第四章 手にしていたチカラ
※※※
「しかし、村の地下にあんな場所があるなんて驚いたよ」
「そうですね。すごかったです」
夕食を作りながら、二人は会話している。
汚れていた室内は人が暮らせるほどに片付けられて、暖炉にはくべられた薪が赤々とした燃え盛っている。
ルーデリアはマントを脱ぎ、パンドラの分と合わせて二つの外套が部屋の一角にぶら下がっている。
パンドラの狐耳は尾は露出しているが、実のところルーデリアはほぼ最初から気付いていたらしく、騒ぎになることはなかった。
「その葉っぱはサラダになるそうだ」
「え、茎も食べれるですよね。でも、この実も根っこも食べれるんですよね?」
「ああ、全部食べられるそうだぞ。大したものだな」
茎と芋を煮込みながら、ルーデリアは感心したように頷く。
パンドラが振るう包丁の音と、煮込まれる鍋料理の音を私はソファーの上で聞いている。
別にサボっているわけではない。ただ狼の姿では料理の手伝いは難しいのだ。人ほど器用ではない前足では、皿を並べることだって不可能なのは、子供でも分かることだろう。
「ウィル。もう少し待っててくださいね」
「はは、さすがの狼でも料理には手出しできないな」
揶揄するような一言にムッとした。
「戦いではお前に助けられたが、厨房では君はパンドラの力になれないのだな」
聞き捨てならない言葉に、スクッとまだ埃っぽいソファーから立ち上がる。あんな挑戦を受けて黙っていられるはずもないのだ。
――ちょっと器用だからと思って、黙って聞いていれば好き放題に言うじゃないか――
「ちょ、ちょっとウィル。そんなに怒らないでください」
――別に怒ってない。ちょっとどいてろパンドラ――
戸棚にのしかかり、
包丁も研がれているし、まな板も汚れていない。貯水石もまだ変色してないので、たっぷりと水が入っている。
「なに? もしかして包丁でも咥えるのか。ヨダレまみれにしないでくれよ」
侮ったようにルーデリアが肩をすくめる。料理に関しては自分が圧倒的に有利だと疑っていない顔だ。
たしかに、昨日までの私ならば怒りを噛み殺すしかなかっただろう。肉球のある前足では人のように器用に刃物など扱えるはずもない。
だが――
自らの体格を操作するよう要領で、肌の一部を意識する。あの魔剣士を斃した感覚を、再び蘇らせる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ⁉」
途端にルーデリアが悲鳴を上げた。アンデッドに囲まれても動揺しなかった騎士が、狼狽して部屋の端まで飛び退いた。
「な、ななななななな……なんだ、お前ッ!」
「わー、ウィル。なんですか、それ?」
呂律の回らないダークエルフと、尻尾を動かして目を輝かせるパンドラ。
二人の瞳には背中からウネウネと生えたイソギンチャクのような触手が映っている。どうやら成功したようだ。
触手のサイズは細いロープくらいで、自在に動かすことができた。
――手がないと不便だから、代わりを用意してみたんだ。魔剣士を斃したのもこれだよ――
そういって操った触手でまな板を持ち上げてみる。だが、初めての感覚でフラフラする。精密な動きはまだ出来ないようだ。
「ウィル、これどうなっているんですか?」
透魚を操作する要領で触手を動かしていると、その内の一本に手をのばすパンドラ。
「待て、パンドラ。そんな気持ち悪いものに触るな」
――失礼な。パンドラ以外にそんな事を言われる筋合いはない――
まだ上手くコントロールできない触手を動かし、紅瞳と同じ色をした触覚器官を少女の手に委ねる。
「わっ、ウィル。すべすべで手触りいいですよ」
――そうなのか? 自分ではわからないのだが――
イメージしたのは、パンドラの手の感触だからだろうか。握手するように触手の先端を握った魔女から、感覚器をきゅっと優しく掴まれる柔らかな感覚が伝わってくる。
「狼。お前は本当に何者なんだ。どうして幻狐といるんだ?」
――お前には関係ないことだろう。気にするな――
「ウィルは友達ですよ。自分は魔狼だといってました。一緒に旅をしているんですよ」
「私の知っている魔狼はそんな姿じゃない。魔狼は二足歩行だ。絶対にそれは魔狼とは違う、狼に似た『ナニカ』だ」
にこやかに答えるパンドラの言葉を、ルーデリアは強く否定する。
だがこちらは記憶喪失だから、そんな魔狼を否定されても困ることしかできない。
「でもウィルはウィルですよ」
シュルシュルとうねる触手に怯えもせず、物珍しそうに撫でるパンドラ。
感覚器だからか、くすぐったさを感じる。その慣れない刺激に触手をひっこめて、ルーデリアがいなくなった場所に立ってみる。
――パンドラ。少し離れていろ――
うまく触手で包丁を掴めない。人の手ほど器用に動かすには訓練が足りないようだ。
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