第二章 黒い騎士からの依頼
案内されたのは宿の中でも最高級の部屋だった。
寝床にしていた中堅クラスの部屋よりも間取りは広く、調度品も高いものが用意されている。ここがダークエルフ騎士が使っている部屋なのは、彼女の匂いがする
ダークエルフの女は武装を外すことなく、立ったままでパンドラをベッドの縁に座らせる。ポジション的なアドバンテージをダークエルフに与えた形になったが、パンドラはまるで気づかずに、高級なベッドの感触に感激しているようだ。
「わー、こっちのベッド。私達の部屋よりフカフカですよー」
そんな邪気の欠片もない仕草に、ダークエルフはずっと困惑を隠せない様子だ。
すでに
「さて、なぜ私がスヴァルトだとわかった」
そんな自分が許せなかったのかダークエルフは鞘を鳴らし、パンドラの注意を引く。
悪意の香りはない。とりあえずは安全だと分かったので、無害な獣を装ってパンドラの膝の上で丸まったまま会話に耳を傾ける。
「お肌が褐色で、強い魔力を感じたからです。それにすごい美人だったからです。耳は長くなたったけど、すごい美人でしたから」
前もってパンドラに伝えておいた
「そ、そうか」
あまりにハッキリした物言いに、ダークエルフの女は鼻白んだようだった。
――どうして声をかけてのか聞くんだ――
「どうして、私を……見てたんですか?」
膝の上から彼女が問いかけるべき言葉を伝える。
もとより私の言葉はパンドラにしか届かない。内緒で言葉を伝えるのに、これほど適した力もないだろう。
女は少しだけ考えたように沈黙し、鋭く断定的な言葉を投げつけた。
「お前は、巡礼者ではないだろう」
「はい」
「いやにアッサリと認めるものだ」
「嘘をいっても仕方ないですから」
キッパリとした。しかし、世間知らずな言葉をどう解釈したのか、女は頷いて――抜刀した。
鋭い抜き打ち。
何の訓練もしていない人間なら、理解する間もなく首を落とすであろう斬撃。それは果たして――パンドラの首には届かず止まる。
結界を張るまでもない。敵意も殺意もない人間の攻撃など当たりはしない。
だが、それに使い魔たちは敏感に反応した。
透魚による自動防御だ。
パンドラの身体から飛び出した長い尾ビレが、指先一つ分の間を挟んでやすやすと斬撃を阻み、刃を弾き返したのだ。
「なっ、なにするんですか。ビックリするじゃないですか」
「……あ。ああ、すまない」
ダークエルフの女には、何が起こったのか分からなかっただろう。
身体から飛び出した透魚の尾ビレは、一見すると単なる魔力の帯にしかみえなかったはずだ。一部だけを現出させたのだから、使い魔だと分かるはずもない。
「いまのは何だ」
しかし防いだはずのパンドラが心底驚いているので、反応に困ったのだろう。不思議そうに自分の
――パンドラ。私の言葉を復唱しろ――
「……いきなり斬りつけてくるような人には教える義理はない、ですよ。エルフとして誇りがあるなら非礼は詫びるべきだ、ですよ」
私の言葉をそのままに復唱しつつ、パンドラは丁寧語で締める。なんとも歪な言葉使いになったが、女は言葉に従い、剣を収めて留め金をかけた。敵意がない証明だろう。
「試すようなことをして申し訳ない。
正しい儀礼に
まるで物語の女騎士のような見事な振る舞いに、パンドラは目を輝かせる。騎士の儀礼を見れて感動しているようだ。
「我が名はルーデリア。ゲルト放浪騎士である」
女―ルーデリアがマントのずらすと、いまは亡き国の紋章が刻まれた鎧があった。特徴的な衣装はどこかで見た記憶があるが――
「あ、それ……八将軍ゲマトリスの鎧ですよね。すごい、すごい! もしかしてルーデリアさん、ゲマトリス将軍のお知り合いなんですか?」
そこにパンドラの回答が飛び込んでくる。
千年前に魔王軍の一角を担ったダークエルフの将軍の名を出して、彼女に詰め寄っていく好奇心の塊のような少女。
「ゲマトリスは我が父だが、なぜ鎧だけで分かるのだ」
ルーデリアと名乗った
他の華々しい戦果を残した八将軍に比べると、ゲマトリスの功績はとても地味で、主たる成果は内政面で発揮されている。唯一の武勲は民衆を撤退させた際に、行軍の殿を務めたことだけだ。
魔王の軍門に降ったダークエルフゆえに只人からの人気は低く、戦後復興に尽力したわりに好意的な書かれた書は少ない。
だが――
「知ってますよ。あの燎原の包囲陣から力なき民を守った名将じゃないですか! 挿絵で何度も見たから鎧だって覚えてますよ。その娘さんに偶然会えるなんて感激ですよ」
世間の評価と、パンドラの印象は異なっているようだ。
ぴょんぴょんと跳ね回る少女に、ルーデリアは呆気に取られている。
すっかり毒気を抜かれたのか、マントからはみ出した狐の尾にも反応しない。
「一目で我が正体を見抜くだけにとどまらず、古き知と洞察にも長ずるか……」
ぼそりと呟いたダークエルフの騎士は、私たちの荷物を
迷いの匂いがする。だがそれも一瞬だけ。
「高名な魔法使い殿であるとお見受けする。どうか私に力を貸してもらえないだろうか」
決意の香りがすると、唐突に妙なことを言われた。
なぜ、さっきの流れで助力を求められるのだろうか。実力がありそうなエルフの冒険者がm見ず知らずの少女に助力を求める意味が分からない。
――おい、待て――
あまりに唐突で反応がうまく出来なかった。
「はい喜んで。微力ながらお力添えいたします」
そして当惑しているうちに相談もなく、詳細もわからぬまま、申し出を了承されてしまった。
――おいおい、ちょっと待て。いくらなんでも話の展開が早すぎる――
「本当ですか。これは心強い。騎士として感謝を捧げます」
――せめて、もう少しくらい話を聞いてくれ――
そして自分の意見をすっ飛ばして交わされた言葉に、私は音にならない大きな溜息を吐き出したのだった。
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