第14話 もしも俺がマゾならば

「誰が冒険者なんかになるか! バーカ!」


 捨て台詞を残し、俺は冒険者ギルドからすたこら撤退。


「あっ、てめっ! 待てコラ!」


 支部長が怒鳴っていたがそんなもん知らん。

 金は払ったし、そもそも俺は冒険者ではない。冒険者ギルドの支部長の言うことなんぞ、耳を傾ける必要はない。

 いや、もしあったとしても、俺は構わず飛び出しただろう。


「おい! そこのお前! 奴隷商はどこだ!」


「えっ、なんです突然?」


「どこだと聞いているッ!!」


「ひぃ! あ、あっちに、確か……!」


 道行く人を捕まえ、奴隷商の場所を聞いてはひた走る。

 俺は急いだ。

 この、天啓のごとき閃きが色あせてしまわないうちに奴隷商へ辿り着きたかったのだ。

 目的はただ一つ。


「早く、早く奴隷にならねば……!」


 この身を奴隷にやつすこと、それこそが悠々自適への道。

 間違いない。

 人生で必要なことはすべて閃きが教えてくれるんだ。


 やがて、俺は冒険者ギルドから一番近い奴隷商へと到着する。


「ドルウィッグ商店か。ふっ、なかなか立派な店構えをしてやがる」


 冒険者ギルドよりもずっと立派なレンガ造りの建物。

 しばしの間、ここが俺のハウスとなる。


「いらっしゃいませ」


 店内で俺を迎えたのは、品の良い微笑みを浮かべる男性であった。歳は四十くらいか? 彼は来客が小僧と認めても微笑みを崩すことなく、そっと自分の胸に手をあて少し屈むようにお辞儀をしてみせるという、品の良い所作で歓迎してくれた。


「突然だが、この店の主人に会いたい」


「それなら私です。バシルと申します。奴隷をお求めですか?」


「いや、奴隷になりに来た」


「え」


 店主――バシルは「おやっ」という顔をしたものの、すぐに表情を改める。


「そうでしたか。では、お幾らほど希望されるので?」


「金はいらん」


「は?」


 今度こそきょとんとするバシル。

 まあ普通は金が必要で身売りに来るものだろうからな。


「まずは試したいことがある。奴隷になった場合、道具や魔法で行動を制限――要は主人に危害を加えられないようにするんだよな?」


「え、ええ、そうですね」


「では、この店で施せるすべての処置を俺に施してくれ」


「はあ!?」


 なに言ってんだこいつ、とばかりにバシルは唖然とした。


「処置すべてと仰いますが……費用がかかりますよ? それこそすべてとなると、処置だけでも何百万と……」


「問題ない。金ならある!」


 俺は〈猫袋〉を開放。

 ジャララララーっと、放り込んであった貨幣が心地よい金属音を立てながら床で小山になった。

 全財産だが、これは未来への投資だ。


「しゅ、収納の魔法……? え、魔導師さま? な、なにか魔法の実験をしようというのですか?」


「まあ実験と言えば実験だな。ともかく、処置を頼む。一番重い処置だ。主人は……ひとまずあんたがなってくれ」


「は、はあ、わかりました。では別室へ……。あ、お金はしまっておいてもらえますか?」


 事情が飲み込めないものの、ちゃんと支払いはしてくれると判断したバシルが言う。

 俺は「もうちょっと考えて出せばよかった……」と後悔しつつ床にばらまいたお金をせっせと回収し、バシルについて店の奥へ。


 途中、バシルはやたらとガタイのいい野郎二人を合流させる。首輪をしていることから、ここの奴隷で、普段は警備員をしているのだろう。


 そして案内されたのは、地下にある手術室的な雰囲気を醸しだす怪しい部屋だった。部屋の中央に寝台があり、壁の棚には様々な薬品や道具がお行儀よく並べられている。


「まずは奴隷紋を施すところから始めましょう。普通は一箇所で充分なのですが……一番重い処置を希望されているので、体の各部に施すことになります」


 上着を脱ぐよう指示されたので、俺は大人しく上半身裸になって寝台に寝そべる。

 すぐにバシルは俺の額、胸、それから背中に奴隷紋とやらを施し始めた。


「額の奴隷紋は脳に、胸は心臓に、背中は脊椎に干渉し、甚大な苦痛をあなたに与えることになります。抵抗すればするほど、その苦痛は大きくなる……。学び、身につけはしましたが、まさか実際に施す日が来るとは思いませんでした」


 奴隷商とは『奴隷商に、俺はなる!』と奮起してなれるような職業ではなく、奴隷に関わるさまざまな知識・技術・法律を習得し、さらに清廉潔白であることが証明されて、ようやく国から営業許可が下りるという堅い職業だとか。

 きっとこのバシルも、努力して奴隷商になったのだろう。


 やがて、処置を終えたバシルが俺に尋ねてくる。


「あの……これで充分かと思うのですが……隷属用の魔道具も取りつけるのですか?」


「もちろん。やってくれ」


 促すと、バシルは野郎二人に手伝わせながら、俺に無骨な金属製のサークレット、首輪、股に股間プロテクターのようなもの、脛当、両足首にアンクレットを取りつける。


「これで終わりです。当店で可能な最も重い処置を施しました。それで……どうするのです?」


「俺に何か命令をしてみてくれ」


「め、命令ですか? 施した私からすると、もし拒否されたらそれだけであなたが死んでしまうのではないかと気が気でないのですが……」


「いいから、大丈夫だから」


「そうですか? くれぐれも抵抗はしないでくださいね。では……寝台から降りてください」


「断る!」


「ちょ!?」


 バシルの命令を拒否。

 するとどうだ。


「?」


 一瞬、がなんなのかわからなかった。

 が、次の瞬間には否が応でも理解する。

 苦痛だ。

 体の各所で同時に耐えがたい苦痛が発生したため、感覚が混乱して体感に落とし込まれるまでにわずかな時間を要したのだ。


「ぐああぁぁぁ――――――ッ!」


 痛い。痛い。痛覚なんてないのに脳が痛い。おまけにかき混ぜられるような気持ち悪さもある。またそれとは別に、サークレットが額をギリギリ締め付けてくるのも単純に痛い。首輪が首を絞めてくるので呼吸がままならない。心臓は鉛をねじ込まれたように鈍く重く痛い。脊椎が弾けるような痛みを背中全体に発生させる。痛すぎて背骨もげろと願うほどだ。


「あばばばばぁぁ――――ッ!」


 どういう原理なのか、脛当は向こう脛にガンガン衝撃をぶつけてくるし、アンクレットの効果なのか足の小指がタンスのカドにぶつけたように痛む。そして何より凶悪なのが、タマタマにデコピンくらいの衝撃を謎のリズムで絶え間なく与えてくる股間プロテクターだ。

 誰だよこんなもん考案したのは!


「んほほほぉぉ――――――んッ!」


 もしも俺がマゾならば、今こそがまさに灼熱の時だ。

 しかし生憎と俺はノーマルで、この圧倒的な苦痛はただ圧倒的な苦痛というだけの地獄でしかなかった。

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