第二章 朽ちた砦の骸たち

 ※※※ ※※※


 話に聞く山賊団のアジトらしき砦に向かうと、そこはすでに廃墟になっていた。

 人間が出入りしていたであろう広間には、火が絶えて久しく、寒々とした空気だけが吹いている。多くの生活雑貨はそのままになり、貯蓄されていた飲み水は干上がるか悪臭を放っていた。


 そしてなにより、ひどい腐臭が砦から漂っている。

 山賊のアジトは、手を下すことなくより前に壊滅していた。


「なにがあったんでしょうか?」


 すでにもぬけの殻になった砦の惨状をみてパンドラが呟く。

 周辺の村々から略奪りゃくだつした食料を保存していたらしい地下室の扉は、外側から大きな力でぶち破られたように圧し曲がり、無残に湾曲した蝶番ちょうつがいが階段の中ほどに落ちている。


――ここが最後の砦だったようだな。まあ、結果は見てのとおりだが――


 おそらくなにかに襲われ、地下室に籠城ろうじょうしていたのだろう。

 山賊たちの最後の地となった地下室にはおびただしい量の血痕が残され、朽ち果てた遺骸が点々と散らばっている。なめし革で作られた簡素な鎧は主の命を守りきれず、折れた刃が敵を屠れなかった無念を語っている。


 ――ひどいな――


 どの遺体も傷みが激しく、顔も年齢も見分けがつかない。死体は傷み、撒き散らされた臓物ぞうもつのひどい臭気が地下室に厚く溜まっていた。

 食事を控えめにしたことを感謝するほどだ。


――パンドラ、明かりは点けるな――

「え、明かりを灯しちゃダメなんですか? わかりました」


 あまりに凄惨せいさんな光景を見せぬように引き返そうとした瞬間に、なにか冷たいものが背骨を撫でた。


 予感と気配。


 ――これは、まずい――


 ぼこりと浮かび上がる記憶の泡。

 この『私』が体験したことのない過去と、見知らぬ映像が脳裏を横切り、怖気に背後をふり返る。


 途端、暗い棺と化した地下室に、どこからともなく冷たい霧が流れ込んだ。急激に温度が下がり、生者への怨嗟を含んだ青白い光が死者の瞳孔どうこうに灯る。


――パンドラ地下から出るぞっ!――

「え、ウィル。どうしたんですか?」


 まだ気付いていないパンドラの首を牙にひっかけて、弾かれたように地下室から飛び出す。背後から飛んできた短刀をかわしつつ、壊れた扉のある出入り口に結界魔法をぶつける。


 轟音と破砕した砂が四散する。


 多重結界による砲弾。強烈な防御魔法を受けた入り口が音を立てて崩落する。強すぎる結界術に地下天井にまでが破壊の尾に蝕まれ、一気に建物が瓦解がかいした。


「ウィル。どうしたんですか、急に。地下室が無くなっちゃいましたよ」

 ――構えろ。出てくるぞ――


 その言葉に引き寄せられたかのように、穴が空いた地下室から死斑しはんの浮いた手が、腕が、そして死せる者共が這い出てきた。


 不死神ザナミトの祝福。

 鎮魂ちんもんもなく、弔われることもなく消えていった人間は、その無念を不死神に慰撫いぶされて甦る。いま這い出てきたのはグールと呼ばれる屍鬼の一種だ。


「わわわっ! なんですか、これ」


 人間にしてはやや緩慢な動きで立ち上がるグールに、パンドラは悲鳴じみた声をあげる。いや、実際に悲鳴だったのだろう。


 誰であれ、死体が起き上がってくれば驚くものだ。ましてやグールは手に山刀なたや槍を握り、くぼんだ眼下に青白い幽炎ゆうえんを灯して近づいてくるのだ。


――アンデッドだ。種別としてはグール。聖女の物語で知っているだろう?――


 近寄ってくる魔物の正体を伝え、彼女を数歩さがらせる。


(やれやれ、聖都を出てたった数日でまた新しいトラブルに巻き込まれてしまったな)


 山刀を手に襲い掛かってくるグールを視界に収め、振り上げた刃を先んじて結界魔法で圧壊する。そのまま連続で、無作為にこちらに襲い掛かってくる死者の骸を完膚かんぷなきまでにすりつぶし、今度は目覚めることのない眠りにつかせる。


 魔法も奇跡も扱えない人間には恐ろしい存在ではあるが、グールなど脅威ではない。


 確かな知性を持ち合わせ、高度な連携をとって襲い掛かってくる人族の方が遥かに恐ろしい。


 死者ゆえの恐れのなさと、物量が脅威ではあるが――肉体を憑代にしているなら、活動不能なまで破壊してしまえばいいのだ。


 ――そこで寝ていろ――


 武装神官のように浄化の奇跡は持ち合わせていないが、魂の宿る骸を力ずくで調伏ちょうふくしてしまえば結果は同じだ。


「わ、私も頑張ります」


 トネリーコの杖を鳴らすと、危機を察した透魚たちが姿を表す。

 そしてパンドラを守る透明な守護者たちは、ゆらりと身を揺らすと躍るようにアンデットに襲いかかった。


 ※※※※


 

 

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