第24話 心から信頼できる人かもしれない

「にしてもびっくりしましたねー。まさか琉璃もそうだったなんて」

「いや、それはこっちのセリフなんだが……」


 次から次へと色々なことが押し寄せて、頭がパンクしそうだった。

 変なやつに絡まれて男好きだと噂を流され、さらにそれを聞きつけたねーちゃんがまさかの女好き。

 これにはさすが姉弟、というべきなのか。


 心なしか登校時より軽くなったランドセルを背負いながら、ねーちゃんと一緒に下校する。

 この悩みを打ち明けられる人なんていないと思ってたから、素直に嬉しかった。

 だけど、現実はそう甘くない。

 いずれにせよ俺が同性愛者だという噂は広まったままなわけで、それに対する解決策は見つからないままだ。


「そうだ! いいこと思いつきましたよ!」


 隣を歩くねーちゃんが、突然大きな声を上げた。


「なにを思いついたんだよ?」

「みんなに堂々と自分は男が好きなんだと主張すればいいんですよ!」

「……はい?」


 予想外すぎる言葉に、思わず立ち止まってしまった。

 ねーちゃんはそんな俺にはお構いなしに話を続ける。


「だってほら、別に隠す必要もないですし? そういうのを隠さないといけない世の中の方が間違ってるんですよ」

「いや……でも、俺は普通じゃないわけだし」

「私だって女の子が好きですよ? 普通とか普通じゃないとかって、だれが決めたんです?」

「そ、それは……」


 確かに誰が決めたのか分からないけど、世間的には少数派であることは間違いなかった。

 だからそれを公にするという勇気はない。

 黙り込む俺に対して、ねーちゃんはさらに畳みかけるように言う。

 その表情はとても楽しげだった。


「それにですね、もしそれでいじめられたとしても、私は味方になりますから安心して下さい」

「ねーちゃん……」


 きっと、それは本心。

 同情心からでも、嘘やその場限りの安い言葉でもない。

 同じ境遇にいるからこそ、純粋に手を伸ばしてくれる。

 そんな存在がいることが何よりも嬉しく感じてしまった。


 気がつけば目元からは涙が流れ落ちていて、慌てて拭う。

 その様子を見たねーちゃんは慌てふためき始めた。

 どうしたらいいかわからずにあたふたしているその姿は少し滑稽だったが、それでも笑い飛ばす気にはならない。

 というより、俺にそれほどまでの余裕がなかった。


「どっ、どどどどうしたんですか!? 最近泣き虫おさまってきてたのにっ!」

「……だまれ」


 俺は涙を必死に拭いながらどうにか言葉を絞り出す。

 ねーちゃんは戸惑いながらも優しく背中をさすってくれていた。

 それが余計に感情を刺激してきて、さらに涙が流れる。


 結局、それからしばらく俺は泣き続けた。

 その間ずっとねーちゃんはそばを離れず、「大丈夫ですよ」と言ってくれた。

 ようやく落ち着いてきたところで、俺は顔を上げる。

 そこには心配そうな顔をしながらも微笑むねーちゃんがいた。


「ごめん、ありがとう」

「いえいえ、困った時はお互い様ですよ。あー、もう目が真っ赤になってるじゃないですか。帰ったら冷やさないとダメですね」


 そう言ってハンカチを取り出したねーちゃんは、そのまま俺の目元を拭き始める。

 まるで子供扱いされてるようで恥ずかしかったが、不思議とその手を払い除けようとは思わなかった。

 しばらくして落ち着いた頃合いを見計らって、ねーちゃんが口を開く。


「まぁとにかく、元気出してくださいね。私じゃ力不足かもしれませんが、いつでも相談に乗りますから」

「ねーちゃんが力不足とか……あるわけないだろ」

「ふふん、もっと褒めてくれてもいいんですよ?」


 胸を張って得意げにする姿はいつも通りのねーちゃんで、俺は思わず笑ってしまう。

 それを見たねーちゃんも釣られて笑顔になった。

 やっぱりねーちゃんはすごいと思う。

 こんなにも簡単に俺のことを立ち直らせてくれたんだから。


 この人の弟として生まれてこれたことを誇りに思う。

 俺のためにここまでしてくれる人を、失望させるようなことは絶対にできない。

 そう決意すると、自然と気持ちも前向きになる。


「よし! 決めた!」

「何をです?」


 突然大声を出した俺に驚いている様子だが、そんなのお構いなし。


「俺、堂々と男が好きなんだって言うよ! 俺はなにも間違ったことをしていない! ただ同性に惹かれることのなにが悪いんだ!」

「おお! その意気です! 琉璃なら絶対できますよ!」


 ねーちゃんは目を輝かせて嬉しそうに応援してくれた。

 それを見てさらにやる気が出てくる。

 ……よし、頑張ろう!

 俺はこの先どんな困難があっても乗り越えられる気がしていた。


 たとえどんなことが起きても、きっとねーちゃんは味方でいてくれるだろうから。

 その安心感で、俺はどこへでも進める気がした。

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