第三章 鎮魂に駆ける小さな魔女-1
※※※
早朝から村に向けてロッジを出発した。
寒暖の差が激しいのか道は朝霧に覆われている。白いモヤで包まれた村の郊外は視界が良いとは言えない。
村のかなり外れにあるというロッジを振り返っても、その輪郭しかみえず、少し肌寒さを感じる気温になっている。朝霧の中で目印になるのはパンドラの匂いだ。
「あれが村だ。どうだ、君にも見えているか?」
「はい、ボンヤリしてますけど」
霧にけぶる景色の先にいくつもの建物の影が見える。
ただし、その数は明らかではなく、代わりに細長いシルエットが闊歩しているのが分かる。
かなり距離は離れているが、その数は村のサイズに比較してもかなり多い。歩哨するように決まった範囲をさまよう姿には意志のようなものが感じられない。
「誰か歩いてますね」
「誰かではない。誰かさんだった人間の成れ果てだ。スケルトンだよ」
耳をすませばカシャカシャと軽い音が聞こえる。私ほど聴覚が鋭くないパンドラにはわからないだろうが、ダークエルフの騎士には聞こえているのかも知れない。
長い耳を小さく動かし、その美麗な瞳が細められるのが分かる。
「前より数が多いな。留守にした間に増えたな。これは骨が折れそうだ」
――ふむ、数は百十というところか。たしかに並の兵士たちでは苦労しそうだな――
「え? 骨が折れるって、スケルトンだからですか?」
ルーデリアの呟きにパンドラが何気ない言葉を投げかける。
「っ⁉ いや、そう……いう、意図では……なっ、……くくっ、ふっ」
それが笑いの誘ったのか、肩をヒクつかせるダークエルフの騎士。面白かったらしい。
――冗談の通じないタイプのエルフかと思ったが、ちょっと意外な反応をするんだな――
端正な顔を歪めて、口元を必死で結ぼうとしているルーデリア。そんな彼女にパンドラはそっと近づき――
「スケルトン退治は骨が折れますねー」
「ぶっっ、ぶははははっ、君……それは反則だろっっ!」
ダメ押しのジョークを口にする。緊迫しかけていた空気が霧散し、ルーデリアがフラフラと地面に倒れ込むようにして笑っている。
出会ってから初めて見る彼女の笑顔。そこにダークエルフの騎士がまとっていた怜悧な印象はなく、普通の女性のように感じられた。
どうやらパンドラはイタズラは、私にも効果絶大だったようだ。
――パンドラ。あんまり気を抜くな。遊びではないんだぞ――
「ごめんなさい」
苦笑を交じえた忠告に、素直に謝る小さな魔女。
ややあってルーデリアはひとしきり笑ったあと、涙をぬぐいコホンと咳払いをする。恥ずかしかったのか。少し顔が赤い。
「さて、だいたいの状況は分かったか。いま村は数多くのスケルトンに占拠されている。昨日も言ったとおり、これを駆逐して村を解放するのが今回の目的だ」
――難しい仕事ではなさそうだが、数は多い。くれぐれも油断するなよ――
「はい、わかりました」
元気よく返事をするパンドラに、満足気に頷くルーデリア。
その所作は遍歴騎士というより、統率された兵士の長のようにも見えたが、あいにく増援は期待できそうにない。
知性のないスケルトンに、たった三人でどんな作戦を立てるのか、気になるところだ。
「まずは数を減らしたい。まずは私が斥候に出て戦力の確認。可能ならば破壊を試みる」
――パンドラ。透魚を飛ばせ――
「え? はい……わかりました」
遥か遠くに徘徊する骸骨のアンデッドを掃討するために、パンドラに透魚を飛ばすことを提案する。
――できるだけ目立たずに片づけたいからな――
アンデッドの数は多いが、大したことはない。ただし幻刻魔法で広域を一気に焼却しようと、自身が巨大化して殲滅しようと、どちらにしてもルーデリアを警戒させることになる。
かたや失伝魔法、かたや謎の魔獣だ。
ダークエルフの騎士が、どんな期待を自分たちに向けているかは分からない。だが無駄に警戒心を抱かせる必要はないだろう。
「それは、いいですけど……」
するりとパンドラから四匹の透魚が姿を現す。
「でもウィル。ルーデリアさん。もう行っちゃいましたよ」
――なにッ⁉――
パンドラに向けていた視線を戻した時、そこにルーデリアの姿はなかった。
――行動が早すぎる。違う……パンドラの『わかりました』を自分への承諾だとおもったのか? パンドラにしか声が聞こえないというのは不便だな――
慌てて透魚を飛ばすと、無人の室内でスケルトン二体と対峙するルーデリアの姿が映った。
――もう始まっているじゃないか――
動き回る白骨に白刃を煌めかせる黒い影。その一閃で胴を横薙ぎにされたスケルトンが、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
おそらく、出合い頭の遭遇戦になったのだろう。奇襲は失敗し、周囲から骸骨兵士たちが迫ってくるのが見えた。
「ウィル、追いかけましょうっ‼」
――そうだな。またアンデッド退治といくか――
ここでボンヤリしていては、なんのために足を運んだのか分からない。
望んでもいない面倒事に付き合わされるのは業腹だが、パンドラが夢見た『冒険』がそこにあるのだ。座視してはせっかくの物語において行かれてしまう。
――怖くないか――
「平気です。私、がんばります」
私の問いに、小さな魔女はギュッと杖を握りしめる。
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