第26話 信頼できる人だとしても
「はぁぁ……まじでねーちゃんどういうつもりなんだ……」
あれから走った勢いそのままに滑るように教室へ駆け込んだ。
だってまだあの質問に対しての心の準備ができていなかったから。
そりゃ、ねーちゃんに好きな人の話をしたいのは山々ではあるんだけど……
でもさすがにいきなりそんなこと聞かれたら俺だってテンパってしまう。
好きなやつの話なんて、まだだれかと共有できるほど俺は自分の気持ちを整理できていないんだ。
だからその前にもっと自分のことを知らなくてはいけないと思った。
自分が今どんな状況に置かれているのかをしっかり理解しなくてはいけない。
そうじゃなきゃ、きっとまた同じ過ちを繰り返してしまう気がした。
「おー、お前息荒いけど大丈夫か?」
気持ちを整理できていない相手が心配そうに声をかけてきた。
俺がこいつのことを好きということを本人は当然ながら知らない。
ということは、俺がこれから言う言葉によってこいつに嫌われる可能性があるってことでもある。
クラスのみんなは……表向きは理解を示してくれたけど、こいつ自身がどう思っているかわからない。
もしかしたら同性愛に偏見を持っている可能性だってあるし、ましてやその対象が自分だとわかれば俺から離れてしまうことだってありえる。
そうなったらもう元の関係には戻れないだろう。
だからこの気持ちを伝えることは怖い。
でも……
「あぁ、ちょっと図書室からここまで全力で走っただけだから気にすんな」
「なにがあったんだよ!?」
こんなことで壊れるような関係なら最初からないほうがいいとも思う。
それに、俺はこいつが好きだという感情を嘘にしたくない。
偽物の恋心なんかで終わらせたくはない。
だから勇気を振り絞ろうと思う。
いつか、本当の気持ちを伝えられる日が来ると信じて。
「いやぁ、ねーちゃんがホラー系の本薦めてきたからさぁ、そんなの読めるかぁ! って逃げてきたんだよ」
「あー、そりゃ逃げるなぁ」
そう言って笑うこいつの顔を見て胸の奥が締め付けられるような感覚に陥る。
苦しいはずなのに、それが嫌じゃない。
むしろ心地よく感じている自分に戸惑いを覚える。
「というか、図書室行ったんだよな。なにか借りてきたのか?」
「え? あ、やべっ! ねーちゃんのせいで忘れてた!」
「え、わざわざ図書室行ったのに?」
「まぁ別にいっか。また明日行けばいいだけなんだし」
なんとなくだけど、今の俺は自然体でいられている気がする。
無理して明るく振る舞うこともなければ、いつものように緊張することもないし、変に取り繕うこともしていない。
素のままの状態でいることができる。
それくらい自然に会話できていることが嬉しかった。
好きだと意識したその時から、どうにもよそよそしくなってしまっていたから。
こんなにすらすらと好きな人に向かって喋るなんていつぶりだろう。
これもねーちゃんのおかげ……なのだろうか。
ちゃんと感謝はしているけど、素直に感謝する気にはなれなかった。
「ところでさ、お前って好きな人とかいたりするの?」
なぜか唐突にそんな質問を投げかけてしまった。
自分でもなぜそんなことを聞いてしまったのかわからない。
ただ、聞いてみたいと思ったのだ。
好きな人の話をしたら、こいつとの関係が変わってしまうかもしれない。
それでもやっぱり聞きたかった。
たとえ答えを聞くことによって自分が傷つくことになったとしても。
「おぉ、そうだなぁ……うーん……いないこともないんだけど……」
曖昧な返事をするこいつを見て少しほっとした。
今は誰のものでもないんだということが確認できたからだ。
それと同時に安心してしまった自分に罪悪感のようなものを覚えた。
まだ誰かのものになっているわけじゃない。
だったら早く行動しないと、他の人に取られてしまう可能性だってある。
焦りを覚えつつも、その気持ちを悟られないように平静を装った。
「ふぅーん、意外だなぁ。お前のことだから絶対モテてると思ってたわ」
「おいおい、人を勝手にイケメン認定しないでもらえるか? まあ、そうだなぁ……モテてないわけでもない……かな?」
「はははっ、なんじゃそりゃ」
照れくさそうに頭を掻く仕草が妙に可愛いらしく見えた。
こいつはこういうところがずるいと思う。
ふとした瞬間の細かい仕草に惹かれてしまう。
「そういうお前はどうなんだよ? お前こそモテるんじゃないか?」
「いやいや、俺なんて全然だよ。そもそも女子にモテたところでって感じだし」
実際、色んな人にモテるより好きな人に好かれる方がよっぽど幸せだと思う。
だけど、それこそ難しい。
なぜならこいつが俺のことを好きになることはほぼないだろうから。
だからといって簡単に諦められるものでもないけど。
でも、せめて友だちとしてそばにいられればいいと思っている。
それ以上は望まない。
それで満足できるかどうかはわからないけど、少なくとも現状維持を望むことは間違ってはいないはずだ。
いつか、俺の気持ちが報われる時がくるまで……
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