第30話 死球から始まる大乱闘

 湖の畔で俺と握手!

 なんて、いったい誰得なのかわからない握手会は俺が困惑しているうちに終了した。

 するとそこで――


「あのぉー……」


 おずおずと、おっかなびっくりで話しかけてくる少女が一人。

 新たなる握手希望者――ではないな。


「おお、シセリアじゃないか。今日もここで訓練か?」


「いえ、訓練は……えっと、もう終わってます、はい」


 もう終わったとな?

 ふむ、短期集中型の訓練なのか。


「みんな、彼女はユーゼリア騎士団で従騎士をやってるシセリアだ」


 ひとまず皆にシセリアを紹介すると、今度は皆が自己紹介。


「こんにちは! 宿屋『森ねこ亭』のディアーナです! 後ろに隠れちゃったのが弟です! ……ラウくん、ほら」


「……ラウゼ」


 シセリアが話しかけてきたところで、しゃっとディアの後ろに隠れたラウくんはそう名乗り、おずおずと親指を折った手のひらを見せる。

 ああ、わかってる、六歳だな。


「わん!」


 ラウくんのあと、近くにいたペロが一つ吠える。

 自己紹介のつもりだろうか?

 それから――


「私はノラです! 冒険者見習いです!」


 すでに会ったことのあるノラまで元気よく名乗り、最後にエレザがスカートの裾を軽く持ち上げてうやうやしく礼をした。


「エレザと申します。ノラ様のメイドをしております」


「あ、ああ、は、はい、メイドさんですね、あはは……」


「ん? シセリア、なんかエレザを恐がって――ってエレザ? なに唐突にノラを脇に抱えてんの?」


「ケイン様、こちらのことはお気になさらず。どうぞシセリアさんとのお喋りを楽しんでくださいませ」


「ませー!」


 抱えられたノラはご機嫌だ。

 もうこれ、抱えられるのに慣れているのではなく好きなんだろう。


「ま、まあいいや……。それでシセリア、どうしてここに? 休みとかじゃないんだよな?」


「ええ、そういうわけではないんです。実は、ちょっと面倒な事になってしまって、対応に追われているんです」


「もしかして、あの全身鎧に関係することか? だとしたらもう大丈夫だから――」


「あーっと、いえ、そっちではなく、また別件でして……」


「別件ときたか。騎士も大変だな。俺もなにか出来ることがあれば手伝うぞ?」


「えっ!? えー、あー、ほ、ほんとに?」


「ああ」


「な、なら、いくつか質問させてもらっていいですか? ケインさんは大森林の奥に家があったことって知ってます?」


「ん? おお、知ってる知ってる」


「――ッ!?」


 知っているというか……元自宅なんだがな。

 でもなんでシセリアが家のことを知っているんだろう?

 あ、実は遠征中に誰かが跡地を発見して、その後に調査を行っていたとか? なら最初に見つけた奴はびっくりしただろうな。森が途中から抉れ、道ができていて、その先には爆心地があったんだから。


「じゃ、じゃあ、その家が壊されていたことは!? なにか知っていませんか!?」


「知ってるもなにも、吹っ飛ばしたの俺だけど?」


「へ?」


 シセリアがぽかーんとしたまま固まってしまう。

 が、やがてぶるぶると震えだした。


「ケケ、ケ、ケインさん!? ど、どうしてそんなことを!?」


「どうしてってそりゃあ――」


 と、言いかけるが……言えないな。

 これは言えない。言いたくない。

 スローライフという名の過ちは、未だ俺の心に暗い影を落としているのだ。


「腹が立ったから……かな」


「は、腹が立ったって、どうしてです!? そこ、理由、もっと詳しく! 話してくれたら美味しいお菓子をあげますよ!?」


「あー、悪いがそれは言えない。つい喋ってしまったが、これに関しては語りたくないんだ。すまないが諦めてくれ。ほら、美味しい飴をあげるから」


「やった。あむっ。甘っ。――じゃなくて!」


 あげた飴を口に放り込んだシセリアが、俺をがくがく揺さぶってくる。

 はて、この娘はなにをこんなに必死になっているのだろう?

 森に家を建てて、腹が立って吹っ飛ばした、それだけの話だ。

 森の管理者であるシルにも、事後承諾になったが好きに暮らしていいと許可をもらっていた。

 家を建てるのも、吹き飛ばすのも自由だ。


 そう怪訝に思った――その時。


「話は聞かせてもらったぜ!」


 突如、下品な声が割り込んでくる。

 見れば、木の枝を使って隠れんぼしていた連中が起きあがり、そのみすぼらしい姿をしっかりと晒していた。


「怪しいと睨んでいたが、こうもあっさり認めるとはな!」


「へっへっへ、ほかの連中を出し抜いてやったぜ!」


 みすぼらしい野郎三人組は何か言っているものの、俺には何のことかさっぱりだ。


「えっと……なんか用か?」


「おおよ! 詳しいことはわからんが、お前をとっ捕まえて王様のところへ連れて行くとな、たっぷりとご褒美がもらえるのよ!」


「はあ?」


 ますます訳がわからん。

 だが……どうやら俺が狙われていることは理解できた。


「くっ、そんなに広まっているとは……」


 と、そこでシセリアが忌々しげにうめく。

 はは~ん、なるほどね。


「シセリア、さてはお前この話を知っていて確認に来たんだな? でもって何食わぬ顔で俺を王様のところに連れて行って、たっぷりとお小遣いを貰うつもりだったんだろう?」


 シセリアの親父さんはシセリアに厳しそうだったからな、きっとお小遣いも少なくて、お菓子もちょっとしか買えず悲しい思いをしていたのだろう。

 そこに降って湧いたこの話だ、飛びつくのも無理はない。


「い、いいいいえっ、そ、そんなことはないですにょ?」


「ははっ、こやつめ」


 誤魔化しよるか。

 おでこをツーンツーンしてやる。


「あう! あう!」


 シセリアが焦っているように見えるのは、きっと事実を知った俺が怒るとでも思っているからだろうが……べつに腹は立たない。

 何故なら、もし、シセリアを王様のところへ連れていけば、たっぷりお小遣いを貰える――なんて話を聞けば、俺も同じことをしたに違いないからだ。


「なあシセリア、ふと思ったんだが、俺が自分から王様のところへ行けば、そのご褒美って俺にくれるのかな?」


『は?』


 シセリアと野郎どもがきょとんとする。

 はて? そんなおかしなことを言っただろうか?


「そ、それは……貰えないんじゃないかなー、と……」


「えー、そうなの? んー……じゃあさ、シセリアが連れて来たってことにして、あとで褒美を半分くれない?」


「ええっ!? そ、それは……えっと……」


 シセリアは視線をさまよわせ、やがてすがるようにエレザの元へ。

 しかしエレザは満足げな顔のノラを脇に抱え、空いた手でディアの手を引き、ディアはディアでラウくんの手を引いてとことここの場から離れようとしているところだった。

 ペロもちょこちょこそれについていく。


「うぐ、ぐぅ……。あ、あの、まずそもそも、王様からご褒美が貰えるってのは――」


「おおっと待ちな! そいつは俺たちがとっ捕まえて連れて行くことに決まってんだ! 嬢ちゃんはとっとと失せな!」


「お前が失せろや」


 大事な話の邪魔すんな、と俺は水弾をぶっ放す。

 たいした威力ではない。

 例えるなら野球の試合。妻を寝取られた豪腕ピッチャーが、寝取ったバッターを合法的に殺害すべく渾身の力で頭めがけて放った火の玉ストレート、くらいのものである。

 それが男の股間に叩き込まれた。


 ビッシャーンッ!!


「あ」


 派手な音を立てて水の球が砕け散ったあと、男はため息まじりの切なげな声を上げ、辺りに舞った水しぶきが作り出すキラキラとした光に包まれるようにして静かに倒れ込んだ。


「ノラー、ディアー、見たかー? 水の球でも、勢いよく当ててやれば相手を一時的に動けなくすることもできるんだぞー!」


 せっかくなので、俺は水魔法の有用性を解説。

 一方――


「てっ、てめえ、なんてことしやがる!」


「やっていいことと悪いことの区別もつかねえのかぁ!?」


 仲間を昇天させられた野郎二人は怒り狂い、猛然と俺に襲いかかってきた。

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