第三章 聖王の霊廟-2

 ――なっっ、ここは⁉――

「ウィルっ、どうしましたっ⁉」


 思いがけない光景に硬直した数秒後にパンドラが追いついてきた。


 そこには無数の骸があった。

 白骨化した戦士たちの躯。そのおびただしい数の白骨死体が、柔らかな魔力光に照らされて眠っていた。


「ここは……地下墓所カタコンベか。ずいぶんと古いようだが……もしや、ここが……」


 ルーデリアは、膨大な地下空間を見つめてながら呆然と呟く。その意図は分からないが、刻まれた歴史のある場所であることは、私にも容易に理解できた。


 眠る遺体の数はとにかく膨大だ。地上の村よりも広大な空間には何百という骸がある。


 ――これはすごいな。まるで伝承に聞くドワーフの国のようだ――


 栄華を極めながら一夜にして火に沈んだ王国を思わせる光景に、我知らず息を呑む。


「ウィル。あれ……あの文字。私のと一緒ですよ」

 ――ああ、壁に刻むことで効力を持ち続けているんだな――


 壁に刻まれた幻刻文字が光を生み、陽光に似た温かな光が死者たちを不死神の祝福から守っているのが分かる。


 いまは失伝した幻刻文字の使い手が、ここにはいたのだろう。ただし、一部の壁は剥離はくりしていて、そこだけは暗い闇の帳が覆っている。


「壁が崩れている。光を失ったことで、兵士の亡骸がアンデッドに落ちたのだろう」


 主を失った台座。

 そこを指でなぞるダークエルフの騎士。そこに眠っていたはずの戦士は、もう地上で粉々になった内の一体だったのだろう。


「ここの墓地から這い出た者が、村を襲ったと見るのが妥当だな。しかし、こんなところに聖国に縁のある墓所の一つがあろうとは」


(墓所の一つ、だと……どういう意味だ?)


 意味深な言葉に訝しんでいると、何かを見つけたのか透魚が凄まじい速さで泳いでいった。


「ウィル、こっちに何かあるみたいですよ」

 ――わかった。私が行くまでそこで待っていろ――


 過保護かと思いながらも、足早に彼女に寄り添って透魚の指し示す方向に向かう。


「ウィル、これって……」

 ――ああ、ミイラだ。私も実物を見るのは初めてだと思うが――


 記憶の泡は浮かび上がってこないが、乾ききった体皮や肉、べこりと陥没した腹部がミイラの特徴と一致する。


「すごく、いっぱい眠ってますね」


 その言葉に周りを見渡せば、同じようなミイラが墓地の一角を埋め尽くしていた。

 ミイラたちは鎧や剣で武装した者もいれば、見事な意匠いしょうの施された聖衣を纏う者もあった。その姿だけで生前は高い位にあったことが推測できる。


「この人は騎士様でしょうか?」


 パンドラの視線を追いかけると、そこには静かに横たわる鎧の騎士がいた。


 横たわる亡骸の纏う鎧は白銀の輝きを宿している。積もった埃から膨大な時間を経たものだと見て取れたが、立派な鎧には傷こそあれど光沢は失われておらず、朽ちることのない霊銀ミスリルの輝きを保っている。


 ――きっと、名のある騎士だったんだろう――

「名も知らぬ騎士さま。どうか安らかにお眠りください」


 エルフとおぼしき長い耳の騎士。彼に祈りを捧げるパンドラを横目に、静かに横たわるミイラたちに一瞥する。


 ミイラ化したまま安置された亡骸がいくつもあった。

 どれも悠久の時の流れを感じさせるほどに古く、色褪せてはいても原型を失うことなく保存されている。彼らが抱く剣は、いま振るっても十分に通用しそうだ。


(壁に刻まれた幻刻魔法が劣化を防いでいるんだな)


 眠る白い大理石の台座には、無数の文字が彫り込まれている。

 半数は重ねた星霜せいそうによって摩滅しているが、残った文字が死者の尊厳を絶え間なく守っている。


 腐敗すらしていない戦士の亡骸は、ともすれば美しいとすら感じるほど完璧な保存状態で、パンドラも嫌悪感を覚えてはいないようだ。


「ああ、君たちここにいたのか」


 ひどいショックを受けていないことに安堵していると、ルーデリアがやってきた。

 警戒こそ怠ってはいないのが、抜刀していた剣は鞘に収まり、少しだけ雰囲気も穏やかだ。


「これはミイラだな。むっ、この紋章は……」

「ルーデリアさん、この人たちを知っているんですか?」


「この方は……メルドのハイエルフであるカランド卿だ。隣はオジェルノート公国騎士団。その向こうはアベルハム帝国親衛隊の紋章。この長衣は天輪教会の紋様だな」


「え、カランド卿って……人魔戦争で殉死した」


 聞き覚えのある単語に、パンドラが大きく息を呑んだ。

 無理もないだろう。カランド卿は人魔大戦の英雄の一人だ。


 そして続けて語られたのは千年の月日を経ても語り継がれる叙事詩に登場する名前であり、失われた国の騎士団であり、すでに消え去った宗教の名前だ。


 いまでも吟遊詩人が語り継ぎ、多くの書物に記された千年前の伝説の一端である。


「そうだ。間違いない、ここは人魔大戦の戦士たちを祀った霊廟れいびょうだ」


 さすがに、私もその言葉には言葉を失った。

 墓地から財宝を盗み出す墓荒らしから見れば宝の山で、歴史を研究する考古学者なら貴重な資料の数々に卒倒するだろう。


 ここに眠る亡骸は、すべて過去の勇士たちなのだ。


「彼らが千年前の……」

「私も直接見たわけではないが、父から彼らとの戦いは聞かされている。まあ、あいにく父は彼らの敵側だったわけだが」


 少し興奮した様子のルーデリアを横目で眺めながら、妙に明るい天蓋に目を向ける。


 仄かな明かりを放つ天井には、見覚えのある文字が光を放っている。


 赤茶けた石に刻まれた『光』の意味する幻刻魔法は、千年の時を超える時間を勇士の亡骸と共に過ごしてきたのだろう。


 ――まさか、こんな場所を見つけるとは思わなかったな――


  台座の上で眠るミイラ達。かつて魔族に立ち向かうためにくつわを並べた勇士たちが眠る姿は、ある種の荘厳さを感じさせる光景だ。


「ふわぁぁぁぁぁぁっ」


 パンドラは感動しすぎて、もはや言葉もないようだ。

 探せば歴史に名を残した歴戦の英雄の姿さえあるかも知れない。


 ――パンドラ。旅に出た甲斐があったな。これは、私たちの冒険譚だ――


 マントの下で尻尾を逆立たせる少女を鼻先でつつき、感極まったように身を震わせる横顔を眺める。

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