第7話 恥ずかしくなんてありません

 ざわざわとしている。明らかに場違いな空間に私は立っている。

 下級生の教室は完全なアウェーだ。


「わあ、藤林ふじばやし先輩だ……! あ、えーっと、すぐ呼んできますね」

 さっき取り次いでもらった女の子は、面識もないのになぜか私の名前を知っていた。

 自意識過剰なのはわかっているけれど、今ものすごく視線を集めているような気がするのだ。

 何だかざわざわ、ざわざわしている。


 ついに耐え切れなくなって、廊下の方に体を向け窓の外をじっと見つめる。


「先輩、ごめんなさい遅くなりました!」

 後ろから聞こえた声に振り向くと、美緒みおが近くまで来ていた。緊張から一気に解き放たれたような気がして、小さく手をあげてその姿に応える。


「あれ? 何でまだその格好なの?」

 何よりも先に思った事を口にする。


「あー……それはおいおいと言う事で。ちょっと一緒に来てもらえませんか?」

「お昼だしそのつもりだったよ。あんたの事だから、どうせまた購買にでも行くんでしょ?」

 弁当袋をひょいとあげて彼女に見せる。今日は2つ分なので少し重みがある。

「もしかして美緒の分もあるんですか?」

「ついでに……? 作って、あげただけだよ」

 キラキラとした目を向けられて、思わず視線を逸らしてしまった。

「わーい、やったぁ! それじゃあ張り切って行きましょう!」


 そういって連れられたのは部室だった。

 今が10月だからあれから2ヵ月経つんだなと、思い返していると美緒は「そこに座っててください」と近くのベンチを指差した。

 それにしてもここで昼食とは味気ないな。


 ふと、自分の使っていたロッカーが目に入った。『藤林亜紀』はもういない。当然それが残っているはずもなく、どうやら新たに誰かの名前が書かれているようだ。

 気になったのでそれを確認してみようと近くに寄る。


『みおです!』


 しかも無駄にカラフル。

 ふっと吹き出して、そこはフルネームで書けよと、扉にコツンと突っ込みを入れる。


「亜紀ちゃん先輩、一人で何やってるんですか!?」

 背後には口をぽかんと開けた美緒が立っていた。


 うわ、見られてたのか。


「べ、別に何もしてないけど……あ!」

「じゃじゃーん!」

 彼女は言いながらくるくると回る。


「わざわざここで着替えたのって……何か意味があるの?」

「ありますよ。ありまくりですよ! 冬服、先輩に最初に見て欲しかったんです!」


 美緒がハイタッチのように両手を差し出してくる。

 それに合わせようと腕を伸ばすと、彼女は指を絡めるように手を握ってきた。


「わ、私も最初に見たくて。……ああ、それにしてもさっきは慣れない事したな」

「いやぁまさか、美緒も教室に来るとは思いませんでしたよ!」


 彼女は繋いだ手をぶんぶんシェイクすると言葉を続ける。


「あと……自覚してないみたいだから教えておきます。先輩って女子人気高いですからね?」

「またまた、それはない」

「本当ですって。で……ですね? もし誰かに言い寄られても、浮気はしないでくださいね?」


 今度はぎゅっと強く握ってくる。


「……それも絶対にないって」

「えー、どうして言い切れるんですか?」


「だってさ」

 手を離した後、私はベンチに座ってそう言いかける。

 くっつくように隣に座った彼女は、食い入るように見つめてきた。

 何だかそわそわ、そわそわしている。


「やっぱり秘密。それより、お弁当食べないと時間なくなっちゃうよ?」


 美緒以外には興味ないから、とはさすがに恥ずかしくて言えなかった。

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