第三章 鎮魂に駆ける小さな魔女-3

 やはり個々は強くはない。だがあまりに数が多い。


 ――パンドラ、透魚で一掃するぞ――

「はいっ!」


 そう口にした瞬間、屋根に登ろうとしていたスケルトンが粉砕された。

 彼女の身体から生まれた透魚が、壁をすり抜けてスケルトンの骨を砕いたのだ。直後、周囲のスケルトンたちも四散五裂して、同じ運命を辿る。


 生み出した透魚の数は三匹。


 しかし、それで十分だった。透魚たちは颶風となり、強弓から放たれた矢よりも速く骸骨の骨格を砕き散らす。


 透魚の一撃は鉄塊のように重く強烈であり、その尾や背中のヒレは魔剣の鋭さを持っていた。

 その暴威に抗う術など知性なきアンデッドにあるはずもなく、瞬く間に無害な骨へと変じていく。


 ――やはりスゴイな。透魚は――


 十体目の骸骨兵士を破壊しつつ、改めて彼女の透魚の凄まじさに驚嘆する。


 たった数秒で二十あまりの数のスケルトンが地に帰り、ルーデリアの剣戟音しか聞こえなくなった。幻刻魔法や炎爪を使うまでもない――あまりに一方的な蹂躙だ。


「おねがい。ルーデリアさんを手伝ってあげて」


 あまりにあっけない殲滅戦を終えたパンドラが、三匹に指示を出すと透魚は一瞬で空を駆けていく。


「な、なんだこれは?」


 ほんの数秒後にルーデリアの驚愕する声が聞こえてきた。だが、無事なのは透魚の目を通して見たので知っている。彼女が驚いたのはスケルトンを瞬時に駆逐した透魚の暴威に対してだろう。


 透魚の視界と同調したまま、軽くおじぎをするとルーデリアが目を見開いた。


「この魚はなんなのだ?」


 魚におじぎをされると思わなかったのだろう。金褐色の瞳を見開いて、剣を振り上げたままの状態で呆気を取られている。


 ――懐かしいな……ん、待て。なぜ懐かしいと感じるんだ?


 ふと、奇妙な感覚が脳裏をよぎる。


 しかし過去に指先が触れそうな感覚は一瞬にして霧消してしまう。とつぜん背後の民家の窓から飛び出して、パンドラに襲いかかる骸骨の姿が見えたのだ。


 ――パンドラッ。あぶなッッ――

「え?」


 振り返るパンドラに迫る朽ちた槍。その驚異にまだ彼女は気付いていない。


 瞬間、長槍が数十の破片に斬り裂かれた。欠けた穂先も、錆びついた柄も爪ほどのサイズに切り分けられ、それは持ち主にまで波及する。


 残ったいた四匹の透魚による自動防御。それによって奇襲をかけたスケルトンが数百の骨片こっぺんに切り刻まれて地面に散らばる。


「ビックリした。お家の中にいるとは思いませんでした」


 驚きのあまり尻餅をつき、ローブからはみ出した尻尾を膨らませている。


 ――パンドラ、大丈夫かッ⁉――


 目を丸くしているパンドラに駆け寄る。幸い怪我はなさそうだが、太ももが露出して白い狐尾が汚れてしまっていた。


 ――さっきのは私のミスだ。危ない目に合わせてすまない――

「だ、大丈夫です。でも恥ずかしいところを見せちゃいました」


 少しだけ顔を赤らめ、パンドラは土のついたお尻をパンパンとはたく。


 その仕草に微笑ましいものを感じた時、パンドラを守った透魚たちが帰ってきた。

 なかば自分の意思で動いているようにも感じる透魚たちは、役目は終わったとばかりにパンドラの身体に身を滑り込ませていく。


「んふぅ、ふわっ、ぅっ」


 その感覚が少しくすぐったいそうで、パンドラは妙に艶っぽい声を出す。その声に胸に背骨の付近がゾクッとした。


「どうしました、ウィル。変な顔をして」

 ――なんでもない。気にするな――


 人に比べると区別のつきにくそうな狼の表情を気にするパンドラ。その疑問から逃げるように自分の中に湧いた得体のしれない感情を飲み込む。


 きっと心音が早くなっているのは、強襲きゅうしゅうを防ぎきれなかった後悔だと結論つけることにする。あまり深く考えすぎると上手く戦うことが出来なくなりそうだ。


 ――そんなことよりスケルトンを片付けよう。まだ終わってないのだから――


「そうですね。もう少し頑張りましょう」

 ――ああ、そうだな――


 三匹の魚をはべらせるパンドラ。

 その小さな魔女に結界魔法をかけて、四肢に力を込める。収束された炎熱を爪先に宿らせ、周囲のスケルトンを数を捉える。


 もはや村を席巻していた死者の活動できる時間は、一分と残されていなかった。

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