第三章 鎮魂に駆ける小さな魔女-2

 ――パンドラ、走るぞ。絶対に私から離れるなよ――


 幸いにしてルーデリアは戦場の花になっている。こちらを見ている者はだれもいない。


 パンドラの指先が幻刻魔法を描く。

 複雑な文字が《強化》の意味をまとってパンドラの身体に張り付く。


 幻刻魔法。その失われた技術が優れた魔法として名を馳せた理由の一つである付与魔法エンチャントだ。


 フッと息を吐き出し、一気にルーデリアのところまで駆ける。


 彼女のいた建物から飛び出す黒い影。マントをたなびかせるダークエルフが、窓から矢のように放たれ、眼窩に怪しい光を宿した骸骨兵士の胴体を打ち砕いた。


 その周囲には二体のスケルトン。その偽りの命を銀光が断ち切る。

 霊銀ミスリルの輝きを宿した剣閃が、掴みかかろうとした骸骨の腕を両断して、返す刃で肋骨と背骨をまとめて砕き散らす。


「五つ」


 覇気ある声が耳に届いたときには、白骨の屍兵の残骸が三つ転がっていた。そこに胸郭を砕かれたスケルトンの白骨が二つ加算される。


 霊銀ミスリルが宿す力が不死神の力を断ち切ったのだ。


 握っていた古びた剣が滑り落ち、そのままスケルトンの墓標になる。

 呼気を吐き出すダークエルフ騎士に群がるアンデッド。それに怯むことなく、ルーデリアは前傾姿勢のまま突き進む。


 剣をぶつけず、一太刀で決着をつける戦い方は集団戦に長けた熟練の戦士のそれだ。足を止めず、背後を取らせず、包囲されることを拒むように、四方を見回しながら数の少ないところから的確に切り崩していく。


「さあ、こっちだ。ドンドンかかってこい」


 美しい小盾バックラーを装着し、勇ましく吠えるルーデリア。


 凛然とした声をあげるルーデリアの頭上からくわを振り上げてスケルトンが襲い掛かる。村の農民が忘れていったのだろう。鈍く光る刃先は鋭利さを感じさせないが、人の頭など簡単に砕いてしまう破壊力を孕んでいた。


「小賢しい」


 その急襲にルーデリアは振り返りもせずに、スケルトンの両腕を切り落とすことで応じてみせた。無駄のないスマートな反撃だ。


 地面に落ちていく鍬を空中でキャッチして、それをスケルトンの腰骨に叩きつける。速度と重量の乗った一撃に、骸骨は身体を支えるものを失い崩れ落ちる。そこの胸に銀刃が吸い込まれた。


 斃れたスケルトンに無視して、ぞろぞろと近づいてくる骸骨たち。スケルトンの群れにルーデリアは剣を構えて斬り込んでいく。


 あっというまに白骨が散らばり、蠢くアンデッドの残骸が量産される。

 しかし、スケルトンはかなりの数だ。スケルトンの群れは、住んでいた村人より多いのではないだろうかと思わせた。


 それに動きを弛ませず、息を緩めず、ルーデリアは突き進んでいく。


 ときには腕にはめた小盾で受け流し、足払いで転ばせたスケルトンを柄で殴りつけたりと、多彩な戦術を駆使してアンデッドを処理していく。


 雄々しく美しい戦いぶりは、まさに伝説や吟遊詩人の歌で語られる勇士の姿だ。揺れる黒髪と、褐色の肌に浮く汗が、戦いの中で美しくきらめいている。


「すごい。カッコいいです」

 ――見ているだけでいいのか?――


 舞うように戦う姿に見惚れるパンドラに、小声で呼びかける。


 ――せっかくだ。騎士と魔女の物語を真似してみる気はないか?――


 彼女が望んだ『物語』がすぐ傍にある。座して眺めるだけでは依頼を受けた意味も、ここまで来た価値もない。


 実戦経験の少ないパンドラに集団戦は荷が重いかも知れない。だが屋根に着地したパンドラに、スケルトンたちすでに迫りつつある。


 手にした古槍や錆びた槌は、当たればたやすく小さな魔女の命を奪ってしまうことだろう。


 ――まだ不安なら、ここで見ていてもいいぞ――

「ううん、私も手伝います」


 杖を手に怯えること無く、スケルトンに立ち向かうパンドラ。


「えいっ」


 小さな掛け声を発して、トネリーコの杖でスケルトンの足を払う。

 肉体の重量が無いため軽くバランスの悪いスケルトンは、その足払いで簡単に転倒する。


 ――それでいい。スケルトンは足元が弱点だ。近寄ってきたら倒せ――


 ちゃんと聖王と聖将が、群がる骸骨兵士にどんな戦い方をしたか覚えているようだ。ネクロマンサーとの戦いの物語を熟読していたからだろう。


 私は立ち上がろうとする骸骨を踏みつけ、その頭蓋骨を粉砕する。そのまま近寄ってきていた別の個体に体当たりして、胸骨を四散させる。


 横腹に槍を突き立てようとする骸骨。

 その一撃から身をひるがえし、槍の上に着地して動きを封じる。慌てて手を離そうとするが遅い。


 至近距離から放った結界魔法の砲撃を受けたスケルトンの五体が微塵に砕ける。

 だが、スケルトンたちは怯むことなく、ぞろぞろと殺到してくる。

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