔化すことに成功した。


「異世界の品々を創造できるとか、お前すごいな!」


 創造した酒はそう高価なものではないが、それでもこの世界にある一般的な酒に比べれば、その味や品質はずっと高水準。

 これがたいへん口に合ったようで、シルはかつてないほどゴキゲンになっていた。


「だけど制限はあるぞ? 創造できるのは実際に食べたり飲んだりしたことのある物、あとは簡単な構造の物だけなんだ」


「いやー、充分だろう。充分充分。それより聞いてくれよ~」


 すっかり酔っぱらったシルは自分の話を始める。

 それは妹に誘われ『さまよう宿屋』へ行っていたという話で、これに興味を持った宿屋夫婦が聴き手に加わる。せっかくなので二人にもお酒を出して、おちびーズにはジュースとお菓子を用意した。


「うぃ~、これでもう妹はでかい顔ができないぞ! やったな!」


「いや俺としてはどうでもいいんだが……」


「よくはないだろぉ~?」


 シルが背中を叩いてくる。

 痛いです。

 地味に痛いんです、酔っぱらった竜の平手は。

 バシンバシン、ならいいんだけど、なんかドゴーンドゴーンって感じなので。


「よし、ケイン、妹を見返すためにも、あれだ、ほれ、あれ、お土産! お酒な、いっぱいな! 入れる樽、用意して。樽、いっぱい!」


「どんだけお土産にするつもりだ……」


 結局、シルは三十樽ほどを魔法鞄に詰め込み、ほくほくした顔で「近いうちにまた来る!」と言い残して帰っていった。

 ずいぶんとあっさりしたものだが……ここは『いつも』に戻ったからこそと考えよう。

 ただ、ちょっと気になるのは――


「もしかして、俺ってあいつが要求するたびに酒を用意しないといけなくなったのか?」


 俺に何があったか聞かない。

 それを交換条件にされたら、もう俺は要求されるがままに酒を用意するしかないわけで……。



    △◆▽



 さて、色々あったがこれでノラは晴れて冒険者になるための訓練ができるようになった。

 が、俺は冒険者になるための訓練など施すことができない。

 どうしたものかと考えていたところ、エレザが素晴らしい助言をしてくれた。


「では、冒険者として活動するケイン様に同行して、その様子を見学するというのはどうでしょう? 例えば薬草の採取……ああ、ごく一般的な薬草ですからね?」


「なるほど……!」


 俺は冒険者になったばかり。

 つまり俺がやる仕事は、ノラが冒険者になった時にまず始める仕事であり、つまりつまり、今のうちから俺の仕事を見学することは冒険者としての学習に繋がる、要はこれも訓練の一環ということだ。

 実に名案である。


「というわけで、今日の訓練は俺と一緒に町の外へ行って薬草を集めることだ!」


 色々あった翌日の早朝。

 俺は出発準備を終えたおちびーズに告げる。


「はい!」


「はーい!」


「……んー」


「わん!」


 元気よく応えるおちびーズはやる気満々。

 一名、まだ眠そうな顔でお姉ちゃんに寄りかかっている子もいるがまあよしとしよう。

 このほかにも、みんなのお弁当が詰められた籠をさげるエレザ、それから何故かこの森ねこ亭に宿泊することになったらしい、心なしかしょんぼり顔のシセリアが薬草採取に参加する。


「では出発!」


「しゅっぱーつ!」


「いってきまーす! ……ラウくん、ほら、いってきますって」


「んー……いてき……」


 にこにこ手を振る宿屋夫婦に見送られ、俺たちは宿を出る。

 雰囲気は完全にピクニックへお出かけ、である。

 もちろん、ちゃんと薬草も集める。

 集めるが……うーむ、考えてみると頑張って集めても、所詮はおちびーズのお小遣い程度なんだよな。


 正直、なんで薬草採取なんぞ、という気持ちもある。

 だがそれでも心持ちは軽いし、目を瞑ればそこにいるシャカもごろごろ喉を鳴らしてご機嫌な様子だ。


「まあ、スローライフしていた頃の薬草探しとは違うからな……」


 俺は思う。

 やはりスローライフというまやかしに見切りをつけたのは正解だったと。

 あとは悠々自適な生活をおくれさえすれば、もうそれ以上に望むことなどない。


「早く実現させたいもんだ……」


 先を行く、きゃっきゃとにぎやかなおちびーズを眺めながら、俺はぼんやりと呟くのだった。

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