第31話 水魔法の有用性について

 野郎二人は明らかにカタギではない風貌をしており、さらに体のあちこちに葉っぱの付いた木の枝を括り付けているため、その怪しさ、不審者感は留まるところを知らない。

 日本だったらお年寄りに席を譲ろうと通報待ったなし。迷子の子供を交番まで連れて行こうものなら、問答無用で現行犯逮捕だ。


 そんな奴らが顔を怒りに歪ませ、先の水弾を警戒しているのだろう、両手で股間を押さえながら突撃してくる。


 端的に言って――ヤバイッ!


 日本にいる頃の俺だったら名状しがたい恐怖に身がすくみ、為すがままにボコボコにされて有り金巻き上げられていたに違いない。


 だが、二年にわたるサバイバルは、俺という人間の精神を子猫からベンガルトラへと変貌させた。

 いまさら変態二人に襲いかかられようと、もはや危機感など覚えようもない。

 そう、こうしてのんびりどうしようか考える余裕すらある。


 ぶっちゃけ、あの二人をキュッと絞めるのは簡単だ。

 しかしだからといって、魔獣相手の対処はさすがにまずいだろう。あいつらが魔獣ほど強いようには思えず、下手すると手加減してもうっかり息の根を止めてしまうかもしれない。


 まあ、これが森の中であれば、さっさと母なる大地の懐に『いないいない』してしまってもいいが、今はダメだ。ノラやディア、そしてラウくんの教育にあまりにも――


「あ、そっか」


 そうだ、教育だ。

 あの二人は、ノラとディアに習得してもらおうと考えている水の魔法の有用性を証明するにはちょうどいい実験体になる。

 最初の一人に続き、二人目、三人目と水の魔法でのしてやれば、これはもう疑いようもなく水の魔法が有用だと信じてくれるだろう。

 というわけで――


「ごぼごぉぉ!?」


 右の野郎のお口に水弾を叩き込む。

 猛然とダッシュしてるとき、いきなり拳大の水が口に叩き込まれ、気管にお水がダイレクト入店したらどうなるか?


 答えは簡単。

 口から飛沫吹き上げながらの大転倒である。

 転ぶってのは、意外と体にダメージがあるものだ。骨が弱くなったお年寄りなんかは、もうそれだけで骨折しちゃうくらいに。

 それがダッシュしていた慣性がそのまま乗っての転倒ともなれば、ダメージはすぐには起き上がれなくなるくらいのものとなる。

 で、次に――


「……ごぼっ! ごぼぼぼっ! ごぼっ……!」


 左の野郎は顔を水球――〈乙事主も吃驚〉で覆ってやった。

 野郎は必死になって水の球を手でむしろうとするが、俺がそう留めているのだからまったくの無駄で、やがて跪き、そして倒れてのたうち回る。

 ひとまずここで水球は解除だ。


「死んでは……いないな。よしよし、上出来だ!」


 うまく手加減できた。

 ではさっそく、ノラとディアに今やったことを詳しく説明することにしよう。

 と、思った時――


『うおぉぉぉ――――――――ッ!!』


「な、なん!?」


 鬨の声をあげ、林からいっせいに飛び出して来る謎の集団が。

 隠れんぼ勢の本隊か?


「――いや、そうか!」


 突然の事態にびっくりしたが、状況はすぐに飲み込めた。

 そう、あの連中は先の三人と同じく、俺を王様のところへ連れて行きご褒美をたっぷり貰おうと集まった、欲の皮の突っ張ったろくでなしどもなのだ。


「俺は行っても貰えないのに……! ふざけやがって……!」


 俺にもたっぷりご褒美が出るなら付き合うのもやぶさかではない。

 ところが現実は非情、得をするのは俺を連れて行った奴だけなのだ。


「貴様らの思い通りにはさせない!」


 胸に灯る怒り。

 おそらく、これは義憤と呼ばれるものだろう。

 俺だけがのけ者にされる現実に対する、良心の怒りだ。


「お前たち、そこでよく見ていろよ! これが水の魔法の凄さだ!」


 俺はエレザによって早々に避難誘導されていたおちびーズに告げると、欲に塗れた野郎どもを一掃するための魔法を使う。


「うおぉぉぉ――――ッ!」


 俺の雄叫びに応え、俺の遙か頭上に何かもやもやとしたものが出現。

 イメージではそこから水が吹き出して洪水を起こし、迫り来る野郎どもをきれいに押し流すはずだったのだが――


「せんせー、なにあれー!」


「うわー、おっきい猫ちゃん!」


 ノラとディアがびっくりして声を上げた。

 そう、水が噴きだすはずだった頭上のもやもやからは、とてつもなく巨大な猫がひょこっと顔を覗かせたのだ。


『なんじゃありゃぁぁ――――ッ!!』


 野郎どもが叫ぶ。


「なんだあれ!?」


 俺も叫ぶ。

 だってそんなイメージしてないもの。


「ケケ、ケインさん!? なんです!? あの猫ちゃんはなんなんです!?」


 シセリアが俺の腕をぐいぐい押して聞く。

 だが――


「わからん!」


「わからん!?」


 てめえマジかよ、という目で見られることになったが、ここで変な見栄を張っても仕方ない。諦めの境地だ。

 いったい何が起こっている?

 あの猫はいったい何なんだ?

 と、考えたとき、ふと、よくよく見れば、その猫に見覚えがあることに気づいた。


「……あれ? あいつ、シャカじゃん」


 そう、あの巨大な猫は俺の心に住むイマジナリーニャンニャンのシャカなのだ。

 あいつ、なんで現実の方に出てきちゃったの?


「(シャカー、ダメだよー、勝手にお外出てきちゃー)」


 そう心の中で訴えかけたところ、シャカは大きく鳴く。


『にゃぉぉ――――――ん!』


 振動を感じるほどの大音声。

 その様子、さながら映画のオープニングで「ガオー」と咆吼をあげるライオンのような勇ましさであった。


 そして、シャカはあんぐりと口を開く。

 次の瞬間――。


 ごばぁっ!


 莫大な量の水がシャカのお口から吐き出された。

 それは巨大ダムが決壊を防ぐために行う緊急放流、あるいは大瀑布のようなもので、結果、公園の草原で鉄砲水が発生するという奇妙な事態を引き起こす。


「なんじゃこりゃぁぁ――――ッ!?」


「うおぉう!? なんだあの猫ぉ!?」


「世界の終わりかぁ――――!?」


 突如として出現した『洪水』は大人の腰ほどの水位があり、その勢いは慌てて反転して逃げだした野郎どもに追いつくほど速かった。

 洪水に追いつかれた野郎どもは次々と足を取られ、そのまま流されていく。

 これこそまさに俺がやろうとしたことであったが、いったいどうして間にシャカが挟まったのか、これはまったくの謎である。

 まあともかく――


『ぎゃあぁぁぁ――――――ッ!!』


 薄汚い根性の野郎どもが、土で濁りまくった濁流にのまれ林へと流されていく様子は圧巻の一言であり、胸のすく光景であり、憤っていた俺の良心もすっかり満足する。

 どうせならと、まだ隠れている連中もまとめて流してやるべく、もうしばしシャカには放流してもらうことにした。



    △◆▽



 隠れている連中をきれいに一掃したところで、シャカは放水をやめてお口の周りをぺろんと舐め、それからほわんほわんと消えていった。

 おそらくは俺の心の中へ帰ったのだろう。

 うん、どうなっちまったんだろうな、俺の心は……。


「あちゃー、これ皆も巻き込まれたんじゃ……。ケインさーん、いくらなんでも無茶苦茶すぎますよー」


 シセリアに苦言を呈される。

 すまぬ、すまぬ、俺も予想外――ではないな。結果的にはやろうとしていた事と同じなんだから。

 まあともかく――


「ノラ、ディア、どうだ、水を出す魔法も上達すればこんなことができるようになるんだぞ! 凄いだろう!」


「おー! せんせー、私、頑張る!」


「はわわ、わ、わたしもがんばります!」


 想定外もあったが、水の魔法への興味は惹けたようだ。

 うむうむ、ちゃんと指導してやらねば。


「……!」


 でもって、ラウくんは興奮しているのかぴょんぴょん跳ねている。

 たぶん気に入ってくれたのだろう。


「さて、シセリア、邪魔者も片付いたし話を戻そう。王様から貰えるご褒美を山分けする算段だ」


「えっ!? この状況で話を戻しちゃうんですか!?」

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