第三章 霊廟の死闘-2
不安げなパンドラを激励する。囲まれた状態では、尻尾を巻いて逃げることも不可能だ。入り口はとっくに屍兵で埋まっている。
――切り抜けるぞ――
「が、頑張ります」
「なにを話しているのか知らんが、行くぞ!」
ルーデリアが喝を入れ、懐から蒼い液体の入った小瓶を投げつける。
弧を描いた瓶は、騎士の剣によって簡単に砕かれて五裂四散する。
瞬間――炎が聖堂を紅蓮に染め上げた。
「きゃっっ!」
とっさに結界でパンドラに伸びた炎の余波を防ぐと、さらなる小瓶がアンデッドの群れを吹き飛ばした。
「こんな所で使うはずじゃなかったんだがなッッ!」
苦々しそうに吐き捨て、マントに収納していた小瓶を一気に投げるルーデリア。
爆炎が花を咲かせ、アンデッドの骸が聖堂に散らばった。魔法力が炸裂する振動に結界がビリビリと震え、透魚たちが主を心配するように戻ってくる。
「これで少しは」
先陣を壊滅させたルーデリアが、荒い息を吐き出す。
わずかな安堵を口にするルーデリアに、黒い刃が強襲してきた。
幾重にも張られた結界を貫通した剣が、エルフ騎士の喉元に吸い込まれるように伸びる。
――ちッッッ、これくらいで油断するんじゃない――
それに別の結界を側面からぶつけ、爆炎に身を隠して襲いかかってきた存在に雷撃を放つ。
黒剣の主は魔法力で編まれた稲妻を一太刀で切り捨て、透魚の反撃を躱しながら後続のアンデッド軍まで後退する。
「すまない、助かった狼」
――礼など不要だ。死なれたら迷惑だから助けたまでだ――
「ルーデリアさん。ウィルが死なれたら悲しいから助けるのは当然だって言ってます」
言ってない、と内心で思いながら飛び込んできた死せる戦士をまとめて
灰のように散る骸の先には、先程の黒剣の主がゆらりと立っていた。
鎧の剣士だ。兜のない頭部は青白く生気がない、揺らぐ輪郭で
その左右には大振りな斧槍を担いだ全身鎧の騎士。軽鎧で身を固めた弓兵のレヴァナント。明らかに別格の気配を放つ三人が、敵意をたたえて睨みつけている。
黒い刃を携えた魔剣士。巨人族とおぼしき大鎧の騎士。使い込まれた軽装をまとった射手。どれも纏う気配は、並の『英雄』ではない。
「ウィル……」
――これじゃあ、アンデッドの展覧会だな――
不安の匂いをさせるパンドラに、あえて軽い口調で話しかけながら状況を見極めるために視線を巡らせる。
すでに退路はない。
入り口は固められ、ハイリッチにも比肩するクラスのアンデッドが殺意を向けている。
一気に中央を突破して自力で脱出できる確立は、およそ五割以下。しかもルーデリアを死者の群れのなかに見捨てて、という条件付きだ。
「ダメですよ。ウィル。そんなことは私、絶対しませんからね」
私の想いが伝わってしまったのか、パンドラは声に力を込めて最悪のアイデアを拒否する。
――わかっているさ。ちょっとした気の迷いだ。そんなことはしない――
決して仲間を見捨てない。そんなパンドラに胸の奥が熱くなる。
危機的な状況にパンドラの覚悟も決まったのか、七匹の透魚を展開し、トネ―リコの杖を掲げる。
『イク ゾ マゾク ドモ』
死霊剣士の精神波が声となって脳内に響き、千年の時を経ても
「しつこいんだ、よ」
迎撃のために放たれた三連続の矢が、黒剣で弾かれる。正面からの突きは疾風よりもなお速く、追撃の雷撃すら魔剣は消し飛ばす。
――厄介な魔剣だ。こんなのと戦うなんて貧乏くじだッ!――
剣士を援護するように矢が雨のように降り注ぐ。一人の弓兵が放ったとは思えないほどの物量に舌を巻きながら、傘のように結界を展開する。
矢が防いだ瞬間、魔剣の横薙ぎが首元の体毛を斬り飛ばした。
ほんの一瞬でも回避が遅ければ、死者の仲間入りしていたことだろう。
至近距離から火球と雷撃を撃ち込むも、魔剣士は武具を盾にして防ぎってしまう。恐るべき反応速度というほか無い。
「ウィルっっ!」
そこに殺到する三匹の透魚。魔剣に匹敵する鋭さをもった背ビレが、魔剣士を斬りつけて後退させるが、大した痛手にはなっていないようだ。
――これでも駄目とは……鎧まで超一級品ということか――
「大丈夫ですか、怪我してませんか」
――問題ない。パンドラ、鎧騎士がくるぞ。斧槍の間合いに入るな――
ガシャンガシャンと音を立てながら距離をつめる巨鎧。その動きは聖堂内を飛び回る弓兵や、。死者とは思えないほどの速度で突撃してくる魔剣士に比べると鈍い。
『ムウウウウウウウウウウウウッッ!』
だが吠えた鎧騎士の斧槍が生み出した破壊は、聖堂の柱を粉砕して瓦礫を弾丸へと変える。
「うわわわわわわわっっ」
慌てて石礫の射線上から逃げるパンドラ。瓦礫は近寄ろうとしていたアンデッド達に直撃し、その骸を
だが、それに頓着せず鎧騎士はパンドラに追いすがり
『ガアアアアアアアアアアアア!』
金属の内側で反響するような叫びが、聖堂に広がるたびに柱が砕かれる。その弾丸は結界を傷つけ、仲間であった屍兵を破壊する。
――パンドラッッ。ぐぅぅぅぅぅ、しつこい――
援護に駆けつけようとする私に魔剣が振るわれ、受け止めた爪との間で衝突音を立てる。
後退しようと画策した瞬間、矢雨が降り注いで進路を閉ざされてしまう。パンドラを助けにいけない。
振るわれた剣を躱すと、剣閃が烈風を生み柱を
――ルーデリア。パンドラを守れ――
一人で二人の騎士を相手取った失策を悟りながら、ダークエルフの騎士に叫ぶ。
「わかった、任せろ狼」
言葉は届かずとも、視線で意を汲んだルーデリアが巨鎧の手首を打ち据える。斧槍の軌跡が反れ、巨大な破壊の権化が迫ろうとしていた屍兵たちを消し飛ばした。
「このデカブツめ。子供に手を出すとは、それでも誉れある聖国の騎士かっ‼」
振り下ろされる一撃を避け、精密な連撃刺突が鎧の関節を射抜く。
「手応えがない。ならばっ!」
二撃目を許さず、ルーデリアが投擲した小瓶が巨鎧の兜を吹き飛ばす。だが、その頭部は空っぽだった。
「リビングメイル。じゃあ、どこかに核がありますね」
『アア、ガァァァァァァァァッッッッ!』
パンドラの声を掻き消すように斧槍が振るわれ、床石を一撃で打ち砕く。
ルーデリアではなく、術士を狙った石の破片が飛散して少女の眼前に迫る
――パンドラ。距離を離せ!――
とっさにパンドラの体を掻っ攫うが、振り切れなかった魔剣士の鋭い斬撃が振るわれる。
――ちぃッッ、こいつらは味方ごと巻き込んで攻撃してくるのか――
石礫を鎧に受けながら刃を振り下ろす魔剣士。そんなアンデッドにしか出来ない戦技に
『イマイマ シイ ツカイ マ ドモダ』
業腹さを含んだ声が剣士から漏れる。その瞬間見極め、防御に使った結界を蹴りつけて、剣士に体当たりをかける。
炎爪一閃。
業火の赤熱をまとった爪が魔剣士の顔面を削る。だが浅い。
――仕留めそこねた。ぐっ、大英雄を三人相手するのはキツイ――
返す爪と魔剣がぶつかり合い火花が散る。そこに矢の嵐が吹き荒れ、こちらは後退を余儀なくされる。だが魔剣士は止まらない。
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