第4話 大人気なくなんてありません

 7月。梅雨はあっという間に明けて、太陽はギラギラと容赦なく差してくる。

 両親には図書館に行くと嘘をついて本当は海にいる。

 別に毎日遊んでいるわけでもないし、むしろ勉強の進みはいい方だ。たまには息抜きくらいしてもいいと思う。


「おーい? あれ……おかしいな。どこに行ったの?」


 トイレから出て、さっきまでいたはずのその姿を探していると、パラソルの下で小さく縮こまっている美緒みおがいた。

 まるでダンゴムシのようなまん丸生物の隣に座る。


「ここに来てからどうしたの? 電車の中じゃあんなにはしゃいでたのに。それに、せっかくの可愛い水着がもったいないって」

「べーだ。せんぱいにはわかりませんよぅ」

 うずくまったままむぐむぐ言っている。

「何でいじけてるのか教えてよ」

 と聞くと彼女は唐突に飛び跳ねるようにして、パラソルの外に出た。


亜紀あきちゃん先輩はモデルさんみたいで格好かっこ可愛い! 美緒はちんちくりんのお子様恥ずかしい!」


「うーん。そこまで気にする事かな?」

 隣に並んで彼女と同じ変なポーズを取る。

 身体測定の結果を見せ合った事がある。私は171センチで美緒は確か150センチないくらいだったはず。

 平均からすると私の方が大きすぎるのだとは思うけれど。


「いいぃぃいーええええぇぇ! 知らないんですか? 現実は残酷なんですよ先輩! この圧倒的な戦力差、同じ人間とは思えませんよ!」

「じゃあ、私と一緒にいない方がいいんじゃない? 誰とも知らない人に、比べられるのが嫌なんだもんね?」

 いつものお返しに意地悪を言って少し距離を取る。

 それでも彼女からの反応はない。


「一人で行動して、そこらの男にナンパでもされたら付いていっちゃうかも。夏だしそういう事もあるよね?」

 一瞬だけ耳がピクっとしたように見えたけれど、彼女からの反応はない。


「あーあ、私はちっちゃい美緒が好きなんだけどな。でも私といるのは嫌なんだもんね? じゃあもう一人で帰るしかないかなぁ!」

 と、余りにも動きがない事に段々と腹が立ってきて、つい大声になっているし口もうっかり滑ってしまった。


「うわぁーい。せんぱぁ~い! 美緒もしゅきしゅき!!」

 彼女がガバッと抱きついてくるものだから仕方がない。


「こらー。ちょっと、離れなさいよー」

 抵抗せずに嫌がる振りをしながら、私も大人気なかったなと少しだけ反省をした。


「ねえ先輩。あそこで何か食べましょうよ? 実を言うと美緒、ものすごくお腹が空いてるんです!」

 彼女は私の腕を掴んだ。

 どしゃぶりが一転して快晴になったような、キラキラとした笑顔で海の家を指差し飛び跳ねている。


 果てしなくい。圧倒的に戦力が高いのはどっちなんだか。


「知ってるよ。さっきから、お腹ぎゅるぎゅるってうるさすぎなんだから」

「え、そうだったんですか? じゃあ、美緒は……焼きそばと焼きそばと焼きそばと、たこ焼き! そしてたこ焼き!」

「炭水化物の化け物か」


 波の音も周りの騒がしさも、他人からの目もすべて意識の外に消えていた。

 花より団子。海より焼きそばな彼女と過ごす時間と、隣り合って何枚も撮った写真は何物にも代えがたいものになった。

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