第四章 それぞれの岐路
「おい、ベントリック。あんまり適当すぎるんじゃないか?」
「君以外での功労者だ。ボクは自分の名前をつけるような自己顕示欲はないし、ちょうどいいじゃないか。彼女の尻尾も花と同じ色だし」
なんでも無いことのように言う青年に、小さな魔女は口をパクパクさせている。
「といっているが、パンドラはどうする?」
「どうする、って言われても困りますよぉ」
私の方に視線が向けられる。頼むから私に振らないでほしい。
「はい、時間切れ。名前なんてものにこだわる時間が惜しいから、もうパンドラテイルで決定だ」
「え、えーー?」
オロオロして尻尾が動いている丸わかりだ。
スケルトン退治に来たつもりが、まさかこんな展開になるなんて思わなかった。
――よかったな。これで歴史に名前が残るかもしれないぞ。英雄たちの仲間入りだな――
「もー、ウィル止めてくださいよ。これじゃあ、お野菜を私が作ったみたいじゃないですか」
「まあ、君たちが手助けしたのは事実だからな。リッチを退治しなけば、パンドラテイルの収穫は出来なかったんだから命名には値もするだろう」
動揺しきった少女の頭をポンポンと叩き、魔女の名を
「うー、なんだか大袈裟な気がしますよ」
「ふむ、では君にはあれをやろう」
戸惑いを隠せないでいるパンドラに、ベントリックは無精髭だらけの顎をさすると室内にあった鉢を一つ手に取る。
それは花だった。
真っ白な花びらを咲かせた一輪の花が、飾り気のない小鉢に咲いていた。
パンドラの名前をつけられた野菜に似ているが、茎も花もサイズがずいぶん違う。
「これは?」
「パンドラテイルの試作品だ。日光が届かない荒れ地でも咲く花だが、あいにく食用のはならなかった。ただ魔力に反応して、うっすらと輝くから夜のランプ代わりにはなるだろうさ」
暗い室内で目をこらせば、
白い月よりも優しい光が、パンドラの頬をうっすらと照らしている。
――魔力。いや、生命力に反応するのか――
どこか懐かさしさを感じる光に、パンドラは目を輝かせていた。
綺麗な花をプレゼントされたことに感動しているのだろう。
「これ……私たちが貰っていいんですか?」
「ああ、お礼だ。ついでに種もまとめて持っていくといい。地下暮らしドワーフや、好事家になら売り物にもなるはずだ。もちろん農地を作ってもいい」
「ああ……どうしよう、ウィル。こんなに素敵なものを貰いましたよ。どうしたらいいですか?」
――落ち着け、パンドラ。嬉しいのは分かるが、そういうのは人前ではやめてくれ――
顔をすりよせ、全力で抱擁してくる少女。その心地いい匂いと体温で、胸の奥が燃えたように熱くなる。
「でも本当に嬉しいんですよ。私、誰かの役にまた立てたんですよね?」
――ああ、そうだ。だから少し遠慮をしてくれると、私は助かるんだが――
自分に全力で抱きついてくるパンドラをなだめつつ、ルーデリアに視線を向ける。
ダークエルフ騎士は私たちには目もくれずに、ベントリックから名付けられたばかりの作物を受け取っている。
――この匂いは、村を浄化したときはしなかったな――
彼女からは少なくない
「ルー、これでお前の仕事は終わりなのか?」
「ああ、幸いにしてもう一つの大きな用事も終わったからな」
「たまにはゆっくりすればいい。あの国に待たせている人間もいるのだろう?」
「大きなお世話だ。君もたまには父に顔を合わせろ、顔には出さなかったが心配していたぞ」
「それこそお節介だ。ボクは国を捨てた、野菜に
二人にしか分からない会話をし、ルーデリアは荷物を下ろす。
幾年の年を重ねたであろうザックから、革袋を取り出した騎士は硬貨を手渡してくる。
それは古い硬貨を紐で束ねたものだった。都市部でも滅多に見ないエルフ銀貨だ。
「パンドラ、ウィル。これは君たちへの報酬だ。受け取ってくれないか」
「あ、あの、でも多すぎますよ。依頼料は銀貨三十枚って……」
「だからエルフ銀貨三十枚だ。間違っていないぞ」
通常の銀貨の数倍の価値があるエルフ銀貨。それを惜しげもなく放出して、ダークエルフの騎士は微笑む。
「君たちのお陰で助かった感謝するよ。パンドラ。ウィル」
私の名前を初めて口にしたルーデリアは、丁寧に騎士の一礼をして正式に感謝を告げる。
見事な騎士としての所作は、パンドラが本で何度も読み返した物語そのものであり、英雄に名を連ねるものに相応しいものであった。
「ルーデリア、さん」
「すまないが私はすぐに立たねばならない。君たちとは、ここでお別れになる」
「え、そうなんですか。じゃあルーデリアさんは一緒に街には戻らないんですか?」
出立の準備をする騎士。その慌ただしさにパンドラは目を丸くするが、ルーデリアの決意の匂いは弱まらない。
――ずいぶんと急だな。それほど作物が大事なのか――
「命の恩人を送ることも出来ないのは
訝しむ私に気付くこと無く、騎士はもう一度頭を下げると、彼女はそのしなやかな手を出しだしてくる。
「また会おう、パンドラ」
利き手で握手を求めるルーデリア。
「はい、運命の女神の導きがあらんことを」
自分の手をしっかり拭い、握手に応えるパンドラ。
(手練れの騎士が利き手を許すとは、信用されたものだな)
小さな手と結ばれる、騎士の手を見つめているとルーデリアがこちらに向き直り、床に膝を預けて手を差し出してくる。
「ウィル、君にも助けられた。深く感謝する」
――まったく。犬ではないのだから「おて」などしないからな――
彼女の手に鼻先でつついて、その場に座る。彼女はそれだけで満足したように表情を穏やかにした。
「パンドラのことをよろしく頼むぞ、ウィル」
――お前に言われるまでもない。ルーデリアこそ物語を悲劇で飾るなよ――
鼻を鳴らそうとして失敗し、誤魔化すようにダークエルフに背を向ける。
「パンドラ、彼女はなんと言っているのだ?」
「えっと……元気でね、って言ってます」
言ってない、と思いつつ扉を開けて騎士を見送る。
ベントリックは机に向かい、振り返りもしない。きっと彼なりの見送りなのだろう。
ルーデリアは、そんな彼に苦笑しつつ背にした荷物を背負い直す。
「どうか元気で、ルーデリアさん」
「ああ、君たちもな。気をつけて旅をするんだよ」
ルーデリアはそういうとパンドラの髪を、そっと撫でる。
彼女の行為に口を挟まず、私は親愛の匂いを吸い込む。なぜか胸の奥がモヤモヤするが、我慢できないほどではない。
――パンドラ。私たちも行こう――
「そう、ですね。えっと、ベントリックさん」
「ああ、さよなら。そこの扉は閉めておいてくれよ」
さらりとした別れの言葉を告げたのが、私たちの最後だった。
日差しの下に顔を出せば、すでにルーデリアの馬は遠くに走り去っていた。
――アッサリしてるな。これも旅の一期一会というやつなんだろうな――
「たった三日だったんですけど、すごく長かった気がしますね」
――そうだな、色んなことがありすぎたからな――
豆粒のようになった騎士の後ろ姿を見送り、彼女とは違う方向に歩きだす。
行く先の空にはうっすらと広がった雲がかかり、視線の先には道すらも伸びてはいない。
「行きましょうか、ウィル」
――ああ、次は禁書図書館を目指してみよう――
小さな手をツンと鼻先でつついて、指先に毛皮をあずける。
その感触にパンドラは頬をゆるめ、私にむけて小さく微笑むのだった。
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