たいせつ
眞柴りつ夏
私のことを、おはなしします。
大好きな人の話をしようと思います。
その人は、いつも、私に笑顔を向けてくれました。
キッチンの大きな窓の外、背を向ける形で置いたベンチに二人で腰かけ、日向ぼっこをするのが日課でした。
そんな人とのお話です。
私は、自分がいつ生まれて、どこで育ったのか、記憶がない。気づいた時には生きていた。毎日同じ年頃の子たちと庭を駆け回り、夜は暖かい布団で眠る。
健やかな生活。
家族は優しかった。
この日々が続くと思っていたのだが、ある日、知らない相手と同衾させられた。それは対してショックなことでもなかった。(ああ、大人になったのだな)と、そう思った。ただ、それだけ。家族はにこにこしていたし、喜ばしいことなのだな、と思った。
同じ年頃の子たちもそれは同じようで、特に違和感は持っていなかったように思う。
そしてある日、気づいた。自分の腹が、大きくなっていることに。
家族はそれはそれは大切に扱ってくれた。
暖かい部屋、ふかふかのお布団。お腹が大きくて動くのが辛くても、幸せだと思った。
出産をした。
子供たちにミルクをあげ、身体を温めてやる。愛おしい。なんて可愛いんだろう。
子供たちが大きくなってきたある日、一人、姿が見えないことに気がついた。どこへ行ったのだろう。決して広くはない家だ。かくれんぼにしたって、見つからないはずがない。
「どこにいるの?」
大きな声を出しても、現れなかった。
家族に言っても相手にしてもらえない。一体、どういうことなのだろう。
そんなことが、何度も起きた。
私の子供が、消える。
誰も不審がらない。何故?
最後の一人もいなくなってしまって、私は途方に暮れた。大切な子供たちが失踪しているのに、誰も、助けてくれない。
そして気づいたのだ。一緒に育った同じ年頃の子供たちが、消えていることに。私は、自分の子供が可愛すぎて周りが見えていなかった。育てるのに必死だったから。
どこへ、行ったのだろう。
その後、私はまた見知らぬ相手と同衾して、子供ができて、また子供は消えた。
何度も繰り返される。心はその度に引き裂かれて、鈍かった私も流石に「やめてほしい」と家族に訴えた。が、伝わらなかった。
私は、一体何人の子供たちを、可愛くて可哀想子供たちを、この酷い世の中に産み出してしまったのだろうか。
楽しいことなどなくてただ生きていた私は、突然、知らない人の元へ連れて行かれた。私のことを「可哀想に」と言い、悲しそうな顔をしている。
私のことなんてどうでもいい。私じゃなくて、可哀想なのは私の子供たちだ。
そう伝えても、やはり伝わらなくて、悲しげな顔をされるだけだった。
そしてその日は突然きた。初めて見る人が現れた。
「今日から家族だ」
そう言って笑った男の人は、私を連れ出したのだ。
初めての場所。怖くて、動けなかった。
それでもこの場にいる何人かの人たちは「怖くないよ」とか「大丈夫だよ」とか声をかけてくるだけで、無理矢理触れようとはしなかった。
お腹が空いた私は、そっと一歩を踏み出す。
「出てきた!!」
小さく押し殺したけれど嬉しそうな声が頭上から聞こえる。
置いてあったご飯と水を飲むと、身体と頭が軽くなった気がした。
「今日からうちの家族だよ」
そう言った人は、私を連れてきた男とは違う男で、優しく笑っていた。
そこから、私には日課ができた。
朝、起床するとキッチンからは美味しそうな匂いがする。
「おはようございます」と挨拶を交わす人たち。
「おはよう」と私に会いにきてくれる若い人たち二人。
「ご飯よ」とくれるのは、この家族の中で真ん中ぐらいの歳の人。
後は、最初に迎えにきてくれた男。
そしてこの男の親らしい二人、六人で暮らしているようだ。
みんなが代わる代わるご飯を食べて、どこかへ行く。
私は、一番年上の男に連れられて、庭へ行く。そして、ベンチに二人で腰掛けて、ぼーっと時を過ごす。
飛んでくるものをなんだろうと見ていると「あれは鳥だ」と教えてくれたり、庭を歩く四足歩行の動物に驚くと「また入ってきたな、どら猫め!」と珍しく声を荒げて、足の近くに流れる水を引っ掛けようと奮闘していた(この水は、男が自分で作った「川」というらしい。自慢げに教えてくれた)
嫌なことは何も起きない。目の前から子供が消えることもない。
毎日、発見と、教えてもらって新しいことを知り、美味しいご飯を食べ、家族に抱いてもらって温もりを知った。
(幸せだ)
初めて、そう思った。
同じ日々が繰り返されても、何かしら違いはあって、それに気づくことができる自分が誇らしかった。
どのくらいこうしていただろうか。
ゆっくりと目を開けると、家族が揃っていた。
私は嬉しくなって、「大好きだよ」と言ったけど、声が掠れてしまってうまく伝わらなかったかもしれない。
みんな、静かに微笑んでいる。
ああ、ほら、見てください。これが、私の、私の大切な家族です。
「また会おうな」
ベンチに座りながら私を撫でていてくれた年老いた手が、優しく撫でてくれました。
私は、必ずこの人たちにまた会えると確信しました。だって、こんなにも大好きだから。
「まずはゆっくりお休み。大変だったからね」
そうだね。
私は頷いて、最後に一つ、息を吐きました。
「もっとゆっくりでもよかったのに」
私がそういうと、あの人はいつもの笑顔で頭を掻いた。
「これでも粘ったんだ。待たせたら悪いと思ったんだけど。寂しかったかい?」
「いいえ。先にあの人が来てたから」
その男を指差すと、今来た男は寂しそうに笑った。
「……そう、だった。そうだったね。ああ、それにね、ばあさんももうすぐこっちにくるよ」
「またみんな揃いますね」
私は身体を擦り付ける。
とても久しぶりに、頭を撫でてもらった。
「おかえりなさい」
そう、今日からは、ここでまたみんなで暮らすのだ。
「ただいま」
私の大切な人は、優しい声で笑った。
—END—
たいせつ 眞柴りつ夏 @ritsuka1151
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