第十話 芽生え
彼についていき、かなり大きめの高層マンションに入る。
お金持ちなのだろうか。
男性の部屋にしては、かなり綺麗な部屋に入る。勝手な想像だが、汚いイメージがあった。
「あー、お風呂入る?着替えは僕のジャージしかないけれど」
「…分かったわ。入ってくる」
…これから、するのか。
今更さらになって少しだけ後悔するのは我がままなのだろうか。
ずぶ濡れになり重くなったワイシャツを脱ぎ、下着を脱ぎお風呂に入る。
「ふぅ…」
…どうでもいいや。もう。
何時からか、諦めのいい性格になっていた。
今更治るとは思わない。
「出ますか」
浴室を出て、用意されていた着替えを見ると、驚いたことに私と同じ学校それに私と同じ学年だった。
気付いていて、近づいてきた?
いや、それにしては余りにも不自然な言動だった。
部屋を出て、リビングに行くと彼はキッチンで手早く料理の準備をして待っていた。
「あーちょっとサイズがブカブカだね」
と何でもないように話しかけてくる。
少しだけ興味が湧いた。
「…そうね。というかあなた私と同じ高校じゃない。それにこの色ということは二年生でしょう?」
「そうだよ」
「親御さんは?」
「父は海外に。母は…死んじゃったよ」
「…ごめんなさい。無神経だったわ」
「いいよ、大丈夫。それより君は何年生なの?」
「……あなた、私のこと知らないの?」
「知らないけれど?」
知らないことが当然のような顔をされる。
それがどうしてか可笑しくて笑ってしまう。
「…ぷっ。ふふっ」
「どうしたの?急に笑って」
「いや、何でもないわ。私の名前は、
「もしかして、氷姫とか学校一の美人とか美人だけれど冷たいとか言われてる人?」
「…あんまり本人を前に言わないで欲しいのだけれど」
「ごめんなさい」
「別に構わないわ」
…この人今、絶対に構わないのなら言わないで欲しいと思ったでしょう。
「…あなた顔に出やすいから気を付けたほうがいいわよ」
「…さいですか」
「それで、あなたの名前は?」
「四つの季節に佐藤君の佐に紀元前の紀で四季佐紀っていう」
「普通の名前ね」
「さいですか。それで、はい。これ」
「ありがとう」
「辛かったら、ごめん。味を変えたいときはソースでも使って。あとお味噌汁も僕好みの味付けだから合わないかも」
「大丈夫よ、例え不味くても何も言わないわ」
「…君はそういうことを心にしまう努力をしたほうがいいと思う」
「あら、そう」
いつもはそんなに人としゃべらない私が妙に饒舌なのに自分自身疑問を持ちながらも会話をし、ご飯を食べる。
「温かい」
思わず心から漏れていた言葉だった。
誰かと会話しながら食べたご飯なんていつぶりだろう。冷めたご飯、外食ではないご飯を食べたのはいつ頃だろう。
彼から出されたご飯は温かかった。
これが私の初めてをあげる代償だと思えば、安いのだろうか。
今はその話はいいか。ご飯に集中しよう。
食べ進め、気付くと茶碗の中は空だった。
「ご馳走様」
「お粗末様」
「その…美味しかったわ」
「お口にあったようで何よりです。お姫様」
「……」
「ごめんなさい」
…どうしたんだろう。私。
いつもなら、何を言われても響かないのに彼からの言葉は多少のイラつきがあった。
「あなた、いつも料理作ってるの?」
「まぁ、一応。毎回買ってたら食費がかかるし。それに自分の好みの味付けにできるから」
「……すごいわね。それに男子なのに部屋きれいだし」
「男女差別ですか?」
「男子高校生なんてそんなものでしょ?」
「ひどい偏見だ。それに僕だって男子高校生だぞ。この部屋を見て全国のきれい好きの男子に謝って」
「私の謝罪はそんな軽く使うものではないのわ」
「さいですか」
もしかしたら、この人は他の人とは違うかもしれない。
そんな考えが私の中に少しだけ芽を出した。
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