第三章 死者に奪われた村-1


 彼女の依頼は一言でいうならば、土地の奪還だった。

 ある場所が占領されたので、それを取り戻して欲しいというシンプルなものだ。


 そこは砦でも城でもないが、物資を運ぶための中継地点となっていた村があり、そこに突如として無数のスケルトンが沸いたという。


 ――骸骨兵士スケルトンねえ――


 スケルトンとは死霊の一種であり、先日戦ったグールの遠縁のような存在だ。

 骸骨の名の通り、骨だけの存在であり、アンデッドに区分される。肉を食らうグールとは違い、無差別に生き物を襲うことで恐れられている。


 行き倒れになった人間がグールを経て、骨だけのスケルトンになると言われているが詳細は分からない。だが、どちらも不死神の祝福のろいを受けているのは間違いないだろう。


 そんなアンデッドが、交易の要となっていた村を占拠したらしい。


 当初は討伐のための領主りょうしゅは騎士団を編成し、魔法使いや、神官も派兵されたという。


 しかしスケルトンを何体破壊して奪還しようとも、どこからともなく新しいスケルトンが湧いてきて、それにしたがって派兵された者にも犠牲が広がったという。


 村人にも死人が続出し、恐れをなした村民の半数が村を捨てた。そして半月を過ぎた頃に、とうとう領主は無尽蔵に湧き続けるスケルトンの根絶こんぜつを諦めた。


 兵の運用にも資金がかかるので、村を放棄ほうきして新しい交易路を作ることを決めたのだという。


 そんな中、ダークエルフの彼女は一人村に残り、村外れに残った人を護衛しながら際限なく湧き続けるスケルトンを退治しつづけているという。


 しかし、どれだけスケルトンを駆逐しようと根本的な解決にならず、魔法使いに助力を求めることにした。

 そして、不幸にもダークエルフ騎士の目に止まったのが私たちだったのだ。


 ルーデリアは、実力のある高位神官か魔法使いを探していたらしい。


「どうしてルーデリアさんは村に残ったんですか?」

「一宿一飯の恩義がある村が困っていた。理由などそれで十分だろう」


 こともなげに言い放ち、ルーデリアは馬を駆って小高い丘へと進める。


 自ら先行して、周囲の偵察スカウト役を買ってくれているらしい。その身のこなしは軽く、馬の扱いにも長けている。その無駄のない動きが、彼女が真にエルフの末裔だと理解させてくれる。


 私たちはルーデリアに請われるまま、件の村に向かう途中だ。

 旅の寄り道は、私の発案ではない。理由も聞かずパンドラが承諾したからだ。


 ルーデリアは馬を借りると、朝早くから街を出ることを促した。私たちも当然のように随伴ずいはんすることになってしまった。


 ――大丈夫か、パンドラ――

「ぅぅ、お馬さんは苦手ですよー」


 そのパンドラは初めての乗馬に『お股がいたい』と半泣きだ。

 初めての乗馬体験に楽しげにしていたのは一時間前までで、いまはほとんど喋らず鞍の上で表情をくもらせている。


 ――引き返すか?――

「大丈夫です」


 ――無理してアンデッド討伐なんか引き受けなくていいんだぞ――

「困っている人がいるから、がんばります」


 苦しみに苛まれされても、自分の発言を撤回する気はないらしい。強情である。


 そんな会話をしているうちに先行していたルーデリアが戻ってくる。パンドラとは違う優雅な乗りこなしで、小さな魔女は羨ましそうな目をする。


「パンドラ、この辺りにはスケルトンはいないようだ。ちょっとこっちに来てくれないか」


「はい、すぐ行きます。ひぐっっ⁉」

「……ゆっくりでいい。無理をするな」


 馬を走らせようとして涙目になるパンドラに、肩をすくめて馬を駆るルーデリア。

 予定していた時間から大幅に遅れているが、時間間隔の異なる長命のエルフゆえか急かすような真似はしてこない。


 ――エルフがのんびり屋で助かったな――


「ウィル、次からはお馬さんは止めませんか?」

 丘のふもとまでルーデリアをトロトロと追いかけながら、泣き言を口にするパンドラ。乗り心地は私の背中には遠く及ばないようだ。


 馬は私が怖いのか避けるように速度をあげ、蹄鉄が地面を叩くたびに小さな悲鳴が生まれる。


(どうせなら、この一件で余計なことに首をつっこむ癖が治ればいいのだがな……)


 心配と期待の入り混じった感情を胸に、馬のあとをついていく。巨大化して走れば楽だが、ルーデリアが信頼に値するかは分からない。


 ――もう少しのようだぞ、まだ痛むか――

「はい。お股がヒリヒリします」


 ――話を聞きもせず、安請け合いするからだ――。

「そんなこと言ったって……私、頼りにされたのなんて初めてだったんですよ」


 涙目のパンドラに尻尾を揺らし、ルーデリアに視線を飛ばす。たった二人だけで過ごしてきたので、誰かに『お願い』されたのが嬉しかったのだろう。

 それで後先考えず引き受けてしまったらしい。


 ――まったく仕方ないやつだ――


 小さな魔女の心を鑑みて、馬のあとを追いかけるとルーデリアが馬上で手を降っていた。

 合図から察するに、下馬してここまで来いという言っているようだ。スケルトンに見つかるのを警戒しているのだろう。


「パンドラ、ついたぞ」

「うう、もうお馬さんはコリゴリですよ」


 ノロノロと馬から下りて、わたしに寄りかかってくる。

 実は感覚を共有しているので、私も後ろ足が痛いのだが黙っておくことにする。いまパンドラに追い打ちをかけるのは可哀想だ。


 ――スケルトンといえば、地下世界の冒険が有名だな。多くの物語では、ときに村を捨てていたが――


 せめて少しでも痛みが紛れるように、彼女の好奇心を刺激する。

 物語を追想しつつ、あの伝承の登場人物たちの行動を語る。アンデッドの話はあまり好きではなかったはずだが、気晴らしにはなるだろう。


 ――まあ、普通はアンデットから人は逃げるよな。不死神ザナミトの祝福はみんな怖いからな――

「でも、どうして村の人たちはスケルトンがいるのに逃げないんですか。村の近くに残っていたら危ないんじゃあ」


 私の疑問をそのままルーデリアに伝えると、遍歴のダークエルフは頭痛を堪えるような表情をする。沈痛な面持ちだけで、なにか事情があることが察せられて憂鬱ゆううつさが増す。


「いや、ほとんどの村人は近隣の村へと移住しているのだ。すでに新しい生活に馴染み、古巣を捨てたものも少なくない」


 そこまで言って、口をもごつかせたルーデリアが前言を撤回する。


「いや、その言い方は正しくないな。正確には村を離れず残っているのは一人だけなのだ。困ったことに私が世話になったのも、そいつなのだよ」


 ずいぶんな偏屈者へんくつものがいたものだ。

 その人物のせいでルーデリアは苦労を背負い、無用の余波がパンドラの股関節こかんせつを襲っているらしい。

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