第16話 冒険者登録(強制)

 ドルウィッグ商店から冒険者ギルドへ連れ戻された俺は、そのまま支部長の執務室に監禁され、冒険者登録のための面接を受けることになった。

 面接官は支部長――ハインベックだ。


「まずは名前を聞こうか」


「べつに冒険者になりたいわけじゃないんだけど……」


「いいから」


 仕方なく俺は『ケイン』と名乗る。


「ケインか……で、ケインくんは、どこの生まれで、王都に来るまではどこで暮らしていたんだ?」


「――ッ」


 どこの生まれで、どこで暮らしていたかだと……?

 異世界生まれで、森で暮らしていた――そう答えたあとに生まれるであろう疑問――『何故』はすぐに予想できた。

 だから言えない。言いたくない。言ってなるものか……!


「俺に、を語らせようとするな。どうしても知りたいのであれば冥土の土産となることを覚悟しろ。これは脅しではない……!」


 スローライフのことを思い出してちょっと怒気が漏れる。

 その影響で室内の空気はビリビリ、物はガタガタ。


 おっと、いかんいかん。

 自宅みたいに吹っ飛ばすまでもなく、この影響だけで第八支部は倒壊するかもしれない。こんなボロ屋でも、弁償額はびっくりする金額になるに違いなく、俺は怒りを抑え込むため目を瞑り、さっき誕生したイマジナリーニャンニャンの様子を窺った。


 ニャンニャンはでろーんと横倒しの状態で、首だけひょこっと上げてこちらを見つめていた。リラックスしているが、完全には警戒を解いていないぞ、というていでくつろいでいる。のん気なものだ。


 その姿はまるで寝釈迦像……ふむ? 釈迦か、イマジナリーニャンニャンの名前にちょうど良いかもしれない。考えてみれば、釈迦は苦行クソ食らえで穏やかに悟りを開いた悠々自適の達人ではないか。


 よし、イマジナリーニャンニャンの名前はシャカだ。

 と、名前が決まったことに満足していると、無粋な支部長が次の質問をぶつけてきた。


「じゃあ、王都に来た目的は?」


「目的か……。豊かな、心安らぐ豊かな生活を求めてだ。そのためには金が必要だからなんとかしようと思ったんだが……さっそく資金のほとんどが吹っ飛んだのは想定外だった」


「心安らぐねぇ……。少なくとも、お前に関わっちまった俺は心が安らぐことはねえな。にしてもお前、若造にしてはずいぶん金を持っていたが……どうやって稼いだ?」


「森に遠征に来ていた騎士団と縁があって、一緒に魔獣を狩って、それをヘイベスト商会に買い取ってもらった」


「騎士団にヘイベスト商会だぁ?」


 支部長は胡乱な目を向けてくる。

 失敬な。


「疑うなら確認すればいい。隊長の名前はファーベル。商人はセドリックだ」


「……」


 支部長、ますます胡乱な目つきになる。

 なんでや。


「う、嘘じゃないぞ、ホントだぞ」


「べつに疑っているわけじゃない。わけがわからんだけだ」


 やれやれとため息をつき、支部長はさらに質問をぶつけてくる。

 この事情聴取のような面接はそれからもしばし続き、終わった時には木級冒険者として登録されてしまっていた。

 木で作られた冒険者証……。

 マジいらないんだけどー。


「おい、明日またここに来て、なにか仕事を受けろ」


「へーい」


 生返事だけしておくと、支部長は大きなため息をついた。


「ったく、来る気ねえな? お前、宿はどこだ」


「まだ決めてない」


「そうか、では良い宿を紹介してやるよ」


 くっ、これでは居場所を把握されることになる。

 しかし王都へ来たばかりの俺が、この日も傾き始めている今から宿を探して回るのはけっこう大変な気がする。

 しかたない、今日のところは紹介された宿に泊まることにするか。



    △◆▽



 支部長に連れられ、夕暮れの都市を歩くことしばらく。


「なあなあ」


「あ? なんだ」


「気のせいかと思ったけど、気のせいじゃないみたいだから聞くわ。なんか進むにつれ街並みがボロくなっていってね?」


 冒険者ギルドがある辺りはまだ普通だったが、今はもう景観が粗雑というか、雑多というか、程度が落ちているのをはっきり感じる。


「この辺りは少し寂れているんだ。さらに奥へ行くと……」


「行くと?」


「冒険者にもなれないような連中が住む地区がある」


「はあ?」


 どういうことだよ。

 冒険者って貧者に対するセーフティーネットな一面もあると思ってたんだが、そこすらすり抜けるってどんなだよ。原始人か。


「そんな所へ連れて行くのかよ。……ん? ま、まさか俺を食わせるつもりか!?」


「んなわけあるか! そこまでひどい奴は……居ねえよ!」


「いまいち信用できない感じがする!」


「いや、居ない居ない。つかお前、そんなこと心配するたまか?」


「宿を紹介するつって、こんな所に連れられて来た身になってみろ。いったいどんな宿を紹介するつもりだ?」


 夜中に宿屋のババアが包丁を研ぎだすとか洒落にならん。

 びっくりした拍子に魔法が暴発して一帯が更地になっても俺は責任持たないぞ。


「ちゃんとした宿だよ」


「ちゃんとした宿が、どうしてこんな地区にあるんだよ。それともこの辺りは意外と宿屋の需要があるのか?」


 都市の入口近くでもなく、大通りに面しているわけでもない、スラム一歩手前の地区でやっている宿屋の利点とは?


「ないな。まったくない。だからいつも暇している」


「え、なんで宿屋やってんの……?」


「あーもう、面倒くせえな。じゃあ簡単に説明してやるよ」


 目的の宿屋は『森ねこ亭』というらしい。

 経営は夫婦で行っており、二人はともに元冒険者。

 冒険者時代、あるとき二人は困っているところを『さまよう宿屋』に助けられ、冒険者を引退したら宿屋になることを決めたそうな。


「へー、昔ってことは、その『さまよう宿屋』は二代目だろうな」


「は? お前……知ってるのか?」


「友人に聞いたことがある」


 さまよう宿屋とは、その名の通り、放浪しつつ営業する宿屋。客になる者を見つけると、その場で営業を始める。二代目は地面にごろ寝するよりは快適な寝床と、料理、そして夜の晩をするというサービス形態だったが、三代目となってからは、その場に『宿屋』を出現させて宿泊させるようになったそうだ。

 聞けば、その『宿屋』はとても快適らしく、すっかりハマってしまったシルの妹が追っかけをしているらしい。


「ま、まあそれでだな、二人は引退後、宿屋を始めようとしたわけだ。それでこの地区に宿を建てちまったんだよ」


「なんで?」


「土地が安かったからだろ」


「ええぇ……」


「まあ、コネも何も無い二人が、王都の良い場所に宿屋を建てるってのは無理な話だしな。仕方なかったってのもあるんだろ」


「いや王都でなくて、ほかの都市とか、道の途中とか……」


 なんだろう、ここに建てるべきだ、という閃きでもあったのだろうか。

 稲妻のような。



     △◆▽



 到着した森ねこ亭は、こぢんまりとはしているものの、この辺りにある建物よりは立派な作りをしており、見た感じはそう悪くない宿に思えた。


「料理もうまいし、良い宿ではあるんだがなぁ……」


 経営状況は悪いようだ。

 支部長曰く、宿の主人は定期的に冒険者として仕事をして、その報酬を運営資金にあてているらしい。

 それはなんだか、気前よくお客さんにサービスしすぎて、店が赤字だからとアルバイトの収入でやりくりしている店主を連想させた。

 何というか……からぶりサービスだ。


 しかしながら『なんとしても宿屋を続けよう』というその意気込みだけは認めたい。

 なにしろ、俺もまた『なんとしても悠々自適な生活を実現しよう』と決意した者だからだ。


「おーい、邪魔するぞー」


 支部長がのっそり宿屋に入っていくので、俺もそれに続く。


「おや先輩、どうしたんですか?」


 応えたのは、受付で作業をしていた男性。各所に継ぎ接ぎのあるくたびれた服を着ているが、えらいハンサムなので貧乏くささが浄化されてやがる。青みのある金髪に、青い瞳、無精髭。なんかダンディー俳優が貧乏人の役をやっているような感じだ。

 つか――


「先輩……?」


「昔の話だ」


 冒険者の先輩後輩か。

 世話でも焼いていたのだろうか?

 考えてみれば、今の職がまさに世話を焼く仕事。

 俺にもいらん世話を焼いている。


「実はこいつを泊めてやってもらいたくてな。さっき冒険者登録をすませたケインだ」


「ああ、なるほど。お金がないんですね。いいですよ、一人くらいなら――」


「いや違う違う。頼み――いや、頼みでもあるのか……? まあだとしても、そういうことじゃない。普通に客の紹介だから」


「え、お、お、お客さん……!? 本当に……!?」


 唖然とする男性。

 なんで客が来たことにびっくりしてんの、この人……。


「こいつはちょっと訳ありでな。正直なところ懸念もある……が、やらかした事に対して責任はとる妙な奴だから、まあ、大丈夫だろうと。金も持ってるし」


 はっ、金か。

 もうノロイさま一匹分くらいしか残ってないんだがな!

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