第8話 忘れよう

◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「嫌だ…なんで僕は上手くいかないの…」


瞼を閉じている輝さんは口だけ動かしてボソボソと声を出した。苦しそうに見えた。大丈夫なのか私も心配になっていた。どうして輝さんは根から優しい人なのに、どうして不幸な目に遭うのかわからなかった。輝さんは何も悪くない。悪いのは輝さんの周辺にいる人々だ。


周辺にいる人々は、相手の気持ちを考えず、横暴な振る舞いをしている。自分だけしか考えていないし、周りに注目されたいと思い、自分より低いレベルを持つ人を引き立て役をしてもらおうとしている。なんて人の道を外れた人間だ。


「でも、輝さんは優しいし、人を傷つけさせたくない。嫌なことをされてもすぐに感情的にならず、我慢している。我慢しすぎるのは体が悪くなるけど、こういうところが好き」


苦しそうな輝さんを見たくないので、輝さんのお腹の上に乗せて、ジャンプして勢いよく着地した。


「いたっ!なんだ!」

「苦しそうな様子を見ると、私までも心を傷んでしまうので、起こしちゃった」

「ああ…ごめん。心配させてしまってごめん」

「ううん、謝ることではない。私が我慢できなかったので…」


ハッピーの瞳を見ると、溢れた涙が薄らと光っていた。それを気づいた輝さんは後頭部に手を当てて、軽く謝罪した。ハッピーは謝らないでと言われたが、僕としては悲しませた人に謝罪せずにするともやもやという気持ちが一生に残ってしまうので、謝罪した。


終わりのない旅はまだまだ走り続ける。いつ終わりのかわからない状態で、僕とハッピーを寄せ合って、静かに過ごした。


僕はボーッと窓外を眺めた。普通なら背景が流れるが、僕が見たのは真っ暗だ。夜なのか、何もない空間の中にいたのかわからない。多分、地獄にいるかもしれない。


「…もう忘れよう」


沈黙を破ったのは、ハッピーだった。

え?どういう意味?何を言いたいのか理解できなかったので、尋ねてみた。


「だから、お互いのことを忘れよう。いつまでも忘れずにそのままにし続けると、次へ進められないよね。だから、忘れる必要がある」

「言いたいことはわかるが、なぜ忘れる必要があるの?ハッピーは僕として大切な存在だ。簡単に忘れると、僕は生きる意味がなくなるわ」

「だから、あなたはいつまでもここに居続けることになる。今真っ暗な場所で列車が走っているよね。何のゴールはなく、見えないしわからない場所で彷徨い続けることになる。そして、苦しい思い出も見続けることになるわ。どうする?苦しみから解放したければ私のことと今までの記憶を全部忘れておいて」

「…本当なの?全部忘れることにすると、楽になれるの?」

「本当だよ。私も誰かに言われた。しかし、結局は忘れることにしなかった。それは…輝さんに出会うまで忘れないようにして我慢した」

「ハッピー…」

「でも、あなたに会えて本当に幸せだ。私としては輝さんに出会うという目標はもう達成したので、もう忘れて、もう終わりにしようかなと思った。でも私だけ忘れると、輝さん一人だけになり寂しくなるよね。だから一緒に忘れよう」

「…わかった。うん、忘れよう」


言った瞬間、見た景色が真っ暗になり始めた。なになに?とパニックした。少しずつ落ち着いてくると、なんだか温かく感じる。風呂に入っているような感覚がして気持ちいい。


液体が下の方に流れていき始まった。僕も一緒に流された。狭い洞の中に入り、ギュギュとして苦しい。伸び伸びと手足を広げたい。


少しずつ下の方下がり、5時間くらいかけてようやく光が見えた。これは出口か?と喜んだ。

さっきまではずっと暗い場所にいたので、突然明るい場所に出ると、眩しくて目が眩む。なぜかわからないが、涙が溢れた。涙が頬に伝える同時に鳴き声を漏らした。


誰かに抱かれたが、目が眩んだので誰なのかわからなかった。


「生まれました。男性です。おめでとうございます!」


誰かの声が聞こえた。生まれた?え?僕は赤ちゃんなの?


いきなり展開を開いたので、何が起きたのかわからなかった。理解が追いつかないまま別室に移動された。

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