第三章 霊廟の死闘-3

 ――今の時代は、しつこい男は嫌われるそうだぞッ!――

「それにウィルは使い魔なんかじゃないです! 友達です。訂正してくださいっ!」


 強靭な炎爪で刃を受け止めると、パンドラから魔剣士への見当違いな非難が上がった。


『ザレゴトヲ ケガレタ マゾクニ トモ ナド イルモノカ』


 ――はぁッ?――


 あまりに偏見に満ちた言い草に、犬歯が露出したのを自覚する。いまの一言だけは、かなりイラッときた。


「私は魔族じゃないですし、ウィルとは友達です。なんでそんな事をいうんですか!」


 剣を透魚で弾き返し、アンデッドの魔剣士に一気に攻撃を仕掛ける。時代錯誤すぎる発言はパンドラでも看過できなかったようだ。


 ――だったら、勝手にそう思っていろっ――

「もう怒りました。ウィル、離れてくださいっ! 」


 刹那、連続で描かれた幻刻魔法が煌めき爆炎を生んだ。

 炸裂する白い激光が魔剣士を包み込み、爆風と衝撃をともなって聖堂に吹き荒れる。放たれた矢は弾かれ、巨躯を誇る斧槍の戦士すらもバランスを大きく崩した。


 光が収まったとき、目の前には真球上にえぐり取られた空間があった。柱も、床も、アンデッドの亡骸すらも、ぽっかりと『丸いなにか』に飲み込まれたように消え去っている。


「パンドラ、あなた……いったい」


 周囲のアンデッドを片付けたルーデリアが、荒い息を吐き出しながら呟く。


 光に巻き込まれた魔剣士は、消滅こそしなかったものの片腕と胴を抉り取られている。強固な鎧はスプーンで削ったような断面をさらし、それが魔法の威力を物語っている。


『オノレ マゾク メ ヨクモ コノヨウナ シッタイ ヲ』


 フラリとよろめきながら魔剣士が剣を構え、弓兵が少なくなった矢をつがえる。全身鎧は斧槍を担ぎ、アンデッドは巻き込まれることを承知の上で三人の騎士の護衛につく。


 パラパラと聖堂が揺れ、三騎士と相対した聖堂に大量の砂埃が降り注ぐ。


「時間はなさそうだ。このままでは、この霊廟が私達の墓になる」


 見上げるでもなく間もなく、この聖堂は崩れ落ちるだろう。

 多くのアンデッドは戦いのさなかで散ったが、まだ退路は塞がれたままだ。


 ――パンドラ。背中に乗れ――

「ウィル?」


 ――お前は私が守る。だから側にいろ――

「はい。でもウィルのことは、私が守りますっ!」


 背の毛皮にかかる重みに、四肢に力が漲るのを感じる。骨に伝わる温もりに、神経が研ぎ澄まされる。体が燃えるように熱くなる。


 ――始めるぞ。パンドラ――

「はい、いきましょう。ウィル」


 七匹の透魚たちが展開され、いくつもの幻刻文字が宙を舞う。


「パンドラ、狼。君たちは、この状況で勝てると思っているのか?」

 ――私もパンドラも、アンデッドに囲まれて旅を終えるつもりはない――


 ひどく緊張したルーデリアに言い切って、深く息を吸い込むと小さな指が耳を撫でた。


「ウィルはみんなで生き残る、って言ってますよ。がんばりましょう、ルーデリアさん」

 ――そんな事はっ――


 言ってない、という言葉を置き去りして、地面を蹴る。


『オロカナ』


 迎え撃つ魔剣。頭を両断するであろう一撃を――防がない。


「ウィルを傷つけるのは許しません」


 刃は毛皮に触れるより先にパンドラの透魚によって弾かれ、ガラ空きになった鎧に多重結界の砲弾が炸裂する。強靭きょうじんな鎧に亀裂が走り、そこに幻刻魔法の文字が杖で刻まれる。


 意味は《破壊》。すでにヒビに強度が落ちていた鎧は、刻まれた文字を中心に砕け散る。


『ナ、ニッ……』


 驚愕の気配の滲ませる魔剣士。その背後から薙ぐ巨大な斧槍の一撃。直上から嵐となって吹き荒れる矢。


 矢を結界で防ぎ、横一文字を描く斧槍を爪で受け止める。


膂力ちからで……負ける)


 拮抗きっこうした刃に押し負ける確信を覚えて瞬間、ルーデリアが巨鎧の足元に滑りこむ。


 握られたのは大振りの突撃槍ランス。刺突によって本領を発揮するはずの槍は、頑健な足甲グリーブにぶつかり金属音を響かせる。


「た、おれろぉッ!」


 裂帛の声とともに巨躯が空を舞う。


 ――いいアシストだ。ルーデリア――


 聞こえないと知りながらも、戦巧者の騎士をたたえて前進する。


 上下が逆になった巨鎧の武具があらぬ方向にはしり、その無防備になった鎧に狼尾ろうびを全力で叩きつける。


「ウィル、おねがい」

 ――ああ、任せろ――


 杖が描く幻刻魔法が輝き、衝撃を付与された尾が全身甲冑を打ち砕いた。

 憑代よりしろを失った魂が鎧から抜け出し、四散五裂された破片が雨となって、矢をつがえた弓兵の総身そうみを打ち据える。


 刹那。怯んだ弓兵に透魚たちが殺到し、五体を微塵に斬り裂く。


『キサマ ラ ユルサヌ。ヨクモ マタ ワタシノ ナカマ ヲッ‼』


 振り下ろされる刃が、白炎を切り裂いてパンドラに襲いかかる。


 ――させるものか――


 死をもたらす一撃を、炎爪で手首ごと斬り飛ばす。

 魔剣士の黒い剣が宙を舞った。だが、魔剣士は腕を失いながらも腕を突き出してくる。


 ――なにッッ⁉――

『キサマ モ ミチズレ ダ』


 腕の手甲から刃が飛び出し、それがパンドラの眼前に迫る。

 鋭い刃物には真っ直ぐに、私の背に座る少女の眉間に伸びていく。


 ――まず、い――


 時間が遅滞ちたいする。爪も牙も間に合わない。

 ルーデリアが叫ぶ。幻刻魔法も、自動防御の透魚も、わずかに届かない。


 手数が、一つ。ほんの一つだけ足りない。


 ――パンドラッッッッ!――


 恐怖に背筋が粟立ち、毛が一気に逆立つ。


 パンドラが――死んでしまう。


 その確信に、肌が波打つの感じた。


 ――させ、ない――


 衝動に身を任せ、未知の感覚を解き放つ。

 刹那、肌がざわめき――切り裂く感触が、体に伝わってきた。


 牙でもなく、爪でもないものが、魔剣士の死んだ肉体を切断した。


「なにが、起こった?」


 凶刃は絶たれ、三つに分割された肉体が魂を失ってボロボロと崩れていく。

 事態が飲み込めなかったルーデリアが疑問を口にするが、それに対する答えを私は持っていない。

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