第13話 冒険者登録(失敗)
「いくらろくでなしが集まりやすいこの支部でも、貴方ほど飛び抜けたクズはそうそう見ません! もういいです! 登録はお断りします!」
ブチキレなコルコルが俺を追い払おうと、あっちいけ、しっしっと手を払う。
もはや獣あつかいか、切ないな……。
「はあ、わかったよ、鉄級からで我慢するからさ……」
「殊勝な顔しつつも何一つわかってないじゃないですか!」
「コルコルー、頼むよー」
「誰がコルコルか!」
くわっといきり立つコルコル。
と、そこで――
「おい坊主、そこまでにしときな!」
隣の受付で手続きをしていた山賊風の男が、どんっ、と俺を突き飛ばした。
「――ッ!?」
瞬間、俺の脳裏に稲妻のような閃きがあった。
俺は啓示が促すまま、真横に高速跳躍。
そのままショルダータックルで建物の壁をドゴーンッとぶち破った。
「ええぇ――――ッ!?」
コルコルのびっくりした声。
壁をぶち破って倒れ込んだ俺は、チラッと室内の様子を窺う。
居合わせた者たちは唖然。
突き飛ばした山賊は手を伸ばした状態で固まっている。
どうやらまだ状況を理解していないらしい。
ふむ、ここはもう一芝居してやらないといけないか。
「うぅ……登録に来て殺されかけるなんて……冒険者ギルドは罪もない者をいたぶり殺す恐ろしい場所なのか……」
『えっ』
俺の迫真の演技に、居合わせた者たちが驚きの声をあげる。
ふふ、見抜けまい。
実は得意なんだ、瀕死のフリ。
何度も瀕死になった経験があるもんでな!
やがて、視線は俺を突き飛ばした山賊へと集まる。
「あ、あんな事になるほど力を込めてないぞ!? そもそも俺にそんな力はないって! 本当だって!」
狼狽し、必死に弁解する山賊。
まあ山賊はどうでもいい。
それよりも冒険者が冒険者ギルド内で冒険者でない者に危害を加えたという事実の方が重要だ。
俺はこの事実を握り潰したいギルド相手にゴネ、うまいこと上の等級から始められるよう頑張るつもりでいる。
傍から見ると、まるっきり俺は悪者だろう。
しかし、ちょっと考えてみてほしい。
けっこう強い(と思われる)俺を、初心者冒険者と登録して働かせるのは、はっきり言って人材の無駄遣いだ。
断言する。
報酬さえよければ、どれほど困難な依頼であろうと、俺は見事達成してみせよう!
異世界に来てからの二年を、森の中で棒に振った俺の力は伊達ではないのだ(きっと)!
というわけで、ここはとっとと上の等級に引き上げてもらい、その能力に見合った仕事を割り振るのが、ギルドにとっても、難易度の高い依頼をだした人にとっても、そして俺にとっても良いことなのである。
まさにいいことずくめ、というやつだ。
……。
あれ?
山賊にぶっ飛ばされて瀕死になるような奴を上の等級にするのってちょっと無理がなくね?
あれれ?
この計画、もしかして破綻してる……?
これは失敗したかもしれない。
そう考え始めたところ――
「おいおい、いったい何事だー?」
「あ、支部長!」
受付奥の階段からどすどす音をさせ、厳めしい顔つきをした体格のよい男が現れた。
コルコルの呼び方から、ここの責任者だとわかる。そこそこ歳がいっており、おそらくは六十前後……俺の親世代といったところ。白髪交じりの黒髪で、もみあげから口周り、顎と覆う髭の方はもう白髪の方が多いくらいだ。
さて、想定した通り責任者は出てきたが……どうしたものか。
いまさら中止するわけにもいかないし、まあ、ひとまず当初の予定通りやってみるか。
などと、俺が考えているなど知るよしもなく、支部長はコルコルから事情を聞き、それから二人一緒にこちらへと近づいてきた。
ぶち開けた壁の穴をくぐり、俺を見下ろす支部長とコルコル。
とりあえず、もう一押ししてみる。
「俺は……死ぬのか……うぅ、死にたくない……」
「し、支部長、どど、どうしましょう……?」
「…………」
あたふたするコルコル。
一方、支部長は黙って俺を見下ろしていたが――
「ふん!」
ドゴッ!
俺のケツに突然の蹴り!
「いっでぇ――――ッ!?」
こいつ爪先で蹴りやがった! 信じられねえ! これはさすがに痛ぇよ! 森にはケツを爪先蹴りしてくる奴なんていなかったもん!
「ぬぐぉぉ……!」
ごろごろのたうち回り、跳ね上がって怒鳴る。
「てっ、てめえ何しやがる! ケツが割れちまったじゃねえか!」
「はっ、いまさらかよ、だらしねえ。俺なんか生まれた時から割れてるぜ」
「なッ!?」
こいつ、とんでもねえ返しをしてきやがった。
なるほど、冒険者ギルドで支部長を務めるだけのことはあるようだ。
「なんなら見せてやろうか?」
「見たくねえよ! 誰向けのご褒美だよふざけんな!」
「あ? ふざけてんのはどっちだ? コルネ、どう思う?」
「死にそうなわりには、ずいぶんとお元気そうですねぇ……」
「あ」
指摘されてはたと気づく。
しまった、あまりに酷いことされたものだから、演技を忘れて元気いっぱいで立ち上がってしまった……!
『…………』
じとーっと見てくるのは、支部長とコルコルだけではない。ギルドに居合わせた者たちみんなである。
へへっ、こいつはまいったぜ。
「ったく、壁をぶち破っちまいやがってよぉ……。これ、修理すんのにどのくらいかかるんだろうな。もちろん費用はお前が出すんだぞ?」
「いや、俺は突き飛ばされて……」
「ギルド内での破壊活動、及び、ギルドに対しての詐欺。これが確定したら修理費以上に金がかかるだろうな。裁判するとなると、身元の確認やらなんやら金がかかって、罪が確定すればそういう経費も上乗せされるわけだ。ここで大人しく謝れば壁の修理費だけですむんだがなぁ……」
「ぐぎぎぎ……」
無理か、さすがに無理か。目はないか。
残念、あの稲妻のような閃きは気の迷いだったようだ。
ここはひとまず、許してもらえそうな演技で誤魔化してみよう。
「ご、ごめんなさい……。ボ、ボク、実は故郷から出てきたばかりで都会のことがよくわからなくて……」
「急になよなよするな、気色悪い。つかなんだ、お前の故郷は挨拶みてーに詐欺を働くところなのか?」
うん? わりとその通りだな。
なにしろ詐欺メールが毎日届けられ、まれに人を撥ねちまって示談にしたいから金を振り込んでくれって自分から電話がかかってくるようなカオスっぷりだ。
「ったく、ケチくせーことしてんじゃねえぞ」
「はーい、ごめんなさーい。――んで、修理費ってどれくらいになるの? ただ突き飛ばされたことは事実だからさー、そのあたりも考慮してもらいたいんだけどー」
「そもそもコルネに無理強いしていたお前が悪い。変にゴネようとせず大人しく払え。まあ……15万ユーズくらいか?」
「へーい」
ざらざらーっと手のひらに硬貨を出現させ、それを何が起きたのかわからずきょとんとしている支部長に渡す。
「お、お前、けっこう金持って……つーか、どこから出した?」
「はん、答える義理はないね。ともかく、払うものは払ったぞ。これでいいんだよな?」
「ま、まあ大丈夫だろう。足りなかったらまた請求するし、あまったら返すからな」
「んなはした金返さなくていいよ。迷惑料だってことでコルコルにやってくれ」
「コルコル呼ぶな! そんな金いらんわ!」
「そうか。じゃあ支部長のケツを縫い合わす費用の足しにしてくれ」
「お前、まったく反省してねえだろ……」
支部長はじろっと俺を睨み、それからため息をつく。
「ったく、簡単に払いやがって。払えなきゃ借金奴隷だっつって、びしびしこき使ってやったんだが……」
あくどいことを言う支部長。
だが、その発言が俺の直感を刺激した。
「奴隷……。そうか、奴隷という手があるのか……!」
稲妻のような閃き、再び。
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