第33話 過去は亡霊がごとく

 めずらしく神妙な顔をしたノラに自分を信じてくれるかどうか尋ねられた。

 それは『連れてって、連れてって』と道端の段ボールから訴えてくる子犬・子猫のような顔で、よくわからないからと無下にしてよい表情ではなかった。

 とはいえ、だ。

 いきなりそんなこと言われても、正直なところ困る。

 困る……が、ここは大人の甲斐性を見せるべきところだろう。


「んー、わかった。何だかわからんが信じようじゃないか」


 本当に何だかわからんが。


「せんせーありがとー!」


 ノラはぱぁーっと嬉しそうな顔。


「えっと、じゃあ、これから一緒にお城へ行こ、行こ」


 ノラが俺の手を取り、ぐいぐい引っぱる。

 と、そこでディアが言う。


「ノラお姉ちゃん、わたしも付いていっていい?」


「ディアちゃんは……どうだろ?」


「良いのではないですか?」


 困ったノラに告げたのはエレザ。


「じゃあ一緒に行こう!」


「やったー!」


 ディアは喜び、空いていた俺の手を取ってぐいぐい引っぱる。

 こうして少女二人に牽引されることになった俺の後ろを、エレザはラウくんの手を引いてついてくる。

 さらにその後ろには、ペロを抱えたシセリアがなんともいえない困り顔で大人しくついてきた。


「ではケイン様、道すがら、現在どのような事態になっているかご説明いたします」


「ああ、そりゃありがたいな」


 エレザの説明によると、つい先日、この国の王様のところにシルヴェールと名乗る竜が現れ、大森林の奥にあった家を破壊した奴を探し出してほしいと依頼をしたそうな。

 ……。

 えっと……どういうこと?

 シルが俺を捜しているのはわかるが、どうしてまたそんな回りくどいこと……ん?


 あ!


 シルからしたら、俺が自宅を吹っ飛ばすなんて予想できないか!

 つか俺が森から出てるってのも想定外のはずだ。

 あの頃の俺はまだスローライフという呪いがガンギマリになっていたから、『たまには外の世界を見てきたらどうだ?』というあいつの勧めを頑なに断っていた。


 あちゃー……。

 まいったなこれ、シルは誰かが俺の家を吹っ飛ばしたと勘違いしてるのか。

 まあそりゃあれだけ苦労して作り上げた家を、ついカッとなって木っ端微塵にするとか想像もせんわな、普通。


 俺が状況を把握し、やべえやべえと内心つぶやくなか、エレザはさらにノラが王様の前で俺を弁護して、事態を穏便に収めるつもりであることを説明した。


「私、頑張るから。頑張ってお爺さまを説得するから」


「お、おう。……おう? お爺さま?」


 さらっと言ったが、それってつまり――


「ノラは王様の孫ってこと?」


「そうなの。第二王子のお父さまの娘で、ちゃんとした名前はノヴェイラっていうの」


 なるほど、いいところのお嬢さんだとは思っていたが、この国のお姫さまときたか。

 え?

 お姫さまが野宿の特訓していたの?


「ノラお姉ちゃん、お姫さまだったの……? じゃあ……」


 俺が『野宿の特訓をする姫』について考え始めたところ、ディアがしょんぼりした声で言った。

 仲良くなったお姉ちゃんが、雲の上の貴人であることに戸惑いを――


「じゃあ、これからはノラお姉さまって呼ばないといけないかな!?」


 どうやらあんまり気にしてはいないようだ。

 そうか、ノラは『ノラお姉ちゃん』から『ノラお姉さま』にランクアップするのか……。

 いや、そういうこっちゃないのでは?


「ううん、ディアちゃんはノラお姉ちゃんのままでいいよ!」


「ノラお姉ちゃん!」


「ディアちゃん!」


 俺をぐいぐい引っ張り続けていた二人は手を離し、そのままひしっと抱きしめ合った。

 仲良しだね。

 もしかすると、二人はそれぞれお互いが初めての友達なのかもしれない。

 ノラは身分的に(もしかしたら性格的にも)これまで仲の良い友達ができなかったのかもしれず、またディアは宿屋の仕事(それはただ掘って埋めるためだけの穴掘り、あるいはただ押すためだけに押すドラム缶押し)があり、宿屋が暇(暇とはいったい……)なときは冒険者になるための訓練をしていたのだから、友達をつくって遊ぶようなこともできなかったのではあるまいか。


 ひとしきり抱きしめ合い、そのあと手を繋いで歩きだした二人のあとを追いつつ、俺はこそっとエレザに尋ねる。


「……なあエレザ、ノラってなんで冒険者なんぞを目指してるんだ……?」


「……ごもっともな質問ですね……」


 エレザは苦笑すると、ここははぐらかすことなく答えてくれる。


「……ノラ様のお母上――ルデラ様は元王金級の冒険者です。ケイン様は御存知ないかもしれませんが、国内のみならず周辺諸国にもその名が知られた有名人なのですよ……」


「……それはつまり、母親の影響ってことか。憧れて……?」


「……まさに。幼少より、ノラ様はルデラ様ご本人からその冒険譚を聞かされて育ちました。憧れるのは自然なことかと……」


「……なるほどなぁ。その王金級ってのが、どれほどのものかはわからないが、それを目指すとなるとノラは大変だな……」


「……単純な強さであれば、あの鎧を纏った状態の私を基準に考えていただければ……」


「……ん……?」


「……わたくしも、元王金級の冒険者ですので……」


「……んん……!?」


 そりゃ強いわけだ。

 もしノラが王金級の冒険者を目指しているなら、エレザくらいには強くならないといけないわけか。


「……なあ、もしかしてノラの親父さんって、ノラが無謀なことに挑戦しようとしてるから諦めさせようとしてるんじゃないか……?」


「……それはあるでしょうね……」


「……そっかー……」


 これからノラがどれくらい伸びるのか。

 魔法を習得すれば、なんとかなるか?


「……あ、そういやノラって王宮に戻ったらまずいんじゃなかったっけか……?」


「……まずいですね。無茶を言って飛びだしたので、ここでお戻りになると、少なくとも奥様がお帰りになるまでは王宮で過ごすことになると思われます……」


「……この騒動を収めるためってことで、特例扱いにはならないのか……?」


「……そこはノラ様のお父上――オルトナード様次第ですね……」


「……ノラはこのこと忘れてる……?」


「……いえ、覚悟の上です……」


「……おおう……」


 ノラは俺を救おうと行動をおこしたのか。

 のほほんとしているのに、なかなかの心意気。

 はたして、俺は知り合ったばかりの奴のために、悠々自適な生活をあきらめることができるだろうか?

 うむむ……。

 まあ騒動はなんとかなるだろう。

 シルにゴメンナサイだ。

 たぶんそれで許してくれる……かな?

 許してくれると信じよう。

 で、問題はその次、ノラに冒険者になるための訓練を続けさせるよう働きかけることだが……どうしたものか。

 ひとまず素直にお願いしてみて、ダメなら何か方法を考えなければならない。

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