第29話 ニャザトースの使徒

 一攫千金はどうやったら実現するのだろう?

 裏技ありであれば、見本の金貨が一枚あるだけで簡単に実現するものの、そういう『ズル』で実現した悠々自適の生活を心から楽しめるかとなると、俺は『否』と言わざるを得ない。

 悠々自適な生活は俺の『理想』であり、それにケチをつけるような手段は使いたくないのだ。

 冒険者ギルドで高ランクにしてくれってお願いしたり、奴隷になってお金持ちの家でぬくぬくと暮らそうとしたことだって、なにもただ楽だけしようと考えていたわけではなく、得たものに対する働きはするつもりだった。

 お買い得だと思うんだけどなぁ……俺って。


 ちょっと話はそれたが、要は俺がとるべき行動が思いつかない現状に甘んじているということで、それはつまり、ただ暇を持てあましていると言い換えても差し支えなかった。

 そこで俺は暇つぶしもかね、ノラとディアの教育に力を入れることにした。



    △◆▽



 指導二日目となる今日も午前中は宿でお勉強、午後からは公園で訓練だ。

 俺が学生だった頃、授業なんざクソくらえと、ちっとも楽しくなかったのだが、ノラとディアは意欲的に学び、そして楽しんでいる。

 二人を見ていると、なんだか俺が間違っていたように思えてくるのだが……まあいい、明らかになったところで、もう何もかもが手遅れだ、気にするだけ無駄だろう。


 お昼を食べてひと休みしたあと、訓練のためにみんなで公園へと向かった。

 その道すがらで気になったのは、なんだかこちらを見張っている連中がいるという状況である。


 俺に見張られるような心当たりはない。きっとディアやラウくんも無関係。ペロが希少な魔獣ということで、攫って売り払うためにつきまとっているという可能性も考えられるが、順当に考えればお目当てはやはりノラなのだろう。


 それとなくエレザに目配せをしてみたが、にこっと微笑まれるだけですまされてしまった。

 問題はない、ということか?


 確かに敵意はないようだし、増員された護衛と考えればまあ納得もできる。

 しかし、公園の草原に到着する頃には見張り(?)の数はどっと増え、身を隠しやすい林の方にわんさか溜まっていた。

 いったい何なんだ?

 ちょっと離れたところには、体のあちこちに葉っぱが付いた木の枝を括り付けて伏せている、もはや冗談みたいな連中もいるし……。

 せめてもうちょっと隠れることを頑張れよ。

 おちょくってんのか、ペロ投げつけんぞ。


「せんせー、今日はなにするのー?」


 あまりに不甲斐ない隠れんぼ勢に若干のイラつきを覚えていたところ、ノラが尋ねてきた。

 仕方ない、隠れんぼ勢は無視して気持ちを切り替え、今日の訓練について説明を行うことにしよう。


「今日やるのは、魔法を使えるようになるための訓練だ」


 宣言して、まずは実演。

 立てた人差し指の上に、ぽよん、と小さな水の球が出現する。

 宿では水やら湯やらをざばばーと出しているので、まったくもって新鮮味はない。


「まず目指すのは、このただ水を出すだけの魔法だ。俺が初めて覚えた魔法でもある。簡単そうだけど、これがまた苦労したんだ」


 ぽいっと水の球を口に放り込んで言う。

 転移してきたあとしばらく飲まず食わずで、若干発狂しながらやっと身につけた魔法。俺の命を繋いだ思い入れのある魔法だ。


「俺が教えられるのは生き残るための技術だ。なので、まずは生きるために必要不可欠な水を、いつでもどこでも作り出せるこの魔法を覚えてもらう」


「い、いきなり魔法……! ノラお姉ちゃん、できる?」


「できない。前に教えてもらったことがあるけど、できなかった。せんせー、水を出す魔法ってそんなすぐできるほど簡単じゃないよー?」


 ノラが言うには、水を作り出す魔法は周囲の水分を集めてうんたらかんたら――らしい。


「いや俺そんなことしてないよ? 魔素をそのまま水に変えてるだけだから。分類としては、創造魔法っていうんだったかな?」


「創造……?」


「魔法……?」


 ノラとディアは仲良くこてんと首を傾げる。

 その一方で――


「そ、それはさすがに無茶な話かと……」


 動揺したのはエレザだった。


「ケイン様、創造魔法は一般的な魔法を熟達して、ようやく手が届く魔法のはずです。魔導院の導師たちでも使える者がいるかどうか。それを、まだ初心者ですらない二人にやってみせろと言うのですか?」


 エレザとしては、無茶振りすんなと言いたいのだろう。


「いや、俺はなんとかなったし、二人もできると思うぞ? たぶん、できるかどうかは、疑いなく『できる』という感覚を身につけられるかどうかだ」


「その感覚さえ身につけられたら可能だと仰るのですか? ノラ様やディアさんも?」


「可能だ。間違いなく可能だ。何しろ……」


 俺は手でおいでおいでをして皆を集め、小声で言う。


「……何しろ、これについてはこの世界を作った神さまに聞いたんだから間違いない……」


『は?』


 と、声を揃えたのはエレザ、ノラ、ディアの三人。

 どういうことかよくわからなかったのかラウくんは首を傾げ、ペロもそれを真似て首を傾げる。


「魔法ってのはさ、実は誰でも使えるんだよ。必要なのは、どれだけ魔素に馴染めるかどうかなんだ」


 魔素とは世界創造に使われた力の残滓。

 この星のどこかで発生しているものではなく、世界に満ち、満たしているものであり、それは人からすれば無限に等しい。

 極端なことを言えば、魔法とはその残滓に働きかけ、小さな奇跡を起こす、世界創造の真似事なのだ。


『………………』


 ノラとディアが魔法を習得するためには、こういった話も知っておく必要があると思い説明したのだが……なんだろう、女性陣三名は固まってしまった。


「ケ、ケイン様……貴方は……その、本当に、神様に……?」


「ああ、会って話を聞いたぞ。詳しい内容はちょっと事情があって言えないし、それを証明しろとか言われても困るが……」


「ケ、ケインさん、神さまはどんな姿でした……!? 本当に猫ちゃんなんですか……!?」


「先生……! どうやって神さまに会ったの……!?」


 ここで固まっていたディアとノラも再起動がかかり、それぞれ質問をぶつけてきた。


「姿は白い猫だな。ちなみに雄で、喋り方は可愛げがなかった。どうやって会ったかは、気づいたら真っ白な場所にいたんだよ。なんか別の世界からぶっ飛ばされたみたいでな」


「ケイン様は、使徒様であらせられるのですね……」


 エレザが額を押さえながら言う。


「ああ、俺みたいに送り出された奴はそんなふうに呼ばれるらしいな。べつに何か役割があるわけでもないんだが……」


 実態はただの移住者。

 しかし、神に対面したことがあるということで、この世界の人々からすれば崇敬の対象になるらしい。

 気づけば、ディアとノラがきらきらした目で俺を見ていた。


「ケインさん、握手してください!」


「あ! 先生、私も!」


「え!? あ、ああ、うん、はいはい」


 求められるまま、ディアとノラに握手する。


「あ、私もお願いします」


「……ん!」


 これにエルザが続き、さらにラウくんも参加。

 なんだこれ……?

 もしかして、俺が使徒だと広まったら、こんなふうに握手を求める人々がわらわら集まるようになるのだろうか?

 これは内緒にしておいた方がいいな……。

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