第27話 この気持ちはどうしても伝えたい
「はぁ……今日も言えなかったなぁ」
とぼとぼと俯きながら家へ向かう。
今日は帰りの会が終わってもぼーっとしていて帰る支度が遅くなってしまった。
あいつと喋るのは楽しくて心が弾むのに、それと同時に胸が締め付けられるように苦しくなる。
その感情の正体は多分恋というものなんだろう。
そう改めて認識するとまた恥ずかしくなって顔が熱くなった。
ふと気がつくと目の前には見慣れた家の門があった。
「ただいまー」
「あ、遅かったですね。練習のためにクッキー焼いてたんですけどちょうど今出来上がりまして……食べます?」
ねーちゃんがキッチンからひょっこり顔を覗かせる。
お菓子作りが好きなねーちゃんはよくこうやって俺に振る舞ってくれるのだ。
いや、お菓子作りが好きというのは少し違うか。
彼女がこうしてお菓子を作る時は、振り向かせたい女の子がいるというサインだから。
「食べる! やった!」
俺はすばやく手を洗い、すぐさまリビングにあるソファに飛び乗った。
ねーちゃんはいつも通りテーブルの上に皿を並べてその上にクッキーを乗せていく。
そして俺の隣に座って一緒にクッキーを食べ始めた。
「で、どうしたんです? なんか元気ないみたいですけど……」
しばらく無言のままクッキーを口に運んでいると、不意にねーちゃんが口を開いた。
ねーちゃんは昔から人の変化によく気づくしよく観察している。
そんなところも彼女の魅力の一つだと思うのだが、今はそれがとても恨めしい。
だってこんな時に限ってそんなことを聞いてくるんだから。
自分でも整理しきれない心を、どう説明すればいいのか。
「え!? べっつになんでもないし?」
結局何も答えられず、誤魔化すことしかできなかった。
我ながら情けないと思う。
「……そうですか」
ねーちゃんの声色がほんの一瞬だけ変わった気がしたが、それは本当に一瞬のことだったため勘違いかもしれない。
だが何かを見透かすような視線を感じて思わず目を逸らしてしまった。
それからしばらく沈黙が続き、先にそれを破いたのはねーちゃんだった。
「ふむ……では、それを食べ終わったら公園に来てください」
「え?」
突然の提案に驚いてねーちゃんの顔を見る。
そこには優しく微笑みかける姉の姿があった。
――言われた通り、俺はクッキーを食べ終えたらいつも遊んでいる公園へ向かった。
時刻は既に夕方を過ぎていることもあり、辺りは薄暗い。
俺はブランコに乗ってゆらゆらと揺れていた。
ねーちゃんは何をするわけでもなく隣のベンチに座って空を見上げている。
一体何をしようというんだろうか。
期待と不安が入り混じった不思議な気持ちだ。
やがてゆっくりとした足取りでねーちゃんが近づいてきて、静かに隣へ腰掛けた。
そのまま俺たちは黙ってもうすぐ沈んでいこうとする夕日を眺め続けた。
しかし、いくら待っても一向に話を切り出す気配がない。
痺れを切らしてこちらから話を振ろうとしたその時、ねーちゃんがポツリと話し出した。
「同性を好きになるなんて気持ち悪い」
その言葉を聞いた瞬間、心臓が大きく跳ね上がる。
「……っ!」
「萌花ちゃんって私のことそういう目で見てたんだー」
「ね、ねーちゃ……」
「普通は男女で恋愛するもんなんだぜー」
ねーちゃんの声で間違いないはずなのに、その口調とともに別々の人物が浮かび上がる。
俺はそれを聞いているだけで胸が締め付けられて何かが込み上げてきそうだった。
「私にもそういう経験あるんですよね。いや、むしろ琉璃より先に多く浴びせられたかもしれません」
「……」
「そりゃもちろん傷つくし悲しかったですよ。でもね、それ以上にそんな言葉なんかに負けてやるか! ってなったんです」
その声色は普段よりも少し低く感じたが、どこか力強く凛としていた。
きっとこれがねーちゃんの心からの叫びなんだろう。
自分の想いを誰かに打ち明けることは勇気が必要だ。
それでも彼女はこうして伝えてくれたのだ。
俺もそれに報いないといけない。
大きく息を吸うと覚悟を決めて口を開く。
「俺……絶対言うよ。あいつに……俺の想い……ちゃんと伝える」
「はい、頑張ってくださいね」
ねーちゃんは俺の言葉を聞くと満足そうな笑みを浮かべた。
それからすぐに立ち上がり、俺に手を差し伸べる。
俺もその手を取って立ち上がった。
そしてお互い顔を見合わせて笑い合う。
まるでさっきまでの悩みなど嘘のように晴れやかな気分になった。
そうだ、俺にはねーちゃんがいる。
どんなに辛くても、苦しい時があっても、こうして支えてくれる人がいる。
だから、この恋心は決して間違ったものではない。
いつか必ず彼に告げよう。
「あ、そうだ琉璃」
「ん? なに?」
ねーちゃんが突然思いついたような顔をして、ニヤッと笑う。
「かくれんぼ、しましょうか」
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