第9話 後藤家
『里山ベネッセ』の創設者の後藤寛治郎は、もともと両親を介護する保養所として屋敷を改築した。介護士を雇い、両親を手厚く介護していたが、その両親も他界し、『里山ベネッセ』として一般に開放したのである。後藤家は元々、寛治郎の曽祖父の代までは上級武士が宿泊する旅籠だったが、性質の悪い代官による宿代の不払いが続き、運営が立ち行かなくなり、後藤家は没落したかに見えた。ところが、寛治郎の祖父・万太の代になって後藤家は急に復興し、今に至っている。早くに他界した万太の妻・
寛治郎には、しょっちゅう金をせびりに来る甲斐性のない息子が一人居た。後藤次盛である。次盛を施設の専務に就かせて何とかまともになってほしいと願ったが、駄目息子はやはり駄目息子である。素行も悪く、スタッフの苦情が増えたため、専務を解任し、施設の運転手として雇い直していた。その後、施設の金を無断流用していることが告発された。父の寛次郎が損害を補填したため、事なきを得たが、以後、次盛は施設の厄介者になっていた。慈治が施設長になってからは、その次盛を叱咤激励しつつ、スタッフからの批判から庇い続けていた。
「君には無理難題ばかりで申し訳ないと思っているよ」
「そんなことを仰らないでください、理事長。妻亡き後、道を見失った私に老いらくの生きる糧を与えてくださり感謝しているんです」
「今井くんに頼んで君をここに雇い入れさせたのは天の巡り合せだった」
かつて、決して友好的ではない今井施設長が自分をこの施設に嘱託で招いたことにずっと違和感があった。それはオーナーの後藤寛治郎の指示だったのかと、それも合点がいった。
「こういう展開になるとは思ってもいませんでした」
「奥様を亡くされて本当に無念だと思うが、何れ、君もここの居住者として私と一緒に住んでくれ。それまでに “ゴミ掃除” を完了してもらいたい」
「『里山ベネッセ』が本来の安らぎの場になるよう努力します。しかし、今暫くは平穏を演出すべきかと…」
「そうとおりだな…次盛の件では迷惑を掛けてしまった。それに先日の事故…マスコミの目が飽きるまでは動けんな」
碇照子の死、そして久我原澄子が入院の名目で姿を消したことは、世間的には少なからず『里山ベネッセ』の負の波紋として広がった。照子の死が事故死として片付けられたことも、澄子が入院したという施設の報告も、居住者の疑問を誘って良からぬ噂が台頭してしまった。早苗の悪意ある喧伝の賜物ともいえよう。その噂が面会家族の耳に触れ、あっと言う間に社会から負の視線が注がれるようになってしまった。
「暫くの間、『里山ベネッセ』の居住者の関心を他に向けなければ…」
「何か考えがあるのかね?」
「ええ…」
徳田早苗の暴走は相変わらず止むことを知らなかったが、慈治はもう一度 “シャンソンの夕べ” を催すことを提案した。
「しかし、次盛の気持ちを考えると…」
「いえ、今回の催しは次盛さんの主導で行うのです」
「次盛の !? 」
慈治は計画の詳細を離した。後藤寛治郎は暫く考え込んでいたが、何度も深く首を振った。慈治の提案に至極納得したのである。
慈治は早苗に新人スタッフの小泉京司を付けていた。早苗は小泉の至らない所作に苛立ち、慈治に苦情の嵐を投げ付けた。しかし、慈治は全く相手にせずに時が流れていた。
ある日、早苗は我慢できなくなり、小泉に掴み掛って暴力をたたみ掛けた。ヒステリックに暴れる早苗を小泉は堪り兼ねて突き飛ばした。早苗の背中は壁に強打し、ずるずると床に堕ちて気を失った。小泉は焦った。
丁度そこに早苗に抗議しようとして来た銀幕の奥枝有紀ら三人組は、小泉に先を越された形でその様を目撃することになった。小泉は狼狽えるばかりだった。
「有紀さん、どうする?」
「私たちがするのは後片付けね」
「小泉さん、私たちは何も見なかったから、あなたはすぐにここを去りなさい。あとは私たちに任せて!」
小泉は言われるままに気を失った早苗を放って、その場を立ち去った。有紀たちは早苗をベッドに戻し、横たえて衣服の乱れを直し、何事もなかったように現場を整えてにんまりした。
「おやすみなさい、早苗さん」
立ち去ろうとする嘉子と安乃を有紀は引き止めた。
「何か忘れてない?」
「忘れ物なんて…何も持って来なかったもの」
「そうじゃないわ。じゃ聞くけど、もしあなたたちが気が付いたら何をする?」
「そうね…取り敢えずオンコールね」
「じゃ、こうしないとね」
有紀はオンコールのコンセントを抜いた。
「オンコールが繋がらない…次は何をする」
「携帯で事務所に連絡するかしら」
「じゃ、携帯電話は預かっておかなくちゃね」
有紀はそう言って早苗の携帯電話を取り出した。
「これ、どうする?」
有紀はベッドの隙間から携帯を見え難い床に落としてニッコリ微笑んだ。
「あなたを敵にしたくないわ」
嘉子は呆れ顔で笑った。三人組は満足げにその場を去った。
小泉は事務所に戻り、慈治に事の顛末を全て話した。
「早苗さんが意識を取り戻す前に、急いで携帯電話を持って来なさい」
「携帯電話 !? 」
「いいから私の言うとおりにしなさい」
小泉は事態が呑み込めないまま慈治の指示に従うしかなかった。
小泉が狼狽えて早苗の部屋から戻って来た。
「携帯電話が見つかりません。部屋のどこを探してもないんです!」
慈治は暫く考えてにんまりした。
「必殺仕置き人の仕業か…」
「え !? 仕置き人?」
「あとは私に任せなさい。君はこの施設に必要な人だ。私が守るから今日の事は忘れなさい。いいね」
「…はい」
この瞬間、小泉にとって慈治の存在は唯一無二の人となった。
意識を取り戻した早苗は事態を家族に連絡しようと携帯電話を探したが、見つからなかった。廊下に出て施設の電話を掛けようとするが、不通になっている。仕方なく事務室の電話から家族に連絡しようと下に下りると、めずらしく後藤次盛が居た。早苗は初めて見る顔だった。
「あんた、誰?」
「この施設の者ですけど? なんか用?」
「何ですかその辛辣な対応は! 居住者に対し、失礼じゃありませんこと!」
「苦情ならそこの紙に書いて投書願います。私は後藤次盛といいます」
「後藤次盛 !? 」
「ええ、あなたが結婚し損なった後藤寛治郎の息子です。お久しぶりですね」
徳田早苗は一瞬たじろいだが、すぐに平静を装った。
「私の家族を呼んで下さらない?」
「携帯電話はないんですか?」
「ないわ」
「公衆電話は?」
「壊れてるの、あなた方の管理が悪いから」
「あの公衆電話、ただの置物じゃなかったんですか?」
「知りませんよ、早く家族を呼んで!」
次盛は快く了解し、すぐに早苗の前で電話をした。早苗が「代わりたい」と言うが、後藤は電話を切った後だった。
「切れちゃいました。お忙しいみたいですね。でも2~3時間後にお越しになると仰ってました。もうすぐ昼食ですから食事が済んだ頃にはお見えになると思いますよ」
次盛があからさまに早苗を敵視している事が分かった早苗は、渋々納得して部屋に戻るしかなかった。
少しすると、部屋に戻った早苗のもとにベテランスタッフ・小池里子が昼食を運んで来た。早苗の言葉は怒涛のように里子を襲った。
「ひどい目に遭ったわ」
「どうなさいました?」
「小泉と言う若造に暴力を振られましたの。頭が痛くてまだフラフラします」
「おかしいわね。小泉くんは今日は明け番でお休みですよ」
「でも確かにあの小泉という若造が私を…」
「お疲れのようですね」
「本当なのよ! 特別料金を払うから、またあなたが私専用の担当になってくれない? 担当がこのままでは私は殺されます!」
「施設の決まりがあるので…でも、一応施設長には話してみますね」
「役立たずの専務しかいなかったから、早く施設長に伝えて頂戴!」
「かしこまりました」
小池里子は『里山ベネッセ』創立以来の介護士だった。中学生時代、故郷旭川で凄惨ないじめに遭った過去がある。ともにいじめを受けた同級生は “ママ、死にたい” と書置きを残し、氷点下の公園で凍死した。遺体は3か月後に発見された。当初は自殺とされたが、里子の証言で死亡の原因は、自慰行為の強要や猥褻画像の拡散で追い詰められた挙句、公園で待つよう強要され、低体温症で凍死したことが判明した。14歳の女子中学生への “壮絶イジメ” が週刊北潮にスクープされるや、無関心を装っていた市長が解決への決意表明を喧伝した。『里山ベネッセ』は里子の闘いの末に得た唯一の夢の持てる場所となった。80歳の遅い春だった。里子は “明日” がある生活を謳歌していたある日、最悪の居住者が里子の聖域に侵入して来た。それは忌まわしい過去のいじめの首謀者である。それは、今出た部屋の居住者の徳田早苗であった。里子の事など覚えてもいない。震えが止まらなかった。緊急避難で有給を取って施設を脱した。このまま逃げるしかないのか…里子をPTSDが襲った。そして、里子は一つの決断に達した。人生の終わりに逃げたくはない…有給を終えて復帰するなら “ひとつ” しかない。それは徳田早苗を亡き者にすることだ。そして里子は殺すチャンスを最大限にするために、徳田早苗の信頼を得る作戦に出た。新人介護士の小泉京司に代わって食事を運んだのは、“今” こそ、そのチャンスが来たと思ったからである。
「今日のお昼は如何ですか?」
「いつもと変わり映えがしないわね…ていうか、飽きちゃったわ。そろそろ料理人を代えて欲しいわ」
「申し伝えておきますね。この料理人の食事をするのはきっと最期になりますわ」
「あら、いい答ね」
「『里山ベネッセ』にとって徳田早苗さんは特別の方です。食後はゆっくりお休みください」
里子はそう言って慇懃無礼に早苗の部屋を後にした。里子が “食後はゆっくりお休みください” と言ったのには理由があった。今日の昼食の献立には、何れにも里子が睡眠薬が混入していたからである。
息子の猛夫妻が早苗の部屋を訪ねると、早苗は眠っていた。
「…母さん」
「お義母さん…もしかしたら認知症を発症したんじゃない? 施設長がこの頃お義母さんの妄想が頻繁になってきたと言ってたでしょ。緊急だと呼んでおいて、寝てるってある !? 」
深い眠りらしく目を覚まさなかったので仕方なく猛夫妻は部屋を後にし、また事務室に寄った。その姿を物陰から見送った次盛が呟いた。
「やるじゃねえか、里子婆さん…」
睡眠薬でぐっすり眠る早苗を見て、次盛には “あの日”が蘇ってきた。
迎えの車の前で振り返った母は他人に見えた…いや、次盛が見たことのない女の顔をしていた。中学生の息子・次盛を置いて家を出て行く母・後藤ゆめが、時任ゆめに戻った瞬間だった。父の寛治郎は無言で立ち尽くしたままだ。涙を堪えている次盛の後ろで執事の入江金蔵が “諸悪の権化はおまえだ” とばかりに、険しい表情で車の中を睨んでいた。幼い次盛も車内に視線を移して怒りが軋んだ。その視線の先には後部座席の徳田早苗の顔があった。そして、その奥には見知らぬ男の笑顔があった。再び訪れた悪夢のあの日、彼がピアニストの君塚清であることを初めて知った。『里山ベネッセ』 の“シャインルーム”の特設舞台にはその男の得意げな笑顔に吐き気を模様した。彼は今、母のゆめと暮らしている。いや、もう母ではない。君塚ゆめという他人である。しかし、次盛が煮えくり返るほど憎むのはそのふたりだけではない。諸悪の権化は彼らの横に立って勝ち誇っている徳田早苗だった。“あいつら、どの面下げて舞台に立ってるんだ!” と今にも爆発しそうな己を抑えた次盛は、父に対しての憤懣やるかたない思いでその場を離れるしかなかった。振り向くと慈治が居た。
「次盛さん、よく我慢なさいましたね」
「・・・」
「この催しは定期的に行うそうですから、何か望みがあればいつでも私に行ってください」
次盛は無言で慈治の前を通り過ぎた。
「坊ちゃん…ちょっといいですか?」
金蔵がいつになく厳しい表情で立ち塞がった。次盛は素直に金蔵の後に続いた。金蔵は『里山ベネッセ』の裏にある里山庭園に向かった。そこには父の寛治郎が待っていた。
「次盛…納得行かないだろう」
“納得いかない”…だけならまだマシである。次盛は辛うじて殺意を抑えている。寛治郎だけではない。時任ゆめと徳田早苗と君塚清に対する殺意である。怒りで震えている次盛に、予想だにしない父の言葉が刺さった。
「 “シャンソンの夕べ” は、おまえの復讐の場だ」
そして金蔵が付け加えた。
「坊ちゃんのなさりたいように…後はこの金蔵にお任せください」
次盛はあの公園で未来が解放された。抑えた顔から枕を離すと、目を開いたまま息絶えている徳田早苗の醜い顔があった。次盛は安堵の表情で深呼吸をした。
「クソばばあが…」
次盛は来客用の椅子を引き寄せ、ぐったりと掛けて外の景色に目をやり、父の言葉を思い出していた。
「次盛…納得行かないだろう」
「血迷うのはあんたの得意だろ」
「今まで随分とおまえを傷付けた」
「今もね」
「もう少し待ってもらいたい」
思えば帰るはずのない母を待ち続けた人生だった。この介護施設に居たら、いつかは母が入居して来るかもしれないなどと、バカな希望を持っていたこともある。よりによって “シャンソンの夕べ” で母と再会したはいいが、あの男と一緒の舞台に立たせるなんて、父親は何を考えているのか全く理解できなかった。夫と別れただけの女ではない。中学生の自分という子供を捨てて、シャンソン歌手の夢を選んで出て行った女だ。しかも、別の男のもとへ。ふしだら極まりない。それを段取りしたのが徳田早苗である。そのババアも今、施設の入居者となって思うがままの傲慢な態度を曝している。別れた妻とその間男を受け入れて “シャンソンの夕べ” でもあるまい。父親のお人好しもここまでくればバカでしかない…怒ることすら虚しいほどの時が流れた。 “もう少し待ってもらいたい” などと、どの口が言えるのかと全身の力が抜ける思いだった。
その時である。徳田早苗が息を吹き返した。次盛は真っ白になった。そして気配に振り向いて驚いた。いつの間にか鶴子と里子が立って居る。
「専務…待てなかったのですか?」
次盛は言葉を失った。
「私の仕事を取らないでくださる?」
そういうと鶴子は手早く持って来た点滴用チューブに空のシリンジ “注射筒”を接続して早苗の静脈に空気を注入した。介護施設のスタッフに対して、鶴子は看護師であることは明かしているが、医師の資格があることは伏せていた。それはオーナーの寛治郎の要請だった。この施設の死亡診断書は鶴子が一手に引き受けていた。以来、この施設に“異状死”は存在しなくなった。
「鶴子さん…」
「こうしないと空気塞栓症による急性循環不全は起きないのよ。あなた…随分と頑張ったわね。お父上の後藤寛治郎さんから何もかも聞いたわ。婚約者だったんですってね…」
「父が何を !? 」
「こうすることをね」
「・・・!? 」
「これは、ほんの始まりよ」
鶴子は徳田早苗に視線を移した。
「徳田早苗さん…自分の結婚相手に土壇場で別の女に結婚されて、随分と恨んだでしょうね。その仕返しに、彼女の夢を出汁にピアニストの君塚清氏を焚き付けて、うまいことやったわね。結局徒労に終わってお気の毒だと思います。でも、ちょっとおいたが過ぎたんじゃありません? おとなしくしてたら、こんな注射をされずに済んだのにね。この注射は、あなたのかつての婚約者の後藤寛治郎さんからの最期のプレゼントよ」
「これは父の指示なのか!」
大きく見開かれた早苗の目は次第に焦点定まらぬ無表情になった。
「…おやすみ、徳田早苗さん…永久に」
里子が優しく囁くと、早苗はあっけなく息を引き取った。
「事務所に戻りましょ、専務」
鶴子は無表情で部屋を去った。次盛は鶴子の後に従った。里子は手際よく医療器材を片付け、ベッド周りを整えてから部屋を出た。
施設で死者が出た場合、居住者に悟られないように深夜になってから施設を運び出される。かつては外注の医師による死体検案を行っていたが、飯山鶴子が医師免許を取得してからは全て任せていた。
遺体が引取り業者専用の裏口から搬送される先は、自宅が適わなければ遺体ホテル行きとなる。かつては葬儀社が引き取ったが、火葬待ちが長引く時代になって、葬儀社はその受け皿には成り得なくなった。ある程度の期間、遺体ホテルで火葬待ちをするのが常となっていたが、寛治郎は廃業した近くのホテルを買収して遺体ホテルに改装し、僅かに残ったホテル社員を継続して採用し、施設からの死者を優先的に受け入れさせていた。
その頃、徳田猛夫妻が事務所に寄って慈治と話していた。
「母は何の用だったんでしょうね」
「専務が代わりにお伝えしましょうかと言ったらしいんですが、直接話したいからと…」
「そうですか…このごろ様子はどうですか?」
「先ほどお話ししたように、少し記憶に齟齬がある時が…ご年齢の所為かと思っていたのですが…一度検査なさってみては…」
「認知症の可能性があるということですよね」
「先日も深夜に、また急に感情が高ぶられて…その時もスタッフが…新人なので防御し切れなくて軽い負傷を…」
「申し訳ありません」
「いえ、それも仕事ですから」
「怪我をなされた方にお詫びしておいてください」
猛は机の上にそっと現金の入ったいつもの封筒を置いて去って行った。鶴子と次盛は徳田猛夫妻が去るのを物陰で見送ってから事務所に入って来た。次盛は青褪めて震えが止まらなかった。そこに金蔵が現れた。
「次盛さん、知ってました? 憲法の条文には“殺人を犯してはならない”なんて、一言も書かれてないんです」
「え…」
「だから、自分の事は自分で守らないといけないんですよ。でも、次盛さんは幸せです。守ってくれる人が沢山居る」
次盛は、鶴子、慈治、里子、崎山、そして金蔵が微笑んでいる姿を見て、体の力が抜け、震えが止まり、落ち着きを取り戻した。今までに味わったことのない幸せを噛締めていた。
その夜、慈治は徳田猛に早苗の死を連絡していた。
「ご夫妻がお帰りになってから少ししてご報告に部屋を訪れたんですが、その時は既にお亡くなりになっていました。あの時、ほんの少しでもお母さまの部屋にお立ち寄りくだされば、ご最期を見届けられたかと…」
電話の向こうの猛は無言だった。
「これからお越しになりますか?」
「今更行ったところで…何も変わらないでしょう」
「・・・」
「…都合を見て伺います」
「そうですか…では、お母さまのご遺体を今も利するために、エバーミングを施し、ご遺体ホテルの方に安置してお待ちしております。ご都合のよろしい時にお越しください」
慈治は静かに受話器を置いた。妻がまだ元気だった頃、再就職の選択を増やすためにIFSA(一般社団法人 日本遺体衛生保全協会)認定のエンバーマー養成施設にも通った。卒業後にIFSAのエンバーマー試験を受けてライセンスを取得していた。この『里山ベネッセ』で最初のエバーミングが徳田早苗になるなどとは思ってもいなかった。
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