第30話 これが俺たちのカタチ

「ねーぇー、もっと構ってくれなきゃやーだー♡」

「あはは、お前はほんとに可愛いな」


 あの初めて女装した時からなにかが吹っ切れて、好きなやつの前で女の子っぽく可愛く振る舞うことが癖になっていた。

 性自認は男だし、女になりたいとも思っていない。

 だけど、好きなやつがそれを求めてくるから、答えているうちに段々と自分も楽しくなってきて止められなくなっていた。


「それに、その格好もすごく似合ってるよ」

「えへへ、ありがとう♡ でも……本当にいいの? なんか悪いことしてるみたいでドキドキするんだけど……♡」


 今俺はバニーガールのコスプレをさせられていた。

 黒と白を基調としたレオタードのような衣装の上に、白い付け襟とカフス、蝶ネクタイというスタイルで可愛らしい感じだけど、股の部分が切り取られた網タイツを履いているせいでかなり卑猥に見える。

 さらには頭の上にピンっと立ったウサギのような耳と、おしりから生えたもふもふの尻尾が付いていた。



「なんか、ちょっと恥ずかしいな……」

「大丈夫。すごく似合ってる」

「そ、そうかな?♡」


 そう言われると悪い気分じゃないけど……でもやっぱり恥ずかしさは消えない。

 というか、そもそも小学生がこんな格好していていいのだろうか。

 しかも男が。


「ん? どうかした?」

「い、いや別に……」


 不思議そうにこちらを見つめてくる彼の目は純粋できらきらしていた。

 そんな目で見られると罪悪感が出てきてしまう。

 それにしても可愛い。こんな格好で彼が嬉しそうにしているところを見ていると、なんだか変な気持ちになってくる。


 やっぱり俺は女の子になりたかったのだろうか……

 いやいや! そんなはずはない!

 女の子っぽく振る舞うことと女の子になりたいというのはまた別問題だ。

 それに、こいつを喜ばせるためにやっているだけなのだ。


「ね、ねぇ……そろそろ着替えたいんだけど……」

「えー? あー、そっか。これから用事あるんだっけ」

「う、うん。ごめんね?」


 本当は特に用事なんて無いけど、このままだと本当に自分が女の子になってしまいそうだったから逃げる口実としてそう言った。

 それに、早く帰らないとねーちゃんに心配をかけてしまう。


「んー、残念。それじゃまたね」

「うん、バイバーイ♡」


 名残惜しそうに手を振ってくる彼に手を振り返しながら、すぐに着替えてその場を離れる。

 それにしても、段々と好きな人の前で女の子っぽく振る舞うことに違和感を覚えなくなってきた。

 それが喜ばしいことなのか嘆かわしいことなのかわからないけれど、あれからねーちゃんとの関係も変わってしまった。

 彼との関係はいいものになっていったけれど、反対にねーちゃんとの関係は……


「……なんで、あんなに……仲良かったのに……」


 あの日を境に、ねーちゃんは変わってしまった。

 あんなに優しくて笑顔の絶えなかった彼女が、最近はずっと俺の前では不機嫌で冷たい印象を受ける。

 俺が何かをした覚えはないけれど、なんだか嫌われているような気がしてならない。

 原因はハッキリしている。


 彼氏の前で女装して、猫撫で声で接しているところを見られてしまったからだ。

 その時の目は、まるで汚物を見るような視線だった。

 あの目を向けられて以来、俺はまともに口も聞いてもらえていないし、目すら合わせてくれない。


 最初は必死に弁解していたけれど、途中からもう何も言わなくなった。

 合わせる顔がなかったし、取り付く島もなくて断念した。

 そして、今となっては喧嘩が増えてきた。


 原因はどれも些細なことばかりだったけれど、それでも積み重なっていくうちにどんどん険悪になっていった。

 今では同じ空間に居るだけで息苦しいほどに空気が重くなっているのを感じる。


「ねーちゃん……俺、また仲良くしたい……っ」


 大好きだったねーちゃんと仲違いしてしまったことが本当に辛かった。

 同じ空間に居るだけで息が詰まりそうになるけれど、それでもやっぱり嫌いになれない自分がいる。

 表面ではねーちゃんの剣幕に負けないくらい眉を吊り上げて反抗するけど、本当はそんなことしたくない。

 俺はただ彼を喜ばせたいだけなのに……どうしてこうなってしまったのかわからない。


 だけど、前まであった絆は確かに壊れてしまった。

 それだけが事実で、耐え難い現実であった。

 思い出し泣きをしそうになって思わず鼻を啜る。

 俺は未だにねーちゃんのことが姉弟として大好きだった。

 もう昔の関係に戻れないことは分かっているけれど、それでも諦めきれない自分がいる。

 そんな情けない自分を誤魔化すように、ただ黙々と帰り道を歩いた。


 今日も多分、また口を開けば罵詈雑言の往来なのだろう。

 だけど、それはもう仕方ないと諦めるしかなかった。

 いつかまた仲良くなれると信じて、今日も本音を押し殺す。

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