第三章 静寂に還す詩と秘された墓所-1
※※※
「凄まじいな。君たちは何者なのだ」
粉々になった骸骨兵士だったものを眺め、ルーデリアは小さく呟いた。
「あー、えっと……」
――余計なことは言わなくていいぞ。詮索されても面倒だ――
「ごめんなさい。旅の巡礼者ってことにしてくれると嬉しいです」
バカ正直に。世間知らずの魔女であることを告白しようとするパンドラに釘を刺す。彼女はそれに従い、申し訳なさそうに頭を下げた。
「まあいい。私は君たちの素性が知りたくて雇ったわけではないからな」
ダークエルフの騎士はそういうと、村を徘徊していたスケルトンの残骸を調べ始める。
――ルーデリアの言葉が君から『君たち』になっていたな。私もようやく頭数に入れられたということかな――
「途中から全部ウィルがやっつけちゃいましたもんね」
炭化するほど焼け焦げた骨をみて、こちらに目を向けるルーデリア。
その感情には『何者だ』という疑念の匂いが強いが、追及してくるつもりはないようだ。
魔獣か、あるいは使い魔だと思われているのだろう。だが、どんな文献を紐解いても自分のような存在はいないので確信が得られないでいる可能性が高い。
――ちょっと派手にやりすぎた――
「でも、カッコよかったですウィル」
――…………そうか――
素直な褒め言葉に、口元がムズムズする。
自然と動き出してしまいそうな尻尾を強引に鎮めていると、パンドラがスケルトンの亡骸に聖句を唱えだす。
「地母神にして輪廻の神イーミオさま。どうかこの魂に安息と導きをお与えください。そして幸福な生を再びお恵みください」
敬虔な信徒のような祈りによって淡い光が亡骸を包み込み、まだかすかに震えていた骸骨兵士の骨たちも静けさを取り戻す。
神官たちが使う還魂の
――鎮魂の聖句なんて、いつの間に覚えたんだ?
「泊まった宿に聖典がおいてあったんです。だから読んで覚えました」
――洗礼もなしに輪廻神に祈りを捧げたのか? そういう奇跡の使い方は危ないって聞いたことがあるだろう――
高位神官なら瞠目するような行為に、『お人好し』すぎるパンドラを
信奉していない神に、都合のいい奇跡を嘆願し、不敬を罰せられて落命した人間など少なくないというのに。
「きっと大丈夫ですよ。ウィル」
――どうして言い切れる――
だがパンドラは胸に手を当てて、その目を閉じる。
「だってイーミオさまは、とってもとっても優しい神さまですから。きっとウィルみたいな神さまですよ」
――私と輪廻神を比べるな――
信頼しきった匂いを漂わせるパンドラから目を反らす。
彼女のいうとおり神罰が落ちる気配はなく、かわりに胸がソワソワする。ひどく落ち着かない気持ちになり、視線を巡らせるとルーデリアの姿が目についた。
――そろそろルーデリアと合流しよう――
しゃがみこんで何かを探しているダークエルフを口実にして、尻尾をパンドラに向ける。
「あ、待ってくださいよ。ウィル」
トテトテと付いてくる足音にすら心にさざなみが生まれる。ちょっと褒められただけなのに、妙に四つの足が軽く感じてしまう。
――なにか手かがりはあったのだろうか――
「どうでしょう? ルーデリアさん、なにか分かりましたか?」
スケルトンの異常発生を調査しているダークエルフは、その言葉に立ち上がり首を横に降る。
「いや、残念だがなにも分からない」
「近くの墓地とかは原因じゃないんですか?」
「いや、そっちはもう調べた。村人たちはきちんと埋葬されているし、なにより村には武器などない。スケルトンは別のところから湧いている」
――他に出現しそうな心当たりはないのか? 村の外から来ている可能性は?――
「ウィルが心当たりはない? って聞いてますよ」
「サッパリだ。偉い神官も匙を投げたほどだ。探しても見つからず、夜が明けるとスケルトンが増えていて襲ってくる。近くには森があるが、深き森を探索して犠牲者を増やすのは得策じゃないと判断された。おかげで一番怪しい森の共同墓地は未調査だ」
ルーデリアは肩を竦めてみせる。
「大勢の兵を雇おうにも、人を雇うだけのものが用意できないんだよ」
たった一人で調査しているルーデリア。その頭痛の種は、人手が足りないことだろう。
ただ湧き出すスケルトンが相手では武勲にもならず、交易路の中継地点といえど小さな村とあっては報酬も期待できない。
そんなとき運良くひっかかったのが、報酬も武勲も求めないお人好しの魔女だったのだろう。
「最初に言ったとおり、君にも私のポケットマネーくらいしか払えない」
「気にしなくていいですよ。ウィル、なにか分かりませんか」
問われて鼻に意識を集中する。
あたりに漂うのは死者の匂いで、それが村に充満する霧に交じっている。
度重なる死者たちの徘徊で空気が淀んでいて、大きく空気を吸い込むと喉の奥がズキズキと痛む。このまま息をするだけで肺のなかが黒く濁りそうだ。
――霧に匂いが染み付いている。これを祓わないと無理だ――
「この霧を無くせばいいですか?」
――頼めるか?――
出来るかとは聞かず、パンドラの選択に委ねる。
「はい、やってみます。二人とも少しだけ離れていてくださいね」
朗らかに笑い、トネリーコの杖で地面を叩く。杖の先でガリガリと土を削り、小さな魔女が描くのは幻刻魔法の文字だ。
三つの複雑な文字が地面に刻まれ、かすかな光を帯びる。
「それは……失伝魔法。途絶えた魔法の使い手がまだ残っていたとは」
瞠目するダークエルフ騎士の眼前で、意味を形作った幻刻魔法が効力を生み出す。
暴風が巻き起こり、渦を形成しながら大気を撹拌する。一箇所に集まった霧は水滴になって螺旋を描き、陽光を吸って煌めく。
「えいっ」
そこに掛け声と共に杖が走ると、風が止んだ。残されたのは快晴の空と、鏡のように広がった大きな水たまり。もはや拡散していた死の香りは消え去っていた。
喉が重くなるような匂いは、パンドラが吹き払ってくれた。
「どうですか、ウィル。わかりますか」
――少し待て。ああ、これで分かりやすくなった――
鼻をひくつかせ、正常化された空気を吸い込む。肺の中が洗われるような感覚に目を細め、意識を再び研ぎ澄ます。
ルーデリアも耳を動かして、原因を探っているようだが音では判別がつかないようだ。
――こっちだ――
そのとき、かすかな違和感が覚えて振り返る。
どこか甘い果実のような匂い。それはアンデッドのまとう死の匂いだ。
落ちた果実が腐ったような淀んだ香りが、村の中心から風にのって流れてきている。腐臭ではない、どこか灰を思わせる喉が乾く臭いだ。
「ルーデリアさん、ウィルがなにか見つけたようです」
パンドラの声を尾で受けながら、香りの中心を求めて足跡をつけていく。
もはや動くことのないスケルトン。その手には古びた剣や槍が握られていた。
(ずいぶんと古風な武器をもっている。いったい、この骸骨たちは『いつ』の戦士なのだ)
理性はなく、戦術というものすらなかった。だが動きだけは訓練を受けた兵士のようだった。少なくとも村人という印象はない。
量産品らしき武器は錆びて、欠けたものや折れた物も多い。単純ゆえ強固な武具に、これだけ摩滅する時間とはいったいどれほど月日なのだろう。
(いや、いまは集中しよう)
脳裏をかすめる不吉な予感めいた思いを振り払う。
そのまま臭いの元を追うと、民家の少ない広場のような場所にたどり着いた。
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