第三章 死者に奪われた村-2

「どんな人なんですか?」


「あいつは……なんというか、イヤ。こればかりは会ってみないと、私には上手く説明できる自信がない。一言でいうと変人だな」

 ――なんだか嬉しくない評価を聞いた気がする――


「変人っていうと、もしかして聖賢せいけんさまみたいな人でしょうか?」

 ――どちらにしろ最悪じゃないか。聖賢は絶対に友達になりたくないタイプだ――

「聖賢スピットか……言い得て妙かも知れぬな。自らの研究のためなら自他の危険など頓着せぬ男だからな」


 十聖の伝説を思い出し、眉間みけんにシワが寄るのを実感していると、ダークエルフの騎士が最悪の補足説明をしてくれた。


 研究にいんする変人では仲良くオシャベリすることは出来そうにない。パンドラがガッカリしないといいのだが……


 ――騎士さん、憂鬱ゆううつになる情報をどうもありがとう――

「もうウィル……まだ会ってもいないのに先入観で決めつけちゃダメですよ」


 そんなことを想いながら独白すると、隣を歩く少女に困った顔をされてしまった。

 だが私の記憶にはなくとも、『我』はそういう性格構造の相手と関わったことがあるらしく、すでに正体不明の精神的疲労を与えてくれている。


「ここだ」


 それからいくらか歩くと、案内されたのは大きめのロッジだった。

 丸太を切り、組み上げた建物は頑丈そうで、扉もアンデッドの襲撃を意識してか分厚い。窓が天井付近にしか無いのをみると、家よりも砦としての意味合いが強いのだろう。


「おい、いるのか。私だ」


 ルーデリアは扉に近寄り、乱暴にドアノッカーを叩く。扉を壊さんばかりの勢いだ。


「そ、そんなにしたら壊れちゃいますよ」


「いいんだ。これくらいしなければ、やつは出てこない」

 ――なんだか、私の期待値がドンドン下がっていくのだが――


 訪れるものを拒絶するような分厚い丸太に、家の主の性格を見た気がして空を仰ぐ。

 灰色の雲に覆われた空は寒々しく、ワクワクしているパンドラとは対照的に感じられた。鳴り響くノッカーの音はいつまでの続き、やがて内側で鍵が開く気配が伝わる。


「……ああ、ルー。君か」


 ロッジの中から顔を出したのは、小屋に待っていたのは、思いの外に若い人間だった。


 ボサボサの髪と無精髭ぶしょうひげに覆われた顎のせいで、正確な年齢は判別できない。だが生気に満ちた目と匂いで、老齢には遠く及ばないことは分かる。

 背は高くないが小男というわけでもない。ただ日光を浴びてなさそうな不健康そうな肌の色だけが印象的だ。


「この子達が助っ人? まだ子供じゃないか……それに犬とは」


 男はパンドラを見るなり忌憚きたんのない意見を口にする。そこに悪意の匂いはなく、たんに歯に衣を着せない性格だと分かる。


「ウィルは犬じゃないです。狼です」

「そんなのはどうでもいい。ルー、こんな子供が役に立つのか?」


 疑わしげな表情を隠そうともせず、パンドラを指差すヒゲの男。とても失礼な態度だ。


 このときばかりは先にルーデリアの情報があって助かった。なにも知らないまま暴言を聞いていたら、結界をぶつけて前言を撤回させていたところだ。


あなどれない。私の斬撃を初見で止めたのは彼女が初めてだ。しかも、どう止めたのかすら分からないほどだ」


 そんな男にルーデリアは鞘を鳴らし、男の言葉を否定する。


「ふーん。この子供が……俺にはそんなに凄そうには見えないけどね」


 男はさして驚いた風でもなく、ジロジロとパンドラの顔を眺める。値踏みする、という印象はなく単純に目が悪いのだろう。


「私が彼女の力を保証しよう」

「ルーがそういうなら、それでいいよ」


 さして興味もなさそうにガシガシと頭をかく男。フケが落ちてくる。汚い。


「えっと、ルーデリアさん。この方は?」

「ああ、紹介がまだだったな。こいつはベントリック。通称ベン……まあ名前を呼んでも反応しないことが多いんだがな……」


「あの、わたし、魔女のパンドラ。こっちは狼のウィル」

「ああ、いいよ名前なんて、どうせすぐ忘れてしまうんだから」


 困った顔をするルーデリアに背中を押されるように頭を下げるパンドラ。だがベンと呼ばれた男は興味なさそうに生あくびをする。


 先日の村の排他的はいたてきな対応でも、アルベインの好青年とも違う反応に、そっとパンドラを見上げる。あまりに雑な反応に彼女は何を思っているのだろう。


「えっと……ベントリックさん。私たちがんばります」

「それで、君たちがあのホネホネどもを退治してくれるのかい?」


「スケルトンだと説明しただろう。ほんとに貴様は野菜にしか興味がないのだな」

「ボクが興味あるのはボクが品種改良している野菜だけだ。そこを勘違いしないでくれ」


 ムッとした顔をしてルーデリアに反駁はんばくする。世間的に畏怖されるダークエルフに対してまるで物怖じしない言い方だ。

 研究にしか興味がなく、人の属性や素性などは気にしないタイプなのだろう。たしかに偏屈と名高い聖賢に近い性格のようだ。


「はいはい。それで、その品種改良した野菜だっけ? それはどれくらい持つんだ」


「いくらでも持つに決まっているだろう。栄養を凝縮して、種子を太らせ、どんなに痩せた大地や砂でも根を張り、空気中のわずかな水でも丈夫に育っていく作物だ。ボクがそうなるように改良したんだ」

「私には、なにがすごいのかよく分からぬが」


 呆れるようなルーデリアの口ぶり。その皮肉にも一切頓着とんちゃくせず、誇らしげに青年は語る。


「君はバカか。どこでも育つ作物だぞ。飢える者に対する福音ふくいんだろうが! だのに村の連中はちっとも理解しない。あれは世界を変えるすごい野菜だというのに」


 世界を変えるときた。ずいぶん大きなことを云うものである。こらこらパンドラ、目をキラキラさせるな。こういう輩は語らせたら長いのだ――


「どこがすごいんです?」

 ――ああ、なぜ聞くんだ――


 警告する前に、好奇心を刺激させられたパンドラは口を開いた。


 青年の瞳が呼応するように輝き、怒涛のごとき説明が飛び出てくる。


「まずはその生存性だ。この野菜はどんなに寒冷な土地でも温暖な土地でも根を張る。貧弱な土壌であっても細い根を地下深くまで伸ばし、葉から水分を吸うことで、積極的に水分を吸収して生存が可能だ。また、その際に必要となる水分が、通常栽培されている種の五割から六割も少なくて済む。これは作物を長期的に栽培する点において…………」


 激しい波濤はとうのように、叩きつける瀑布ばくふのように、あるいは流れ落ちる雨水のように彼の説明が始まる。


「いいか、これは歴史を変える作物なんだ。ただの野菜じゃないぞ、これはたった一つの苗から三種類の野菜が収穫できるんだ。そこがまず画期的だ」


「また始まった……」


 熱弁が生む興奮が、更に彼の便説を加速させる。恐ろしいまでに続き作物の説明は留まることを忘却したかのように垂れ流され、気づけばいつしか太陽は沈み始めていた。


「……というわけで、ボクが改良した作物はこの大陸におけるどこであっても栽培が可能となる。また光合成に頼らぬ……そうそう光合成というのは……」


「くぅ……くぅ……」


 ときおり道筋を外れながらも、決して止まることのない言葉の羅列にルーデリアは立ったまま寝ている。なんと器用なことだろう。

 かたやパンドラはというと、青年の言葉に飽きた様子もなくウンウンと頷いている。どうやら退屈しているのはソファーに寝転んだ私だけのようだ。いい加減にしてくれ。


 そして、そこに不意に救いの手が差し伸べられる。

 キュゥゥゥ。それは腹の虫という名の福音で、音源は彼の胃袋のようだ。


「あの、ベントリックさん。お腹すきませんか?」


「光という物質を植物が吸収……そうだな。そういえば、いつのまにか日が暮れているな。これはどうしたことだ。ずいぶんと空腹になっているぞ」


 不思議そうに首を傾げる青年。数時間も喋るつづけた青年、その空腹の理由をわざわざ指摘する気にもなれない。


「よし。少しばかり不完全燃焼だが食事にしよう。ちょうど残った試作品がある。君たちにもあれの素晴らしさを教えてやる!」


 そういって彼はいそいそと小屋の中に入っていく。


「なにをしている。さっさと来たまえ。ルーデリア、なにを寝ている」

「はっ! なになに、やっと話は終わったのか?」


 小屋へと招きもしなかった青年が、いきなり奥の部屋に私たちを呼びつける。なんというか理不尽さを感じるマイペースさだ。

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