第34話 青空審判――

 王宮に到着すると、まず衛兵や使用人たちがすっ飛んできた。

 対応はエレザが請け負い、王宮に留まっているシルに会わせたい者を連れてきたことを端的に伝える。

 この結果、俺たちはしばしの待機をへて王様のところへご案内されることになった。


 てっきり俺は謁見の間みたいな立派な場所へ連れて行かれるのだと思っていたが、実際に訪れることになったのは、この王宮にある広々とした西洋的な庭園だった。

 ありのままの石や樹木でもって美しさ――いわゆる『侘び寂び』を表現する日本的な庭園とは違う、自然を幾何学形状に配することで人工的な美しさを実現した庭園だ。


「すごーい、きれーい!」


 普通なら訪れる機会などない庭園に感激したのはディア。

 隣りにいるノラはちょっと得意げである。

 そしてお姉ちゃんが喜ぶ一方で、ラウくんは知らない人ばかりということもあって、残念ながら景観を楽しむ余裕などなく、ディアの背にひしっとしがみついていた。

 それは微笑ましい光景であったが――


「空はこんなに青いのになぁ……」


 俺の心はやや曇り。

 シャカが「鬱陶しい」とばかりににゃごにゃご騒ぐ始末。


 そんな俺たちから少し距離を置いた先に、騎士たちが集まって陣を築いている。

 陣の中央には立派な椅子が置かれ、そこには白髪頭に王冠を載せた王様(たぶん)がいた。

 見事な金糸装飾を施した黒地の衣を纏う姿は立派なものであるが……その表情は憔悴しており、明るい緑の瞳には覇気がない。

 そんな王様の右側には、立派な服を身につけた男性が二人。

 どちらも金髪の緑眼だが、一方はがっちりとした体格で動的な印象を受けるのに対し、もう一方は細身であり静的な印象を受ける。


 で、左側にはよく知る女性がぽかーんと間抜け面を晒していた。


「えっ、あれっ!? 会わせたい者ってケイン!? あれぇっ!? なんでぇ!?」


 ぽかん顔をしていた女性――シルが取り乱す。

 そのせいで、厳かな感じでスタンバイしていた王様陣営が『え? え? あれ?』と動揺し始めた。

 たぶんこの後の段取りとかあったんだろうけど、シルがぶち壊しにしてしまったようだ。

 そしてそれを窘められるような者はこの場にはいない、と。


「お前っ、どうして森から出て来ているんだ!?」


 ああ、その疑問はもっともだ。

 シルほど、俺が頑なに森から出ようとしなかったことを知る者はいない。


「お、思うところが……あったもんで……」


「思うところって……。私はてっきり森のどこかに隠れているとばかり……。まあ無事ならそれでいい。いや、むしろ手っとり早いか。お前の住処を破壊したのはどんな奴だったんだ?」


「そ、それなんだが……」


 言いにくい……。

 とても言いにくいが……ここは正直に話すしかない。


「実は……家を吹っ飛ばしたの、俺なんだよね」


「は?」


 シルがまたぽかん顔になる。


「俺……なんだよね……」


「い、いや、待て、ちょっと待て。考えさせろ」


 なにも考えるほどの話ではないが、シルは俯いて眉間をもみもみ。

 やがて――


「お前が破壊した? 自分の家を? 跡形もなく? あんな一生懸命作っていたのに? なんで?」


 ひどく平坦な声でもってシルは尋ねてきた。

 あー、これは怒ってますねー。

 いや、正確には怒る一歩手前か。

 もう怒ってもいいんだけど、一応ちゃんと事実確認だけしておこうという、冷静さがまだ残っている状態だ。


「つ、つい、カッとなりまして、気づいたら……」


「家が吹き飛んでいた、と」


「はい」


「…………」


 そしてシルは沈黙し、場は静寂に支配される。

 誰も何も言わない。

 だが不穏なものをひしひしと感じているのだろう、王様やその周囲を固める騎士たちは引きつった顔でぷるぷる震えていた。


 ああ、この静寂はいつまで続く?

 なんかもう永遠に続いてくれてもいいような気がしてきた。

 ニャンは天にいまし、すべて世は事もなし。

 そして――


「あ」


 とシルが言った。


「あ?」


 なんだろう、と俺は応えた。

 次の瞬間――


「アァァァホかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 怒声?

 いやもうなんかこれ咆吼だわ。


『のわぁぁぁぁ!?』


 シルの感情の爆発に周囲の魔素が引っぱられたのだろう、突如としてちょっとした衝撃波が発生し、近くにいた王様とか騎士とか、集まっていた連中がコントみたいに薙ぎ倒された。

 一方――


「ふわっ!」


「ひやぁー! ――あ」


「……むぎゅー!」


「きゃいん!」


 俺たちの方はとなると、エレザやシセリアは平気だったものの、おちびーズに被害が出た。

 ぼすんと尻もちをつくノラ、ディアは倒れた拍子にしがみついていたラウくんを下敷きにし、ペロはころころ転がる始末。


 まあこんな被害が出ているものの、あのブチキレ具合でこの程度に抑えているシルはさすがである。

 未熟な俺なんか家を木っ端微塵にしちゃったからね。


「自分で家を吹き飛ばしただと!? ついカッとなって!? そんなのわかるか! ふざけるな! 真面目に心配していた私が馬鹿みたいではないか!」


 怒鳴りながら、シルはずんずんこちらにやって来る。


「ケイン様、ご武運を……!」


「が、頑張ってくださいね……!」


 これはヤバい、と判断したらしく、エレザはノラとディアを、シセリアはペロとラウくんを抱っこして後方へ避難。

 と、そこでシルが俺の前に立つ。

 おおっと、睨んでくる目力が凄いですよ……!


「ゴ、ゴゴ、ゴメンナサイ……!」


 俺は直ちに全面降伏。

 がしかし――


「ただ謝ったところで許せるか馬鹿者め!」


 シルは許してくれなかった。


「お前はいつもそうだ! わけがわからん! いつもわけがわからん! 家を吹き飛ばしたのもわけがわからんが、それより森から出てきているのがもっとわからん! お前はずっと森で暮らすと言っていたではないか! どれだけ勧めようと頑なに! にもかかわらず、ぬけぬけと森から出ているのはどういうことだ!?」


「そ、それにつきましては、ちょっと説明できかねるわけで……」


「何故できん! それにあれ、スローライフ、あれだけこだわっていたスローライフはどうしたんだ!?」


「ぐふっ!」


 人から聞く『スローライフ』という言葉の破壊力よ……!

 咄嗟に俺は叫ぶ。


「や、やめてくれ……! 俺の前でスローライフなどと口にしてくれるな……!」


「んおぉっ!?」


 これにシルはびっくり仰天。

 怒りよりも困惑が勝った。


「お、お、おおっ!? お前、本当にどうした!? 家を吹き飛ばすわスローライフも――、いや、逆か、スローライフに何か思うところがあって、それで家を吹き飛ばして森を出たのか!」


 うおっ、なんか名推理された。

 ほぼ正解とか……怖い!

 探偵に公開処刑くらう犯人は、きっとこんな恐怖を味わっていたのだろう。


「なるほど、あれだけ執着していたスローライフへの意識が変わったとなれば、よほどのことがあったのだろうな……」


 俺の脱スローライフはそれほど意外であったらしく、シルはひとまず怒鳴りつけるのをやめてくれた。

 まあ、まだ怒りは収まっていないようだけども。


「よし、ケイン、そこへ直れ。正座だ」


「うぐぐ……」


 逆らえず、俺は大人しく正座する。

 かつてはシルに正座させて説教した俺が、今度はシルに正座させられて説教されることになるとは……!


「で、さっそく説教をしたいところだが……まずは聞こう。ケイン、いったい何があったんだ? その内容次第では、溜飲を下げることもやぶさかではないぞ」


 俺を見下ろすシルの声音が若干優しくなる。

 でも、何があったのかを言うのはちょっと……。


 どうしたものかと困っていると、シルはさらに言う。


「つい怒鳴り散らしてしまったが、思えばお前の行動については私がとやかく言うことではないからな。しかし――だ、そう理解しても腹立たしいものは腹立たしい。なあケイン、これは何故だと思う? どうして私がこれほど腹を立てることになったか、お前にわかるか?」


「え、えっと……」


 あー、これ、選択をミスるとダメなやつだ。

 考えろ、考えるんだ。

 ……。

 ああ、そうか!


「い、家と一緒に貰った家具とかも吹き飛ばしちゃった、から?」


「違うわ馬鹿者が! そんな物どうでもいい! 私が怒っているのは、お前が私になにも伝えずに森を出たからだ! どういうことだ、それなりに親しくなったと思っていたのは私だけだったのか!?」


 あ……あー、そうか、考えてみりゃ不義理だわな。


「で、でも冷静になれたのは――」


「お前が! 置き手紙の一つでも残しておけば! 私が無駄な心配することも! この国を騒がせることも! こうしてお前が怒鳴られることもなかった! そうだろう!?」


「はい、まったくもってその通りです、はい……」


「まあ、お前がすべてを捨て、森をでる決意をするほどのことがあったのだ。私に伝えることを失念していたというのも、無理からぬことなのかもしれない。……さすがに私も捨てるつもりだったというわけではないのだろう?」


「そ、それはもちろん。そのうち連絡しないとなーと思ってはいたんだよ? ホントだよ?」


「そうか。安心した。――さて、そうなるとだ。私としてはやむを得ぬ事情によって森を飛び出したお前を許してやりたいと思うわけで、そのためにはやはりその『事情』を聞きたいわけだ。まあおそらくはしょうもない理由なのだろうが、そもそもお前はそんな奴だから、それについてはとやかく言わん。ちゃんと正直に話しさえすれば」


「うぐぐ……」


 この提案はシルの温情なのだろう。

 だが、俺にとってこの提案は、己の過ちを白日の下にさらすという耐えがたい苦痛をともなうものであった。

 だってこんな人前で、騙されて二年も死に物狂いのサバイバルしていたことに気づいた、なんて告白するんだよ?

 こんなの、幼い頃の過ち――空想の限りを書きとめた黒歴史のノートを人前で朗読させられるようなもの。

 そんなの愧死だよ?

 恥ずか死しちゃうよ?


 シルは知らずのうちに、俺にセルフ公開処刑を迫っている。

 そして俺は状況が公開処刑になっていることを、シルに伝えることができない。そんなのヒントを与えるようなものだ。しかしだからと黙り続けていてはシルがキレるし、嘘で誤魔化そうとしてもたぶん見抜かれてシルはキレる。


 なんてこった、これはいよいよ追い詰められた。

 これほどの危機……サバイバル生活でもなかったぞ。

 この危機を脱する方法は?

 どうすれば……どうしたら……。

 ああ、空は、空はこんなに青いのに……!


「――ッ」


 と、そこで天啓が俺の脳裏に突き刺さる。

 俺は直ちに叫んだ。


「〈空を自由に飛びたいな〉!」


 ゴッ――と。

 瞬間的に、正座したまま俺は大空へと射出された。

 空――空だ。

 自由だ。

 俺は自由だ!


「ふはははっ、俺は空が飛べるのだー!」


 追い詰められた犯人が誰でもぺらぺら白状すると思ったら大間違い。

 こんな開けた場所を対面の場に選んだのは間違い――


「私だって飛べるわこのアホがぁぁぁ――――――ッ!」


 叫んだシルが発光からの変身。

 竜の姿になって空へと羽ばたく。


「あー……」


 ですよねー。

 そりゃ竜ですもんねー。

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