第29話 女の子になんてなれるわけがない

「ねーちゃんっ! 服貸してくんね!?」

「なんですかいきなり……」


 デートが終わったあと、家に帰り「ただいま」より先にねーちゃんに服をせがむ。

 ねーちゃんは驚いたような困っているような、そんな顔を浮かべている。

 それもその通りだろう。

 弟が姉に「服を貸してほしい」だなんてツッコミどころが多すぎる。


 だが俺にはどうしても必要なのだ。

 あいつからの……好きな人からの女の子っぽい格好をしてほしいという頼みに逆らえるはずがない。

 俺は今までずっと男として生きてきた。

 だから、女の服なんかわかるわけもない。


「は、はぁ……そうですか……まあいいでしょう。着なくなったいらないやつをまとめて袋に放り込んであったと思うので、それなら使ってもいいですよ?」


 事情を話すと、ねーちゃんは戸惑いながらも納得してくれた。

 そしてクローゼットから大きな紙袋を取り出して渡してくれる。

 中には女物の服が何枚も入っていた。


「ありがとな! 助かるよ!」

「はいはい……頑張ってくださいね」


 呆れたようにため息をつくねーちゃんを尻目に、早速俺は着替えを始める。

 まずは着ていたシャツを脱ぎ捨てる。

 するとそこにはいつも通りのひょろそうな上半身があった。


 続いてズボンに手をかける。

 これも脱ぐと……やはりこちらもいつも通りの男物。

 さすがに下着までは借りられないし、この辺は仕方ない。


 ……でもスカートってどうやって履くんだろう。

 とりあえず腰まで上げてみよう。

 こうしてなんとかスカートを履いてみたのだが、どうにもスース―するし動きにくい。

 慣れるまで時間がかかりそうだ。

 最後に上着を着て、鏡の前に立つ。


「おぉ……」


 そこに立っていたのは紛れもなく美少女だった。

 どこから見ても完璧な女の子である。

 しかし中身は男のままなのでなんだか変な気分になる。

 正直恥ずかしくて死にそうになるけど、これで準備完了だ。


「よし、これならあいつも喜んでくれるだろ」


 俺はケータイを取り出し、慣れない角度で写真を撮る。

 それからメッセージアプリを開き、本文を打ち込む。


『女装したんだけどどうかな?』


 我ながら意味不明な文章だと思うが、まあ伝わるだろう。

 送信ボタンを押してから数分後、返信が来た。


『すごくかわいい』


 短い文面だけど、それだけで心の底から嬉しくなってニヤけてしまう。

 男としてあいつが好きなのに、この格好をしているせいで変な気分になってくる。

 早く元の格好に着替えたいと思いつつ、もう少しだけこのままでいたいなと思ってしまう自分がいる。

 ああもう、本当に厄介だ……


「あぁぁ、なんかもう元に戻れない気がするぞ……」

「あのー、サイズとかどう……って私より似合いすぎてません!?」

「うわっ! びっくりした……」


 いつの間にか後ろにねーちゃんがいたようだ。

 手に持っている服を見る限り、俺のために新しいものを調達してきてくれたらしい。


「あ、ありがとうな。せっかくだしちょっと着てみるよ」

「はいはい。サイズは大丈夫だとは思いますけど一応気をつけてくださいね」

「おう!」


 受け取った服を持って部屋に戻る。

 今度の服はワンピースタイプらしく、スカート部分がヒララヒラしていてなかなか可愛かった。

 ただ、胸元がかなり開いていて少し目のやり場に困ってしまう。


「こ、こんな感じかな……」

「おお、可愛いじゃないですか!」

「そ、そう? へへ……なんか照れるな……」


 ねーちゃんに褒められると悪い気はしない。

 それに、自分で言うのもアレだが結構イケてるんじゃないかと思う。

 今度あいつと遊ぶ時はこの格好していってやろう。


 きっと驚くに違いない。

 そして、見たこともない表情で喜んでくれるかもしれない。

 そんなことを想像しながら、俺はまた鏡の前でポーズをとったりしていた。


「それにしても……ほんと妬けるくらい可愛いですね……」

「へへ、これであいつも喜んでくれるかな」


 その後、俺はしばらく自分の姿を眺めていた。

 それは俺が自分にとっての幸せを見つけてしまった瞬間だったのかもしれない。

 だけど、ねーちゃんはずっと複雑そうな面持ちで女装した俺を見つめている。


「ん……どうしたんだねーちゃん?」

「いえ、なんでもありませんよ」

「ふぅん……?」


 ねーちゃんはどこか険しそうな顔をしているように見えたが、それがなぜなのかはよくわからなかった。

 それよりも、今度のデートが楽しみでそんなこと気にしていられない。

 早く次の休みにならないかな……なんて考えながら俺はしばらくの間鏡の中の自分を見ていた。

 この時もっとねーちゃんの表情を気にしていたら、この先仲が悪くなることなんてなかったのだろうか。

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