第二章 さよなら聖都-2
「それにウィルなら他の方法もあったんじゃないですか?」
――まあ、パンドラを連れて塀を飛び越えることもできたが――
「ほら、やっぱり。ウィルなら簡単じゃないですか。危ない事をしちゃダメですよ」
その方法にも少なからずリスクはあったのだが、いま弁解すると余計にこじれそうだ。
「火傷した人はいないようだから幸いですけど、ああいうのは良くないですよ。力は人助けに使いましょう」
検問所から戻ってきた透魚を
――ちょっと軽率だった――
衛兵たちをなぎ倒して強引に突破することも、高い塀を一足飛びで乗り越えることもスマートとは思えなかったのだが、パンドラの
「反省してますか?」
――しているよ。火事は良くなかった――
言い争っても不毛なので、早々と白旗をあげることにした。
――次はもっと安全な方法を探すよ――
「よかったぁ。ウィルが嫌われるようなことになるのはイヤでしたから」
するとパンドラは満足そうに頷いて、一つの包み紙に取り出す。なにか甘い匂いがすると思ったら、露天で買い物をしていたらしい。
「はい、ウィル。パンペルデュっていう食べ物です。きっとウィルも好きですよ」
そういって厚切りのパンを差し出してくる。
黄金色のパンからは蕩けるような甘い匂い。どうやらミルクとハチミツを混ぜた液体にパンを漬け込んでバターで炙ったものらしい。
彼女の手にも一つ握られている。ホカホカと湯気を立てるパンペルデュからは甘い香りが漂い、思わずツバを飲み込む。
――はむっ。むっ、これは――
差し出されたパンを
「甘くて美味しいですね」
視線をあげると、パンドラも至福の表情でパンペルデュを食べている。
――たしかに美味いな――
「試食したらすごく美味しくて……きっとウィルも好きな味だとおもって買ったんですよ」
さっきまでの怒りはどこやら。甘いパンを片手に嬉しそうに語る。
「ウィル。甘いの好きですよね?」
もぐもぐとパンを喰みながら、素直に首肯すべきか悩む。
肉よりも、甘いものが好きというのは狼としてはどうなのだろうか。
甘味に対して勝手に動いてしまう尻尾は、奇跡と魔法を自在にあやつる獣にしては威厳が欠けている気がする。
――まあ、嫌いではない――
「嫌いではない、って……なんか素直じゃない感じです」
悩んだあげく出た
なんとなく見透かされたようで、胸の奥がモヤモヤする。
「よかったら、こっちも食べますか?」
自分の分を半分ちぎって渡そうとしてくるパンドラに、思わず尻尾が動きそうになる。
――遠慮しておくーー
「え、いらないんですか? 美味しいですよ?」
そんなことは分かっている。だけど、それはさっきまでパンドラが食べていた部分だ。小さな歯型だってしっかり残っている。
チラリと少女の唇を見て、鼻孔をくすぐる甘い香りの
少しずつ深まっていく秋の気配が、風にのって草原を揺らすのを感じて口を開く。
――さあ、次はどこに行こうかパンドラ。西か東か、それとも北か――
毛皮を波立たせる風に、私は耳をピンと立てて少女に問う。
「じゃあ、太陽の方向に行きましょう」
すると彼女は眩い太陽に指を向けて微笑む。
西に伸びる街道には柔らかな陽光が
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