第十一話 恥じる
彼にベッドに案内される
「それじゃあ、おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい」
彼はそう言って部屋を出ていく。
恐る恐る、彼が使っていたベッドに入る。
彼が使っていたからか、彼の匂いが若干しみついている。
…ベッドに入って数分、私はぼぉーっと天井を見つめていた。私はこのままするのだろうか。本当にいいのだろうか。直前になって、考え始める。
「はぁ…」
自分が嫌になる。この家に来るまではどうなっても良いと考えていたのに、今ではこれだ。
そんな自己嫌悪に陥ってから、数十分だった。
私の考えとは裏腹に彼は、一向にここに来る気配を見せない。ドアからも気配がしないし、まるでこの家に私しかいなくなったみたいだ。
…本当に彼は違うのだろうか。
…もしかしたら彼は、私のことを『本当に』見てくれるのだろうか。
私はそっと、部屋を出た。
リビングに行くにつれて、寝息と、若干の息苦しさ、助けを求めるようなくぐもった声が聞こえた。
彼はリビングのソファで寝ていた。
「.........母さん」
「.....っ」
私は、急いで部屋に戻り、ドアを閉める。
ドアに背を向けて、ずるずると体から力が抜けていくような感覚に陥った。
「私…最低だ」
私は、自分の事ばっかりだ。
恥ずかしかった、途轍もなく。
私のほうが、彼の上辺だけしか見ていなかった。私は…あいつらと何も変わらない屑だった。
「変わりたい」
変わらなければいけない、絶対に。
「…さん…おき…さい」
「…んぅ」
うるさいなぁ。
「…ゆき…おきて…さい」
「ううぅん、ムリィ」
まだねていたいのぉ。
「おきてください」
「いやぁ」
いやなのぉー。
......................やっぱり私はダメな人間なんだ。
段々と頭が鮮明になっていき、顔が自分でもわかるぐらいにほてっているのが分かる。
「…ごめんなさい」
「いや、大丈夫ですよ。可愛かったですし」
「…っ。うるさい!」
ほんとに!もう!
恥ずかしいのと少しだけ何故だが嬉しい気持ちがあるのだが、なぜだか分からない。
初めて『可愛い』なんて言われたからだろうか。
それから、彼が作った朝食を一緒に手を合わせて食べ始める。
この瞬間、そして手料理がおいしくて思わず温かいという言葉が漏れそうになる。
そして、そんな私が不思議なのか彼がじっと見てくる。
「…食べているところをジッと見ないで欲しいのだけれど」
「ごめん、でも綺麗に食べてくれるからおじさん嬉しくなっちゃって」
「だからあなたは同年代でしょうが」
なんでこの人は自分のことをおじさんにしたがるのだろうか。
「そういえば、家に連絡しなくてもいいの?」
「…大丈夫よ。もうしたから。友達の家に泊まってくるって」
「そっか」
と丁度その時、電話が鳴る。
画面に表示された名前を見て一瞬で興味が失せた。
「でなくていいの?」
「大丈夫よ。別にどうでもいいもの」
「そっか」
「……あなたって…」
この人はやっぱり変わっている。
そして、少しだけ微妙な空気の中食べ終え、洗面台を貸してもらう。
「なんか、変な感覚」
私は一人ぼそっと言う。
最初はこんな予定ではなかった。
一時は、後悔したが今ではすこしだけ来て、彼が来てくれてよかったって思っている自分がいた。
……。
「冷たい」
かぶりを振るように、顔に水をかけ目を覚ます。
そして、いつもならすぐに終わるはずの用意が何故だか長引いてしまった。
洗面台から出てリビングに行くと
「僕なら五分で終わるんだけれど」
「……ごめんなさいね、遅くて」
すみませんね、遅くて。
「別に気にしてない、女の人はやること多いだろうし」
「あら、最近は男性の方も美容には気を使っている人が多いみたいよ?」
「まだ、僕には早いからいいや」
「あら、勿体ない。顔は悪くないのに」
「良くもないし、さして変わらないからいいよ」
「あなた、面倒くさいだけでしょ」
「そうともいうかも」
「そうとしか言わないのよまったく。…こっちに来なさい。今日のお礼に髪型整えてあげる」
「いや…」
「いいから、早く。五、四、三…」
「はいはい、分かりました」
やれやれとめんどくさそうにする彼を引っ張り洗面台に連れていき、整えること数十分。
「ほら、やっぱり顔は悪くないわ」
「良くもないでしょ」
「素直に賛辞は受け取っておくものよ」
「はいはい、ありがとうございます」
「ふふっ…やっぱりあなたって」
「何?」
不思議だわ、本当に。
「面白い人だわ」
「お嬢様に気に入ってもらえて何よりです」
「照れなくてもいいのに」
「……照れてないし」
…不覚にも彼のことを可愛いと思ってしまった。
「じゃあ、そろそろ出ますか」
「そうね、というかもう出ないと間に合わないかもしれないわ」
「そうですね。…あ、ちょっと待ってください」
「何?」
「これ」
ぽんっと手渡さたランチバックに面食らってしまう
「良かったらどうぞ。不味かったらそっと捨てておいてください」
「はぁ…そんなことしないわよ。…本当にあなたって」
いい人だわ。
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