第28話 この結果は予想していなかった

「俺、お前のことが……好きなんだ!」

「え? うん、知ってる」

「……は?」


 俺は一大決心をして、好きなやつを校舎裏に呼び出した。

 相当な覚悟を決めて言ったのに、さも当然かのようにあっけらかんと言い放った。


「いや、なんで!?」

「だって、そうじゃなきゃ一緒にいないだろ?」


 そう言って、彼は悪戯っぽく笑う。

 その笑顔に見惚れそうになったが、そんな場合ではない。

 こいつはなにか勘違いしている気がする。


「え? どういうことだ?」

「え? 友達として好きってことじゃないのか?」


 どうやらお互いの解釈に齟齬があったらしい。

 まあ、考えてみればそれもそうだ。

 俺とこいつが友達になってから二~三年だが、その間に友達以上の関係になった覚えはない。

 そもそも俺たちは男同士だし、みんなから認められるかわからない。

 だからこそ、告白したのだけれど……


「ちげーよ! 俺はお前のことを恋愛対象として見てんだよ!」

「…………」


 俺の言葉を聞いて、そいつは黙り込んだ。

 そして少し考えるような素振りを見せたあと、口を開いた。


「ごめん。ちょっと考えさせてくれないかな」


 いつもの笑みを浮かべて、そう言う。

 だけどそれはどこかぎこちなくて、無理して作っているように感じられた。

 でもここで引き下がるわけにはいかない。

 ここで引けば、二度とチャンスが来ないかもしれないと思ったからだ。


「わかった、いつでも返事待ってるから。ただしその間もアピールとかはするからな!」


 ビシッと指さし、そのことを強調する。

 だけどこの空気に耐えられなくなり、悔しいけど去るしかないと思ったその時。


「ちょっと待て」


 ぐいっと腕を引っ張られて、思わずよろめいてしまう。

 そしてそのまま、唇に柔らかい感触を感じた。

 それがキスだと気づいた時にはもう遅かった。

 目の前には目を閉じたあいつの顔があって、顔が熱くなるのを感じる。

 数秒後、ゆっくりと顔を離すと、あいつはまたあの悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


「これでいいか?」

「えっ……」

「返事だよ。これじゃ不満か?」


 首を傾げる彼を見て、さらに顔の温度が上がるのを感じた。

 満足だなんて言えるはずがない。

 ずっと待ち望んでいたことなんだから。


 嬉しくて舞い上がりそうになる気持ちを抑えながら、なんとか言葉を絞り出す。

 すると彼はそれを察してくれたようで、言葉を続ける。

 その表情は心なしか赤くなっていた。


「まぁ、これからよろしく頼むわ」

「え、い、いいのか……? 俺、男だぞ?」

「それお前にそっくりそのまま返すよ」


 呆れ気味に笑って、そいつはふぅと一拍置いて告げる。


「お前だからいいんだよ。お前もそうじゃないのか?」

「……ああ、もちろん! だから告白したんだ! 

でも、やっぱり信じられなくて……」

「大丈夫だって。俺もお前に告白してもらえたのが信じられなくて夢見てる気分だし」


 そう言って微笑む彼の姿は、今まで見たどんなものよりも綺麗で輝いていた。

 そして改めて実感する。

 俺はこいつのことが本当に好きだということに。


「よし、じゃあ付き合うってことで決定な!」

「おう!」


 こうして俺たちは晴れて恋人となった。

 それからというもの、毎日が幸せだった。

 登下校を共にしたり、昼飯を食べたり、休日に出かけたりと。

 最初は照れてばかりだったけど、慣れてくると自然体で過ごすことができた。

 そして、ある日のこと。


「なぁ、手繋いでもいいか?」


 突然そう言われてドキッとしたけど、断る理由なんかあるはずもなく二つ返事で了承した。

 そして手を繋いだ瞬間、あいつの手が小さく震えていることに気付いた。


 緊張しているのか、不安なのかはわからないけど、俺だって余裕があるわけではない。

 でもこんなところで恥ずかしがっていては男が廃るというものだ。


 それに俺はこいつに釣り合っているとは思えない。

 身長だって低いし、イケメンでもない。

 だからこそ少しでも安心させたかった。


「大丈夫だよ」


 優しく囁くと、あいつは小さくこくっとうなずいた。

 そしてギュッと握った手に力を込める。

 その行動に愛おしさを感じながらも、俺もそれに応えるように握り返した。


「な、なぁ、もうひとつ頼みがあるんだ」


 帰り道の途中、彼が遠慮がちに言った。

 そんな様子が可愛くて、つい頬が緩んでしまう。

 しかし、次の言葉で俺は凍りついた。


「いつでもいいんだけど……女の子みたいな格好や振る舞い、してくれねぇか!?」


 そう言い放った彼の目はキラキラと輝き、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のようだった。

 しかし、俺は困惑していた。

 もちろん俺は男だし、女装趣味もない。

 いくら好きなやつの頼みとはいえ、流石に抵抗があった。


「ごめん、嫌ならいいんだけど……」


 俺が黙っていたせいか、あいつは申し訳なさそうな顔をした。


「いや、ちょっと驚いただけだ」

「そっか……ごめん」

「なんで謝んだよ! 全然嫌じゃないぜ!」


 勢いあまって嫌じゃない、という本心とは違う言葉を口にしていた。

 それをこいつが見逃すはずもなく……


「じゃあ決定な! 楽しみにしてるぞ!」


 近くにいるのに、急にそいつのことを遠くに感じてしまった。

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