第二章 新しい街と、新しい出会い-1

 ※※※


 新しく訪れた街は、霧の都アルベインに比べると小さな規模だった。


 数ある交易都市の一つにして、交通の要所として扱われる中規模の街。

 魔物が少ないのか都市を囲む城郭じょうかくはなく、代わりに開かれた市内への道が多い。そのため朝早くから多くの人の出入りがあった。


 市井には無数の人が群がり、いくつもの果実が新鮮な香りを漂わせている。往来を行き交うのは衛兵や商人、そして若い男女に子供。


 観光地や宗教の要地といった趣きはないが、代わりに商業都市としての雰囲気が強い。賑やかさと活気を感じる街だった。


「すごく賑やかなところですね」

 ――そうだな。ここならば余所者よそものがウロウロしていても問題なさそうだ――


 キョロキョロとしきりに視線を動かすパンドラに首肯しゅこうして、上空に飛ばした透魚の視界と意識を繋げる。


 透明な魚たちが見せる景色は、ずらりと並ぶ商店や商館。絶え間なく訪れる各国の商人の受け皿となる宿。そして人、人、人。


 新鮮な魚を売り買いする人。銀貨を汎用性の高い銅貨に両替する犬頭の獣人。南方の言語で花の種を取引するエルフの女性。身なりの良い商人が商館に招かれ、ズラズラと列をなす幌馬車ほろばしゃが共に庭門に入っていく。一方で真新しい鎧が荷台に積み込まれ、ガシャガシャと音を立てながら馬車で運ばれていくさまが目に映る。


 まさに商業都市。

 だれもが威勢よく商いの熱気を街に振りまいている。


 それだけの人が行き交っているので、だれもパンドラとウィルのことを気にするものはなく、それぞれの仕事に明け暮れている。


「すごいですね。ここ人でいっぱいです」

 ――そうだな。ここなら必要なものも揃うだろう――


「私、新しい本がほしいです。なにか見つかるでしょうか?」

 ――まあ、そういうと思ったよ。買ってもいいが程々にな――

「はい、ちゃんと厳選します。えへへー、なにか良いのがあるかなー」


 私の言葉にパンドラは満面の笑みを浮かべて尻尾を動かす。読書を何より好む少女は、よほど新しい物語が求めていたたらしい。

 かくして、私たちは旅の醍醐味を満喫することを決める。


 異邦の民も珍しくないのか、物珍しげに見回すパンドラを不審に思うものはいない。アルベインほどの観光スポットはないが、空腹を満たす屋台などはチラホラ見かける


「このサンドイッチ、美味しいですね」

 ――うむ、まあまあだな――


 歩きながら食事を済ませ、ときおり休憩を挟みながら街を散策する。


 パンドラの趣味である読書の糧を仕入れ、上機嫌に鼻歌をうたう少女を見上げる。どうやら街を満喫まんきつできているようだ。


 ――収穫はあったようだな?――

「はい、たっくさん買えましたよ。ウィルも一緒に読みましょうね」

 ――ちゃんと宿屋についたらな――


 パンドラは新しく手に入れた本を大事そうに抱えている。いますぐ読みたくて仕方ない――そんな表情を浮かべている。


――今日はどこに泊まる。はやく決めないと野宿になるぞ――


「あっ、そうですね。宿を探さないといけませんね」


 すっかり失念していたらしいパンドラが、驚いたように尻尾を揺らす。完全に本に関心を奪われていたのだろう。


 ――まあ、この街ならば宿には事欠かないとおもうが。果たして私が泊まれるところはあるだろうか――


 すっかり夕日色をまとっている街並みに目配せして、金色の装飾を施された宿の看板を見上げる。


 見るからに安宿と一線を画するデザインになっていて、身なりのいい婦人が小綺麗な従者を伴って出てくる。


「ウィル。ここなら、どうでしょうか?」


 豪奢ごうしゃな彫金を施された窓枠のあるホテルを指差し、パンドラが提案する。格式高い空気を漂わせているのに、彼女は気にした様子もない。


 ――さすがに無理じゃないか。ここは絶対に泊めてくれないと思うぞ――

「そんなこと、試してみないとわかりませんよ」


 そんなことをいってパンドラは、子犬状態の私を抱き上げて宿の門を叩いた。


「すみません。ここに泊まりたいのですけど」


「ようこそ、いらっしゃいました。当ホテルは前金制になっておりますが、ご存知でしょうか?」

「いま知りました」


 抱きかかえられたまま、パンドラとホテルマンの顔を交互に眺める。パンドラは私を抱きかかえたまま、大切な友達だと紹介している。


 カウンターからちょこんと顔を出したパンドラに、彼は苦笑している。

 子犬を連れた小さな旅人を、身なりのいいホテルマンは『どう断ろうか?』という匂いをさせている。まあ、無理もないことだろう。


 ――パンドラ。ここでは一枚でいいぞ――

「わかりました」


 子犬と会話する少女に困惑をふくらませる只人ヒュームの青年。


「あの、これで足りますか?」


 しかし、それはカウンターに一枚の金貨が乗せられるまでの話だった。

 ホテルマンはわずかに驚愕きょうがくし、紅蓮のローブをまとった少女の身なりを検める。おそらくローブや杖の素材で、遅ればせながら察したのだろう。


「ええ、十分ですよ。お嬢さん。お荷物をお預かりしますね」


 疑いと困惑の匂いは払拭ふっしょくされ、背筋を正した青年は自ら客室に案内してくれる。


 あてがわれたのは最上階の特等室で、改めて『お金』というものの強さを実感する。なかには綺麗なシーツがかかったベッドが二連で並び、贅沢なことに魔法石による暖房まで完備されている。


 ――宝石を換金しておいてよかったな――


 胸元で抱きかかえたまま、パンドラを見上げる。

 野宿ばかりしていたが、この街ではゆっくりベッドで眠ることができそうだ。


「お金が足りて良かったです」

 ――金貨で足りないってことはないだろう――


 まだ今ひとつ金銭の価値が把握できていないパンドラ。

 そんな世間知らずの少女の腕から、真っ白なベッドに飛び移る。ベッドは子犬になった体を受け止め、上質の布が黒い毛皮を包み込む。

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