第三章 偏屈な野菜研究者-2
出会ったときの無愛想さが嘘のように饒舌になり、早口でまくしたてるベントリック。
「育ちが早く。増産も容易で。収穫は多く。病気や虫に強く。保存も効いて味もいい。栄養に優れていて調理も簡単。こんな優れた食材も他になかろう」
パンを齧りながら口端を歪め、大仰に両手を広げてみせる青年。
「だが、業腹なのは完成品である十八号が、歩く骨どものテリトリーにあることだ。これでは収穫に行くこともできやしない」
――ああ、それで私たちが呼ばれたのか――
やっと自分たちが必要にされた理由が理解できて、バター味の芋を飲み込む。
「無論、それだけではない。アンデッドの問題は放置しておけば、周囲に拡散する。不死神ザナミトの祝福は、死者に殺されてしまった者にも感染するからな」
「リッチーなんて出てきたら大変ですもんね」
「ああ、そうなれば聖女教の武装神官では歯が立たない。軍や大英雄の領域だ」
そういって美しい剣の柄になぞるダークエルフの騎士。めくられたマントの下にいくつかの魔具が見えた。
「ルーデリアさんなら勝てるじゃないですか?」
「無理を言うな。リッチーと戦うなど、むざむざ死ににいくようなものだ。私は時が来るまで、無謀な戦いに身を投じる訳には行かぬのだよ」
妙なことを口にするダークエルフの騎士。
遍歴の騎士なのに大任を帯びているような物言いだ。少なくとも僻地で野菜を育てている青年の世話をしている者が言うようなセリフではない。
あるいは彼女には旅をするだけの大きな目的でもあるのだろうか、と想像して止める。そんな目的があるなら、長命のエルフが旅の魔女などに助力を求めたりはしないだろう。
「さて、今日はもう遅い。食事は終わったことだし、明日に向けて早く寝るとするか」
「そうですね。明日はついにスケルトン退治ですもんね」
「パンドラ。寝る前にこれを使いなさい」
一人で気合を入れるパンドラに、なにかを渡すルーデリア。
それは貝のように見えた。匂いを嗅げば、ツンとするものが鼻孔を突き刺す。
「エルフの軟膏だ。まだ擦れて痛むのだろう。回復魔法の代わりになる」
「え、いいんですか? エルフの薬って貴重なんですよね?」
白く艷やかなクリーム状の薬と、ルーデリアの顔を見比べるパンドラ。
金貨一枚では到底足りないはずの品に、尻尾が落ち着きを失っているのが分かる。
「慣れない乗馬をさせたお詫びだ。遠慮はしないでくれ」
「あの、でも……私は、そんなつもりじゃなくて」
――人の厚意は受け取っておけ。相手が騎士ならば特にな――
視線を惑わせるパンドラの指先を鼻でつつき、物語のように助言をする。
義を重んじる騎士ならば過度の辞意は逆に失礼になる。それは騎士譚や物語を偏愛するパンドラもよく知っているはずだ。
「明日に差し支えても困る。心配せずとも一晩も安静にしておけば回復するはずだ。気になるなら、依頼料の一部だと思えばいい」
――だそうだ。あまり騎士に恥をかかせるものじゃないと思うぞ――
「えっと、じゃあ……使わせてもらいます。ありがとうございます、ルーデリアさん」
ようやく素直になった少女の言葉に、ルーデリアは鋭い目尻を下げる。
(なんだ、この匂いは……嗅いだことがない。この騎士、なにを考えているんだ)
覚えのない匂いに訝しみながら、パンドラに毛皮をこすりつける。
「あれ? どうしたんですか、ウィル。くすぐったいですよ」
――いや別に、なんでもない。気にするな――
自分でも理解できない感情を噛み殺しながら、寝室に足を踏み入れる。
――パンドラ。このベッドは硬さそうだ。今夜は私に寄りかかるといい――
客室のベッドに飛び乗り、相棒の眠る藁の感触を前足で確かめ、小さな魔女に声をかける。
太い木材の外側ではすでに夜の空気が広がり、ルーデリアからも多少の疲れの気配が感じられる。今日はそろそろ休むべきだろう。
「えっと、ベントリックさんはどうしますか?」
「ボクのことは気にしなくてもいい。君等のように肉体労働をするわけじゃないんだ。レポートを書き上げたら寝るよ」
そういってリビングに帰っていく青年。自堕落な生活をしているように見えて。研究以外のことが目に入っていないだけなのかも知れない。
――ますます聖賢みたいだな――
「そうですね。なんだか聖王さまや勇者さまを困らせてたシーンを思い出します」
かすかに笑ってベッドに座り、本を開くパンドラ。買った本の続きが気になるようだ。
――こら、今日はここまでだ。もう寝ないと明日の探索に差し支えるぞ――
「ちょっとだけ……ちょっとだけダメですか?」
――ダメだ。今日はもう寝るんだ。明日、朗読してやるから――
願いを拒絶する代わりに小さな約束をして、彼女に毛皮を擦り寄せる。
「ウィル、約束ですよ……」
――ああ、約束だ。守るよ――
そういって呟いた言葉に、パンドラから力が抜ける気配がした。眠ってしまったのだろう。
(やれやれ、世話が焼ける子だ)
疲れで眠ってしまった彼女の足に、私は苦労して薬を塗りつけ、シーツをかけてやる。
「ウィル……」
そしてシーツの上で丸まった私を呼ぶ声に、一度だけ耳を動かし、そっとベッドの縁で瞼を閉じるのだった。
※※※
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます