第二章 小さな魔女の決意

 ※※※


 四日ほど野営をして辿り着いた村は、ひどく寂れていた。


 踏み入った私たちに向けられるのは、怪訝けげんさを含んだ視線ばかりで雰囲気が暗い。

 冷たい視線には旅人への興味などは感じられず、どこか排他的はいたてきな気配をふくんでいる。


 ――なにか、いやな空気だな――

「なにか……ちょっと、元気少ない感じですね」


 なにかトラブルの匂いを感じるが、糧食りょうしょくはそろそろ限界だ。このあたりで食料を補給しないと、またウサギや蛇を捕まえる日々に逆戻りしてしまうだろう。


「うーん、静かな村ですね」

 ――静かというか。完全に寂れているというべきだろう――


 かわいた土を風が走り抜け、こまかい砂埃が朽ちかけた民家を叩いている。村の中心にも人の姿はなく、どこを見ても明るい表情は絶無だ。


 ――来るまでに畑はあったが、何の作物も育っていなかったな。無理に掘り起こされた感じだったが――

「なにかあったのでしょうか?」


 疑問を抱えるパンドラを見上げ、村全体に視線を巡らせる。

 暗いというよりも陰鬱いんうつとした雰囲気に包まれ、活気というものが一切ない。これならば、まだ墓場のほうが清らかな空気を保っているだろう。


(なにかがあったのか、あるいは現在進行系で問題を抱えている感じだな。だが、首を突っ込むべきではないな)


 村人のくらいい瞳と、絶望の匂い。そこにトラブルの予感を嗅ぎ取るも、触れるべきではないと判断する。

 密かに面倒を避けることを背嚢の中で決めていると、パンドラの声が聞こえてきた。


「あの、雑貨屋さんはありますか?」

「……」


 背嚢から鼻先だけを出すと、声をかけられた老婆が一つの建物を指差すところだった。だが雑貨屋というには小さく立て看板すら存在しない。


(ここらで補給を終わらせたのだが、これでは期待できないな)


 背嚢から顔を出しつつ、村の様子を見回しているとパンドラは雑貨屋に入る。


「ごめんください」

「悪いけど、アンタらにはなんにも売れないよ」


 パンドラとたった一つしかない雑貨屋に訪れるも、一歩目で投げかけられた言葉はにべもないものだった。バッサリ一刀両断いっとうりょうだんである。


「え、売れないんですか?」

「すまないね。残念だけど、旅人さんに売ってあげられる分の野菜や干し肉はないんだよ」


 店主の女将は、困り果てた顔で告げる。

 そこにあるのは冷たさではなく、どうしようもない疲れ。痩せぎすの腕にはうっすら骨の輪郭りんかくすら浮いている。


 村の中に感覚を研ぎ澄ましても、竈火かまびの匂いも食べ物の匂いもひどく薄い。室内は寒々しく、ここ数日は窯に火すら入っている様子はない。思い返せば、食事時なのに煙が出ている家屋はひどく少なかった。


「どうしたんですか?」

「山賊が出てね。そいつらが村まで降りてきて食料を奪っていくのさ。最初は男衆が抵抗したんだけどね……村外れにつれていかれてね……夫も、弟も帰ってこなかったよ」


 疲れ果てた口調に、パンドラが息を呑む気配がする。

 そういえば、村では一人も男性を見ていない。いたのは女子供、そして老人だけだ。山賊に食料を奪われ、働き盛りの男たちは殺されたのだろう。


「そんな……じゃあ」

「お嬢ちゃん、アンタの想像のとおりだよ。悪いことは言わないからさっさと村を去りな。危ないからね」


 辺境では稀にある悲劇。

 本では知っていたが、実際に目の当たりにしたのはショックだったのだろう。パンドラは女店主の言葉に指を戦慄わななかかせている。


「この村は、もう終わりだよ。このまま飢えて死ぬか、野垂れ死ぬか……そのどちらかさね」


 疲れ果てた声。食料の一つもない棚を見つめる目には、じわじわと迫ってくる死期が映っていた。


(ここの村はもう長くないな)


 この状況が劇的に改善しないかぎり、ここの村人たちは早晩に同じ目をすることになり、やがて幻視したものを体験することになるのだろう。


 しかし、それは旅人である私達には関係のない話――


「あのっ!」


 そこまで考えたところで、パンドラが声をあげた。


「じゃあ、その山賊さんを退治したら、村は助かるんですよね?」

「まあ、そうだろうね。だけど、村長が領主様に出した手紙は返事もなく、こんな辺鄙な村を救うために動いてくれる騎士様なんてどこにもいないのさ」


 もはや絶望だけをたたえる瞳に、かすかに背嚢が揺れる。まるでグッと力を込めたかのように。


 ――まさか、パンドラ。また――


 なにかを決意した空気に、思わず私は背嚢の中で息を呑む。


――おい、余計なことは、やめっ――

「私がなんとかします。任せてください」


 背嚢の中から止める間もなく、パンドラが手にした杖を鳴らす。


「アンタに……何をできるっていうんだ。アンタみたいな子供が、たった一人で」

「山賊さんが悪いことをしないように懲らしめてきます。私とウィルでやっつけちゃいます」


「はぁ? なんだい、アンタ。アンタは魔法使いなのかい」

「私は魔女です。だから、ちょっと頑張ってみます」


 疲れ果てた店主の目に、パンドラは頷く。


 ――はぁ、またお節介を焼くのか。困ったものだ――


 すっかりやる気になってしまった旅の相棒に、私は背嚢の内側で深い溜息をつく。

 ヒュドラの件といい、パンドラは困っている人を無視することのできない性格のようだ。


 ――まったく。悪事をなす盗賊を成敗するなど、英雄譚ヒロイックの主人公じゃないんだぞ――


 私は背嚢の中から苦言を放つが、パンドラは返事をすることなく、小さく杖を鳴らすのだった。


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