第6話 乙女なんかじゃありません

「お帰りなさいませお嬢様。お待ちしておりました」

「は?」

「当店は初めてですか? へえ、そうなんですね! それでは私の言う事を繰り返してください。いいですね絶対ですよ?」

「……は?」


「『今日は美緒みおちゃんに食べられに来ました! もちろん性的に!』 はいリピートアフターミー!」


「――で? 言いたい事はそれだけでよかった?」

 私は握りこぶしとともに引きつった笑いを向ける。


「や、やだなぁ亜紀あきちゃん先輩。ちょっとしたサプライズ演出じゃないですか!」

「あんたのは全部冗談に聞こえないっての」

「そんな事よりですよ。ささ、あがってください!」


 部活と言う接点がなくなると、私達が会話をする機会は減っていった。

 元々、学校ではちょこちょこと一言二言を交わす程度なので当然と言えば当然なのだけれど。


 そんな中美緒から家に来ないかと誘われた。外ではよく会うけれどこうしてお邪魔するのは初めての事だ。

 今日は彼女と完全に二人きり。それでも何事もないと思うから、問題はないはず。はずなのだけれど落ち着かない。


「あのね、先輩?」

 二階の部屋の入り口に立って私を先にソファーに座らせると、美緒はドアを後ろ手に閉めた。


「え、何……?」

「先輩はなーんにも警戒せずに、ほいほいと美緒の部屋に来ちゃいましたよね」

「それがなんだって言うの?」


「それが何を意味してるのか。そして――これからする事くらいはわかりますよね? 言っても美緒達はもう高校生なんですよ。お子様じゃないんです」


 とてとてと彼女は私の隣に座ってきた。

 これまでとは違う雰囲気に、私は思わずごくりと唾を飲み込んでしまう。


「覚悟を決めましょうね。じゃあ、いいですか……?」

「え、冗談なんだよね……?」

 言葉とは裏腹に目を閉じて流れに身を任せる。


 直後ふふっと息を吹くような風が顔にかかる。

 けれどそれ以上何かが近づいてくる様子はなかった。

 その代わりに手に何か、おもちゃのような物を持たされる。


「目を開けてください。はいこれ!」

「え……っと、これは?」


「コントローラーです!」と、美緒は屈託のない笑みで張り上げる。


「コントローラー」

「ハリオカートを夜通しでやります」

「夜通し。……え?」

「高校生だしこのくらいは余裕なんですよ! おまけに親も出掛けてます! って、あれぇ。何を期待してたんですか亜紀ちゃん先輩?」


 にやにやと彼女は笑っていた。


「べ、別に……?」

「目なんてつむっちゃって、反応が一々乙女すぎて尊み。尊みのナイアガラなんですかここは!?」

「意味がわかんないんだよー」

 ぽこぽこと美緒の頭を軽く攻撃する。

「ひゃあ、やめて! あ、やめないで。もっと激しくして!」


 このあとめちゃくちゃゲームをした。



「ふー、ちょっと疲れましたよね? 先輩先輩、ちょっと横になっててもいいですよ」


 夕食後ベッドでうとうとしているうちに、もしかすると私は眠っていたのかもしれない。目覚めの余韻に浸ってぼんやりとしている。

 左腕側に美緒が忍び込んできたのか、ほんのりと彼女の体温と鼓動を感じる。


 いつもとは違うお風呂上りのような香りと息遣いが近づいてくる。

「寝てますよね」

 その囁き声の後、頬に何か柔らかくて暖かい物が触れた。


「え、うん……?」

 ばっと目を開けると、

 美緒は「おわっ!?」っとおおげさに跳ねて体を起こした。


「ねえ、美緒。今……してなかった?」

「何をですか? 先輩は多分寝ぼけてるのでは……」

「え、でも。そうかなぁ……?」

 じいっと彼女を見つめる。


「あ、さすがに気付いちゃいました? これですよ、これ!」

 すっと彼女が取り出したのは、小皿に乗せたはんぺんのようなものだった。

 これをぴとっとやったと言いたいのだろうか。


「いやいや、普通そこまでする?」

「ちょっと小腹が空いたうえに、魔が差しちゃって。えっへへ、ごめんなさい!」


 何事もない事に少しだけ残念な気持ちになってるの、なんだろ。

 別に期待してたわけじゃないんだけど、なんだろ。

 なんて思いに駆られた9月のとある日の夜。


 それにしてもはんぺんって、あんなに暖かかったっけ。

 いたずらのためにわざわざレンチンした?

 温度は置いておくとしても、あの感触は食べ物じゃないような気がするんだけどな。


「ね、先輩?」

 美緒はいつの間にかベッドから離れて、口をもぐもぐとさせている。

「まだ何か食べるの?」


「次、隙をさらしたら……唇にしちゃいますからね?」

「え、それってどういう……?」


「秘密です。先輩もお風呂入っちゃってくださいね!」

 舌なめずりをした彼女は、小悪魔のようにと部屋を後にした。

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