第19話 バットと金槌

 金蔵の祠に手を合わせている慈治を、寛治郎は新しく手を加えた慈治の終の棲家に案内した。

「私はね、この日を待っていたんだよ。職を辞して草薙さんが隣に住む日をね」

 寛治郎の案内した慈治の終の棲家は、確かに新しく手が加わっていた。かつて見た景色と何かが違って見えた。

「あれが草薙さんのこれからの住まいだ」

 慈治の住まいは身の回りの世話をしていた執事・入江金蔵の部屋に隣接して増設されていたが、休暇の間にその造りは更にレベルアップしていた。もともと寛治郎の特別室へは、吹き抜けで屋上から光の差す飛石や石灯籠などが配された露地で繋がっていて、かつてそれだけで慈治にとっては夢のような老後を想起した。しかし、久しぶりに訪れた終の棲家は寛治郎の特別室と左程見劣りのしない豪華な佇まいになっていた。慈治が手を合わせていた祠は、もとの金蔵の住まいで、今は瀟洒でコンパクトな大社造りと化していた。

 寛治郎の計らいは本当に有難かった。ただ、妻が居ればの話である。妻亡き後の身には寛治郎の厚意は堪えた。妻が居ればここが真の終の棲家となったはずだ。しかし、妻亡き今となってはそれも意味をなさない。何れ次盛が戻って来た日がここを去る日になるのだ。

 金蔵が生きていたら、もっといろいろ話せたろうと思うと尚寂しさが襲う。自分ひとり幸せになる虚しさが重く圧し掛かった。崎山と里子に変わって、邸内社となった “あの部屋” を毎朝管理をすることにしたのがせめてもの救いとなった。


 寛治郎の世話は思ったほど大変ではなかった。寛治郎は自己管理がしっかりしていた。朝食は自分で作り、昼食と夕食は施設の給食を確認のために居住者と同じものを採っていた。洗濯物は自分でやるかクリーニングに出していた。慈治のすることは毎日の掃除とお呼びが掛かった時の話し相手だった。勿論、金蔵を祀った祠と、二階の邸内社の管理は毎日のことだったが、それ以外は有紀たち三人組と “シャインルーム” で過ごす時間が長くなった。

「そう言えば、あれ、どうなったのかしら?」

「あれって?」

「川口彰生氏の殺人事件よ」

「カルト信者の村岡を利用しようとして、ミイラ取りがミイラになったわね」

「その諺…ちょっとずれてない?」

「じゃ、何て言えばいいのよ」

「そんなことより、犯人はまだ捕まってないわよね」

「それなんだけどさ…犯人の本当のターゲットは川口彰生氏だったのか、それともその前の居住者の村岡だったのかってのが問題じゃない?」

「有紀さんの仰るとおりです」

「もし居住者の村岡を狙ったのだったら、事は面倒なんだよ」

「じゃ…犯人はまた来るかもしれないってこと !? 」

「そういうことになるかもしれません」

「怖い~っ!」

「そんな弱気でどうするの、嘉子さん!」

「あなた怖くないの !? 」

「私だって怖いわよ! …でもね、ここは私たちの掛け替えのない終の棲家よ」

「そうよ、どんなことがあっても死守しなきゃならないのよ!」

いつになく安乃は強気になった。

「私には夫からもらった御守がある!」

「御守 !? 」

「バットよ」

「何でバット !? 」

「万が一のために、我々なりに緊急事態の時のことを考えておきましょうか!」

「でも、施設の表も裏も警察のかたが警戒にあたってくれてるわよ」

「嘉子さんは警察の警戒を全面信頼してますか?」

「全面といわれると…」

「じゃ、どのくらい信頼してる?」

「正直言うと、信頼したいという希望的観測かも」

「でしょう…だから万が一の準備が必要なんです。そういうのって無駄になったほうがいいんです」

「だわよね」

「それじゃ、まず、異変に気付いたらすぐに誰かに連絡することにしましょう」

「110番じゃなく?」

「110番は来るまで時間が掛かる。待ってる間の時間が重要です」

「まず皆に電話ね」

「皆じゃなく、誰か一人でいいです」

「そうよね、連絡を受けた人も次の誰かに連絡すれば、数秒だけど自分が行動する時間を早くすることができる」

「そのとおりです」

「なるほど…でも出なかったら?」

「出なかったら、あきらめて次の人」

「それからどうするの?」

 4人は知恵を振り絞った。誰もが本当にその時が来るなどとは思っていない。だが、居住者となった慈治との会話は楽しかった。慈治が施設見学に来ていた頃のことが懐かしかった。慈治にしても妻の早苗との思い出の詰まった家に居るのは辛さとの背中合わせだった。時折施設に戻る今のサイクルが良くなってきていた。


 24時間体制で立番の警戒をする『里山ベネッセ』の正面入口を夜明け前の物陰からじっと見る影があった。田崎である。田崎はかつて侵入に成功した裏に回ったが、今回はそこにも警察官が立番をして警戒していた。仕方なく警戒の薄い県道の壁面に立った。そこを配管沿いによじ登り、屋上に向かった。『里山ベネッセ』は江戸から伝わる建物だった。改修工事の際、その後の修理にも便利という事で老朽化した水道管は全て外壁に配管された。田崎は周到な下調べの際に水道の配管を伝って上る屋上からの侵入も視野に入れていた。

 毎日夜明け頃に金蔵を祀った大社造の祠にお参りするようになった慈治は、屋上によじ上って来る田崎に気付いた。急いで部屋に戻り、事務所に電話したが皆定時介護に出ているらしく誰も出なかったので、予て有紀たちと打ち合わせていた行動に出た。まず有紀に連絡した。有紀はすぐに出た。そして有紀から糸田嘉子に、嘉子から萱場安乃に連絡が行き渡った。その頃、田崎は屋上から3階に下り、村岡明彦の部屋を探して廊下伝いに表札を片っ端から確認していた。

 有紀たち三人は自分たちの部屋のある2階の階段下に集合した。嘉子は金槌を、安乃はバットを持って来た。

「あんた、何で金槌?」

「日曜大工が好きなのよ…日曜だけじゃなく他の曜日もやってるけどね。あんたこそ何でバットを持ってるのよ」

「だから夫からの御守よ。それに、知らないの !? これ、お腹周りのシェイプに最高なのよ」

「知らないわよ」

「さあ、急いで敵を迎え撃つ準備よ!」

 三人はエレベーター前に集まり、ガムテープを貼りまくって戦闘態勢に入った。田崎は3階のどの部屋の表札にも村岡明彦の名前がないことを確認し、エレベーター前に立ったが、エレベーターには乗らずに階段の方に向かった。田崎の後をつける慈治から有紀に連絡が入った。

「やつはエレベーターじゃなく階段で下りる!」

 三人は急いで階段に回った。階段を忍び足で下りる田崎の足下を、三人は二階の階段下から固唾を飲んで窺っていた。田崎が最後の段を下り切ろうとした時、繋ぎ合わせて張ったギターの弦に足を引っ掛けて勢い転倒した。

「有紀さんの弦が役に立ったわ!」

 三人は田崎を袋叩きにしようと階段下から出て来たが、屈強な田崎はすぐに立ち上がった。

「何やってんだ、てめえら!」

 三人は震え上がって後ずさりながら尻餅を突いた。三人に襲い掛かろうとした田崎は、一発のボディパンチで頽れた。ボクサーでもある介護士の篠山兵太が田崎の前に立ち塞がった。

「痛い目に遭いたくなければおとなしくしろ」

 兵太の言葉に田崎は不敵に立ち上がって、殴り掛かった。兵太は田崎の抵抗を柳の如くかわし、ボディだけ目掛けて強烈な連打を見舞い続けた。地獄の苦しさと激痛に田崎は息も絶え絶えになって倒れ、動けなくなった。兵太は辺りに何かを探していたが、安乃のバットに気付いた。

「萱場さん、それ、貸してください」

「駄目よ、これで殴ったら死ぬわ!」

「こいつを殴るんじゃないですよ」

 不安げながら、安乃は兵太にバットを渡した。すると、兵太は何を思ったか、バットで周囲を殴りまくった。三人は驚くより、あっけに取られて言葉が出なかった。安乃はやっと声を絞り出した。

「どういうこと !?  バットが折れるから! それ、夫の愛が詰まってるの!」

「すまん」

 安乃の叫びで、兵太は殴りまくるのをすぐにやめた。

「こうしないと、ボクは過剰防衛で捕まっちゃうかもしれないんだ」

 有紀がやっとその意味に気付いた。

「そっか! プロボクサーだもんね! パンチが凶器と見なされる」

「田崎にバットを奪われたことにしてください」

 そう言って兵太は気を失っている田崎に安乃のバットを握らせた。

「…そういうことだったのね。分かったわ、そう答える」

 安乃と嘉子は安堵した。

「私の金槌は何かに使えないかしら?」

「もう済んだでしょ」

 嘉子は気を失って伸びている田崎を睨み付けて立った。

「嘉子さん、駄目よ。それで殴ったら死んじゃう」

「妄想よ、殴った妄想」

「兵太ちゃんは、どうしてここへ?」

「施設長から…いや、慈治さんから連絡もらったんだ。丁度今夜は、パーチェで夜勤だったから」

 そこに慈治が駆け付けて来た。

「もう済んだのかい! 篠山さん、急に呼び出して悪かったね」

「いえ、こういうの、嫌いじゃないですから、また呼んでください」

「こんなのはこれっきりにしてもらいたいよ」

「それもそうですね」

 介護の必要な居住者への処置を済ませたスタッフたちが、騒ぎを聞き付けて駆け付けて来た。

「何があったんです !? 」

「屋上から泥棒が忍び込んだみたいです」

 兵太が恍けて答えた。

「屋上から !? 」

「ほんと迷惑な話ですよね」

「さて、また警察に通報しないとね」

「じゃ、この男は私が玄関まで運びます」

 兵太は田崎の襟首を持ち、粗雑に階段を引き摺り下して一階の玄関前まで運んで行った。

「ゴミ !? 」

「ゴミよね」

 スタッフたちは出勤してきた崎山の指示で仕事に戻った。

「慈治さん、早くから大捕り物だったみたいですね」

「兵太さんと有紀さんたちの大活躍でしたよ」

「見たかったな~」

「実は私も見れなかったんですよ。それだけ皆さんの早業だったんです」

「『里山ベネッセ』の平和は私たちが守ります」

 嘉子が金槌を持って見栄を切った。


 通報によって駆け付けたのは川口彰生の息の掛かった笹本怜次だった。立番の警官は気合を入れて敬礼した。

「異状ありません!」

「馬鹿者! 110番通報があって来たんだ!」

 笹本の気合いに狼狽えた警察官は、施設の中で起こった事をまだ知らなかった。そう言えば明け方に、急ぎ施設に入って行ったスタッフが居た。その姿を後目に “交代時間に遅刻でもしたんだろう” と軽蔑の笑いを浮かべたことを思い出した。中で何があったんだろうと冷や汗をかいていると、男が取り押さえられてパトカーに乗せられて行った。立番の警察官にとって屈辱の時間が過ぎた。

 笹本が施設から出て来たのを怯えつつ待ちかねていた警察官は叫んだ。

「申し訳ありませんでした!」

 笹本はその警官を無視して覆面パトに乗り込んで去って行った。その横を明け方に軽蔑の笑いを送った兵太が通って施設を出て行った。

 崎山は事務所の窓から笹本たちが去る外を眺めていた。それを見送る警察官の気落ちした姿は、影が薄かった。

「ありゃ、懲戒免職レベルの失態だな」

 その後ろ姿を眺めていると、更にがっくりと項垂れた裏の立番の警察官が現れた。施設の立番業務を解く連絡を受けたようだ。ふたりは溜息を突き、交番に戻って行った。


 『里山ベネッセ』の一日が始まる頃、施設は何事もなかったように日常の景色に戻っていた。少し違うところは、本日の三人組の話題が田崎退治の武勇伝であることだった。

「でも、いいタイミングで兵太ちゃんが来てくれたわよね」

「そうよ、彼が来てくれなかったら、今頃私たちはどうなっていたか…」

「あのボディブローは痛そうだったわね」

「痛いというより苦しいんじゃない。あの大男が息も絶え絶えに頽れたから」

「顔も殴ってやればよかったのに」

「顔は駄目よ」

「どうして?」

「顔を殴ったらダメージが表面化するでしょ」

「ボコボコにして外に出て歩けなくすれば良かったのよ」

「過剰防衛の度合いがはっきり出ちゃうじゃない」

「そうだったわ」

「腹なら、そこそこ誤魔化せるんだから。それに腹のほうがその後のダメージが大きいのよ。腹の中の傷み具合なんて分かり難いからね」

「やっぱりプロボクサーよね」

「それにしても有紀さん、詳しいわね」

「昔の映画人は血の気が多いからよく喧嘩したのよ。でも商売上、顔を殴ったら顰蹙ものだから、顔よりダメージが後を引く腹を殴るのね」

「田崎は俳優じゃないでしょ」

「田崎の場合はこちらの犯罪性をオブラートに包むためね」

「あ~あ、私、一回でいいからバットで思いっきり殴ってみたかった」

「安乃さん、それ危険な発言よ。素振りで我慢しなさい」

「でも今ごろ腹が立ってきた。高齢者だと思って高飛車に私たちを襲おうとするなんて、バットが駄目なら銃でもいいわ!」

「余計駄目でしょ。悔しがるのは良いけど、安乃さんの発言、ほんと危ないんだから」

「言っただけよ。言うだけならいいでしょ」

「ここだけならね」

「何よ、あんただって金槌持って田崎を睨んだじゃない」

「妄想に留めたでしょ」

「バットなら骨折ぐらいだけど、金槌だと頭骸骨に穴が開くわよ」

「そろそろ朝食の時間だわね」

 有紀はさっさと部屋に戻って行った。

「どれ、私たちも部屋に戻りましょうか」

 午前の武勇伝は一時散会となった。その後も数日、三人の話題は “シャインルーム” での田崎退治の武勇伝になったが、同じ話にも飽きて一週間ほど経つと、警察から安乃の所有物であるバットが戻って来て、再び田崎退治の武勇伝が “シャインルーム” での三人の話題となった。

「これ、夫の形見なの。夫は野球少年だったの。幼い時に彼が初めて父から買ってもらったバットなのよ。ずっと大切に持ってたものが、今ここにあるなんて不思議よね。バットが守ってくれた」

「嘉子さんはあの金槌に何か思い出があるの?」

「何にもないわ」

「なんにも?」

「大工さんが忘れて行った金槌」

「連絡しなかったの?」

「連絡したけどいつまでも取りに来なかったのよ。うちで使っているうちに日曜大工が好きになったっていうか…長く使っていると何か愛着が湧いてね」

「それより有紀さんが仕掛けた階段の…」

「ああ、ギターの弦ね」

「女の人がギターって、私たちの頃はめずらしいわよね」

「私は撮影でギターを弾くシーンがあってね、それがきっかけ」

「なるほど」

「私はナイロン弦を使ってるから弦が透明なの。だから階段に張っても見え難かったのね。薄暗いから余計」

「見事に足に引っ掛かったわね」

「転ぶ先に剣山でも敷き詰めて置いたら良かったのに」

「安乃さんの発言はほんと危ないから…」

「ただの想像でしょ」

「でも、何事もなくてよかったわね」

「ほんとよ」

「今度は私たちへの復讐に来られたら嫌だけど」

 何気なく行った安乃の言葉に三人は固まった。

「…そんなことないわよね」

「でも、実際、田崎は釈放されてすぐ復讐に現れたのだから、ないとは限らないかも」

「だめだめだめ、脅かさないで」

 三人が深刻な趣になったところに、慈治が現れた。

「皆さん、お集まりですね」

「慈治さん、丁度いいところに来たわ!」

「また何かありました?」

「大変なことに気が付いたのよ」

「大変なこと?」

「あの男…」

「田崎ですね」

「そう、田崎がまた復讐に来ないかと…」

「田崎は来たくても来れませんよ」

「どうして !? 」

「勾留中に留置所で亡くなりました」

「ほんとなの !? 」

「ええ、さっき笹本刑事から連絡を頂きました」

「原因は?」

「聞いたんですが教えてくれませんでした」

「…そうなの」

「だからご心配なく」

「どうなさったんですか? お出掛けの格好で…」

「今日は妻の命日なんです。墓参りをしてから、家で一緒に過ごそうかと思いまして」

「私たちもお墓参りご一緒したいけど、この美貌だから奥様が焼きもちを焼くわね」

「そうそう」

「老人が三人以上揃って行く先は敬老会か墓参りと思われるらしいわ」

「いやね~その情報どこから?」

「では私はそろそろ」

「行ってらっしゃい」

 いそいそと出掛ける慈治の足は軽かった。

「奥様を愛してらっしゃるんだね」

「そうよ、慈治さんは今も自分と闘っているのよ」

「あんなにいつも気さくなのに?」

「奥様と一緒にここを終の棲家にするのが夢だったんだもの…無念と闘っているのよ」

「強い人なのよね」

「私が奥さんだったらよかったのに」

 安乃はしみじみ呟いた。それを見て嘉子もしみじみ呟いた。

「もっと素振りを続けないとね」

 安乃は嘉子を睨み付けて、力いっぱい腹を引っ込めた。数秒と持たなかった。

「…そうね」

「昼はここで食べようか」

「私…昼だけでも抜こうかな」

「部屋のおやつを食べないほうがいいんじゃない?」

「あれは別腹だから」

 ピチピチの桜木千夏が通った。

「千夏ちゃん、今日の昼はここでしていい?」

「はい! 後でお持ちしますね!」

 元気に去って行く千夏を見て安乃が呟いた。

「部屋のおやつ半分、千夏ちゃんにあげようかな」

「まるで、毒りんごをあげる魔法使いのお婆さんだね」

 安乃は乗って来た。

「さあ、このおやつをお食べ。とても美味しいわよ。ヒッヒッヒ…やめてよ、乗せるの」

「田崎が死んだら遺体を引き取りに来る人は居るのかしら?」

「居なかったら無縁仏になるんでしょ?」

「そうなるわね」

「祟って出て来ないかしら」

「さあ、これをお食べ~~~」

「おやつ持っては祟って出ないでしょ」

「私のお腹、祟られているかも」

「それは自分の所為でしょ。バットで素振りしかないのよ」

「あれ、毎朝結構きついのよ」

「毎朝何回素振りしてんの?」

「三回」

「少な!」

「あまりトレーニングすると余計お腹空くのよ、だから三回」

「少し、おやつを控えたら?」

「そこにおやつがあるから」

「山みたいに言わないでよ。仕方ない。あなたはその出っ腹と共に歩むしかない」

「出っ腹は顔の一部です」

「めがねでしょ…ほんとにシェイプする気があるの?」

「シェイプする気はあるんだけどね、どうしてもこの右手の箸運びがテクニシャンでね」

 気が付くと他の居住者たちが彼女たちの周りのテーブルを埋めて、楽しい会話を聞いていた。

「あんたたち漫才でデビューすれば? いくよくるよさんみたいになって来たよ」

「懐かしい昭和の漫才師!」

「デブと痩せでちょうどいいわね」

 言った安乃が黙った。

「安乃さんも自分の事を自覚はしてるんだ」

「ほっといて!」

 千夏がワゴンでお昼を運んで来た。

「お待たせ―!」

「あら、ありがとう!」

 三人と “その観客たち” の中入りのランチタイムが始まった。

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