第三章 偏屈な野菜研究者-1
――変人というのは
「ウィル、だめですよ。そんなこと言っちゃ……お野菜の話も面白かったじゃないですか」
――ああいうのは私の管轄範囲外だ。それに食糧事情の改善なら、旅人ではなく国の財務官などに話すべきだろう――
「ウィルはお野菜の話はキライでしたか?」
――別にキライとは言ってないさ。ただし長すぎて退屈だ――
数時間にも渡る話に付き合わされたのに元気なパンドラ。そんな少女に感心と呆れの混じった思いが抱いてしまう。
そんな感情に足を止めていると、ベントリックが苛立たしげな声をあげる。
「君たち、なにをグズグズしているんだ。それにルー、早く食事の準備をしてくれ。もう作り置きがないんだ。生の豆と身は飽きたし、芋はそのままじゃ食えないからな」
「ベン。どうして君は不満があるのに、自分で料理の一つも学ぼうとしないんだ」
「ボクにそんな暇はない。まあ、村に残した完成品の野菜を回収してきてくれるなら考えなくもない」
なぜか偉そうなことを口走るベントリックに、目に見えそうなほど深い溜息をつく騎士。
どうして彼女が彼を見捨てないかは不明だが、主導権は偏屈な青年にあるようだ。
「はあ、分かったよ。ただし、食事のあとでな。二人ともこっちだ」
そうして案内されたリビングは、思いの外に広かった。
それは地下に貯蔵庫があり、雑多な品物は地下室に詰め込んでいるからだと語った。
本来なら憩いの場であるはずのリビングは研究室といった
なんとか
「キッチンを借りるぞ。というかベン、生ゴミをためるのは止めろといったはずだ。臭うぞ」
嫌そうな顔をしたルーデリアは、金属製のカゴに入ったゴミを火炎石で瞬時に焼き尽くした。
「すまないパンドラ。屋根を開けてくれないか、酸欠になりたくない」
「わかりました」
テキパキとキッチンでなにかを切り出すダークエルフ。その指示に従って、パンドラは屋根にある扉を開け放つ。
――こんなところに閉じこもっていたら病気になりそうだな――
「でも、これでちょっと涼しくなりましたよ。ルーデリアさん、私も手伝います」
空気が入り込むのを確認した厨房に駆け寄るパンドラ。意外にも室内の厨房は広く作られているようだ。
「あ……これ」
「ん? どうした、なにかあったか?」
「いえ、なんでもないです。それより、このお野菜ってなんですか」
疑問符を浮かべるパンドラが、見慣れない実を手に取る。鮮やかな赤色の果実のようだが、見たことのない種類だ。
「ベン、これって名前はあるのか?」
「決めてない。未完成品につける名前など無いからな」
「だそうだ。まあ、心配せずとも赤い実はそのまま食べることができるし、こっちの豆や芋モドキも同じ調理方法で食べられるぞ」
そういって綺麗にむいた芋(?)を蒸し始める。水洗いした実は切ってサラダに、豆は固形のコンソメを使ってスープに仕立て上げている。持参した粉でパンを作り始めるルーデリアを見ながら、パンドラは味付けを担当している。
「ルーデリアさん、これくらいでいいですか?」
「ああ、いい味だ。君は料理も得意なのだな……旅をするには悪くない資質だ」
「ありがとうございます。じゃあ、お皿を並べますね。ベントリックさん、机の上を片付けていいですか?」
マントの下で尻尾を動かすパンドラに、書類に何かを書き込んでいる青年は手を振って雑な返答をする。返事もしないというのは、こういう事らしい。
(こういうときに、手伝えないのはもどかしいな)
二人で料理をする背中を眺めながら、前足の間に顔を埋める。
狼の姿では料理をすることも、机の紙片を整理することも出来ない。
――しかし妙に広いな。野菜を研究しているといってたが、
ベントリックに聞こえないのを知りながらひとりごちる。
机に向かって一心不乱に筆を動かしている青年は、いったい何者なのだろうか。どうしてダークエルフに世話を焼かれているのだろう。
「よし、完成だ。おい、ベンできたぞ。いますぐ手を止めろ」
そんなことを考えていると、ルーデリアの声が耳に届いた。鼻をヒクつかせればパンがほどよく焼けた匂いがする。
「豆のスープとサラダができましたよ」
「まったく……いまいいところだったのに」
手早く
「ベン、文句を言うなら食わなくてもいいのだぞ。その場合は二度と作ってやらないがな」
「それは困る。完成させるまではボクは餓死するわけにはいかないからな」
そして三人が席につくのを待ち、私もパンドラの隣の椅子に飛び乗る。意外なことに椅子も人数分だけ用意されていた。
目の前で湯気を立てるのはスープと、芋を挟まれた薄いパン生地だ。わずかな焦げ目からはバターの匂いがした。
「さあ、食事にしよう。ベントリック、君が祈りを」
「我らを慈しみ女神イーミオよ。日々の
ルーデリアの言葉に両手を組み、スラスラと聖句を口にするベントリック。それに合わせて両の掌を重ねて食前の祈りを捧げるパンドラ。
「むっ、君は魔大陸の出身なのか?」
「いいえ、違いますよ」
その仕草にルーデリアが疑問符を浮かべる。そこに宿る感情の匂いは複雑で、今ひとつ読み取れない。
「それは魔大陸の風習だ。父が教えてくれた」
「えっと、これはウィルから教えてもらったんです」
「この狼が……?」
訝しげに眉根をよせたダークエルフが鼻先を触るとする。それを避ける。気安く触らないでほしい。
「あのルーデリアさん、ウィルが嫌がってます」
「そうか、失礼した。そういえば彼は君の相棒だったな」
「もういいか? ボクはいいかげん空腹なんだが……」
「そうだな。話は食事の後にしよう」
二人とのやり取りを見ていたベントリックの言葉で、三人が匙に手を伸ばす。
先んじてスープを啜るルーデリアに倣って、パンドラも椀を傾けた。
「あ……このお豆、美味しいです」
パンドラの呟きを耳にして、私も与えられた小さな皿に舌を伸ばす。
スープを一舐めして、豆を
黄色がかった乳白色の豆は噛めばほのかに甘みが出て、口当たりも食感も悪くない。妙な後味もなく、野菜にありがちな土臭さもない。微かに硬いのでよく噛まないといけないようだが、この程度ならば子供でも苦にならないだろう。
「そうだろう。味にも苦慮したのだ。どうにもルーのやつが『味が悪い、これでは三流だ』などと云うものだからな」
「言われて半年で、ここまで改良してのか。どんな魔法を使ったんだ?」
「魔法など使うか、努力の結果だ。どうだ天才であるボクの研鑽の結晶たる試作品十七号の味は?」
「悔しいけど前よりも美味い」
どこか納得いかない顔で、スープを啜るダークエルフ騎士。なんだか匂いが複雑すぎて、ルーデリアの感情が読めない。
「そうだろう。そうだろう。もっと褒めてもいいだぞ」
それに対して青年はわかりやすい。完全に調子に乗っている匂いだ。
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