第17話 精神攻撃のある宿屋
「なるほど、わかりました。――では、ようこそ森ねこ亭へ。私は主人のグラウです。どうぞよろしく」
「あ、どうも」
爽やかな人だ。
しかし経営する宿屋で閑古鳥が大合唱しているとなると、その爽やかさは第三者に言い知れぬ切なさを与えてくる。
「いやー、久しぶりのお客さんだよー。はは、いつ以来かなー」
やめい、切ないから。
俺が切なさを乱れ撃ちされていると――
「あれー? 支部長さんと……?」
宿の奥から現れたのは、オリーブ色のワンピースの上にくすんだ白のエプロンをつけた十歳くらいの少女。たぶん娘さんだろう。髪はグラウと同じ金色で三つ編みのお団子にしている。瞳は明るい褐色だ。
さらに――
「……!?」
少女に遅れ、チュニックとズボン姿の幼い少年が現れる。
こちらは暗い金髪の髪、瞳の方はグラウと同じ青である。
少年は知らない人がいてびっくりしたのか、しゃっ、と少女の背に引っ込むと、おずおずとこちらの様子を窺う。
可愛らしい。
「も、もしかして、お客さん……?」
まさかそんな……といった様子で少女は尋ねてくる。
また切なさ案件ですか……。
「ああ、この坊主はお客さんだぞ。案内してきたんだ」
支部長が言うと、少女はぱぁーっと笑顔の花。
「わー、ひさしぶりのお客さん! いらっしゃーい!」
大歓迎だなおい。
「あの、わたしはディアーナです。十歳です。こっちが弟です。……ほら、ラウくん、名前を言うの。がんばって」
「ラウゼ……」
ぼそっとつぶやくように告げ、ラウくんはお姉ちゃんの背に隠れつつも親指を曲げた四本指の手のひらをおずおずと見せてくる。
「そうか、四――」
「ちがうでしょ。六歳でしょ」
息をするように騙された。
いや、もしかすると、ラウくんの中では曲げた親指は数の折り返しで、あの手は六を意味していたのかもしれない。
「お客さんはどれくらい泊まっていってくれるんですか?」
「そ、それは……」
期待で目をキラキラさせた少女に「今日だけ」とか言いだしづらい。
ってか、とてもではないが言えない。
「し、しばらく……かな」
曖昧な返事で誤魔化しながら、きっとこれを狙ってこの宿に案内したであろう支部長を睨む。
が、支部長は怪訝そうな顔。
あれ?
「しばらく……! ありがとうございます! あ、お父さん、わたしお母さん呼んでくる!」
え、お嬢さん? そんなわざわざ呼んでこなくてもよくね?
なんだか扱いが久しぶりに会う親戚とか、昔は親しくしていたけど遠方へ行ってしまった人みたいな感じだよ?
そうは思うが、止めるわけにもかず――
「おかーさーん! たいへんたいへん! お客さん! お客さーん!」
ディアはぱたぱた奥へ駆けていってしまった。
そんな姉を、ててっとラウくんも追う。
「あんなにはしゃいで……」
しみじみと言う親父さん。
いや、なにその雰囲気……。
宿屋に宿泊客が来てこの騒動ってどうなの。
俺が困惑していると、ディアとラウくんは早く早くとそれぞれ母親の手を引いて戻ってきた。
格好はほぼディアと同じで、長い焦茶の髪は三つ編みにして垂らしてある。
「お母さん呼んできた!」
「ん……!」
遣り遂げた、という満足顔のディアとラウくん。
牽引されてきた母親は俺を認めると琥珀の目を細めた。
「あらあら、可愛らしいお客さんなのね。初めまして、私はシディアといいます。どうぞよろしく」
「あー、ケインです。しばらく厄介になります、はい」
宿屋ってこんな自己紹介するもんだったっけか?
この世界ではそうなのか、それともこの宿だけなのか。
「さて、みんなの挨拶もすんだことだし、ケインくん、部屋はどうしようか。客室はすべて二階で、一人部屋が四部屋、四人部屋が一部屋あるんだけど……実は全部空いてるから好きなところを選んでもらっていいんだよね」
なんとなくわかっていたけど、宿泊客ゼロかよ。
つか好きな部屋って四人部屋とかでもいいのか?
たぶんいいんだろうな、まあ一人部屋を選ぶけども。
「いつお客さんが来てもいいように、どのお部屋も毎日ちゃんとお掃除してあるんですよ! わたしも手伝ってます!」
えっへん、と胸をはるディア。
そんなディアごしに幻視したのは、まだ見ぬお客さんに思いを馳せながら、せっせと客室を掃除する彼女の健気な姿であった。
ほろりときた。
「食事は私たちと一緒にとる感じでいいかな?」
「あ、ああ、それでかまわない」
一人だけだからな、家族の食卓に混ぜた方が手っとり早いか。
「あなた、せっかくお客さんが来てくれたんだし、今晩はいつもより少し豪華にしましょう」
「そうだな。そうしようか」
「やったー!」
「やた……」
久しぶりの客に喜び、ちょっと豪勢になる食事。
それに期待する幼い姉弟。
なんだろう、この精神攻撃……。
ほら、あれだ、なんかお店で妙に歓迎されちゃうと、なんだか気後れして逆に行きづらくなることってあるよね?
悪意なんてこれっぽっちもなくて、むしろ善意だけなのに、どういうわけか居たたまれない気持ちになってしまう事って。
もしかして、まったく流行らないのって、妙に歓迎されるせいなんじゃないか……?
まあもう泊まるって言ってしまったし、ここで「やっぱり泊まるのやめる」と言えるほど、俺は無慈悲な将軍様ではない。
ここはもうあきらめて――ではなく、厚意を受け入れる方向で頑張ってみよう。
いや、むしろこっちからも厚意をぶつけて相殺するくらいした方がいい。
「あー、その食事なんだが――」
と、俺は〈猫袋〉に入れてあった食料を出す。
そのままの山菜や野菜、保存がきくように加工した肉、あと貰い物の塩や香辛料をどさっと。
「もう必要なくなったものだから使ってくれ」
この突然の贈り物に一家はびっくり。
支部長は何とも言えない顔をしているが。
「ど、どこから……!? 魔法!? お客さんって魔導師さまなの!?」
「いや、そういうわけじゃない。なんとなく魔法が使えるだけで……えっと……さあお嬢ちゃん、これをお食べ」
どう説明していいものかわからず、とりあえず誤魔化すことに。
最近、たくさん採取する機会があったスモモ(もどき)を出してディアに渡す。
「甘い! それになんだか元気がわいてくる!」
ディアは疑うことを知らぬ子犬がごとく、さっそくスモモに齧りつき、もちゅもちゅと食べ始める。
よし、すっかり気がそれた。
さらに、じーっとお姉ちゃんを見ているラウくんにもあげると、恐る恐る小さな口で齧りついて、それからもちゅちゅちゅっと懸命に食べ始めた。
「ケインくん、本当にいいのかい? こんなに……」
「ああ、全然かまわない。まだあるけど、それはまたそのうちに」
言うと、シディア母さんが頭を下げる。
「ありがとうございます。ほら、あなたたちも」
「……(もちゅもちゅ)」
「……(もちゅちゅちゅっ)」
ディアとラウくんはスモモ(もどき)を食べるのに必死だ。
これには両親も苦笑いだった。
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