第23話 なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ
「おい琉璃! ほんとなのか!?」
「え、な、なにが……?」
あの事件があってから学校に行くことに気が乗らなかったが、そうも言ってられない。
今日の給食はカレーだし、友だちに借りてた本を返す約束もしてたから。
だけど、この選択は大きな過ちだったことをすぐに知った。
「いや、隣のクラスのやつが話してたんだけどさ、お前男好きらしいじゃん?」
「……は?」
一瞬の思考停止を挟み。
そして意味を理解すると同時に、全身の血液がサッと冷えたような感覚に陥る。
心臓がバクバク鳴って、頭の中が真っ白になった。
――きっと昨日のあいつだ。
俺の話を聞かず、最後まで俺を悪者として見てきたやつ。
ただ俺は興味のない人を振っただけなのに、いつの間にか話が大きくなって……結局自分の本心を口にしてしまった。
あんなことを言わなければ、こうして噂になることもなかったのでは……
パニックになりそうな自分を必死に抑える。
まずは落ち着かないと。
そう自分に言い聞かせながら、ゆっくりと深呼吸をひとつした。
「なぁ、どうなんだよ? マジでホモなのかよ?」
「は、はぁ? そんなわけないだろって」
俺は必死に取り繕う。
笑顔が引きつっていて、少し痛みを感じる。
「じゃあなんで告白断ったんだ? やっぱり男が好きなんじゃねーのか?」
「違うって! それは……って待て!? なんで告白断ったの知ってんだ!?」
「え? それも隣のクラスのやつが話してたからだけど?」
……最悪だ。
これでは、もう否定できない。
それにしても、どうしてこうなったんだろう。
別に俺は何も悪いことはしていないはずなのに。
……いや、そもそも俺は悪くないと胸を張って言えるんだろうか?
確かに、俺は人の気持ちを踏みにじるようなことを言ったかもしれない。
でもだからと言って、これはやりすぎなんじゃないだろうか。
……わからない。
考えても考えても答えが出なくて、頭が痛くなる。
――ただ、これだけはわかる。
このままだと、俺は確実に居場所を失うだろう。
友だちがいなくなるどころか、クラス全員に避けられるようになるんじゃないかという恐怖が襲ってきた。
現に、今話しかけてくれてるこいつのことが、俺は好きなんだ。
それこそ恋愛的な意味で。
だから嫌われたくないし、こんなことで失いたくもない。
「まぁいいや、とにかくそういうことが噂になってるから違うなら違うってちゃんと言っとけよー」
そう言って、そいつは自分の席に戻っていった。
「…………」
残された俺の心の中は不安しかなかった。
どうすればこの状況を切り抜けられるのかわからず、頭を抱えてしまう。
悪者扱いまでならまだよかった。
だけど、こうして噂を流されてしまえば、もう逃げ場はない。
これからずっとこんな状況が続くのかと思うと、胃液が逆流してきそうになる。
誰かに相談したいけど、誰に打ち明ければいいんだ。
家族には絶対に知られたくないし、先生にだって言いたくない。
じゃあ、一体誰が信用できるっていうんだ?
「……はぁ」
無意識のうちにため息が出た。
本当に辛い時というのは、涙すら出てこないものなんだな。
そう思いながら、窓の外を見る。
するとそこには、まるで俺を見つめているかのような青空が広がっていた。
それをぼーっと眺めているうちに、ふとある一人のことが思い浮かんだ。
「……ねーちゃんになら、話せるかな……」
噂がどこまで広まっているのかわからないけど、同じ学校に通っているねーちゃんの耳に入ってる可能性は充分高い。
相談に乗ってくれるかどうかなんてわからないけど、一人で抱え込むよりは遥かにマシだと思った。
それにねーちゃんは優しいから、俺の話を聞いてくれたら味方してくれる可能性もあるはずだ。
「よしっ!」
「琉璃……!」
「ん? え!? ねーちゃん!?」
俺が覚悟を決めて立ち上がった瞬間、いきなり目の前にねーちゃんが現れた。
「ど、どうしたんだ? ってかなんでここにいるんだ?」
「琉璃の噂が届いたからですよっ!」
「……え?」
まさか、もうそこまで話が広がってるってことなのか?
そう思うとまた怖くなってきた。
だけど、噂を知っているなら相談しやすい。
「なぁ、ねーちゃん、その噂のことなんだけど……」
「琉璃も……なんですね」
一瞬、ねーちゃんの言っていることが理解できなかった。
相談しようと口を開いたらそうやって遮られたから。
だけど、その言葉は、その言葉の意味は、もしかして……
ぐっと拳に力を入れて、ねーちゃんの心に入り込む。
「もしかしてねーちゃんも……〝そう〟なのか?」
色々なことに配慮しながら聞くと、ねーちゃんはゆっくりと頷いた。
やっと、本当の意味で信用できる人を見つけられたかもしれない。
あの事件のこと、今広まっている噂のこと、そしてねーちゃんのカミングアウト。
色々なことが一気に頭を巡って、とうとう涙が堪えきれなくなった。
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