第六話 一人はいるもん

「じゃあ、ここで」

「そうね、じゃあこのお弁当箱は洗って返すから」

「了解。じゃあまた」

 

 仮にも氷姫などと呼ばれている幸城さんと一緒に登校したら、男子諸君から非難轟轟だというのは分かり切っているので、分かれて別々に登校する。


 校門を抜け、靴を履き替え、教室に行くと相変わらずクラスはにぎやかだが、僕が教室に入ると、教室が一瞬で静かになり、段々と元へ戻っていくがやはりこちらをちらちらと様子を窺うように視線を向けてくる。


 よく分からないが自分の自分の席に着き、イヤホンを耳に突っ込み本を読もうとしたところで


「佐紀か?」

「ん、ついに目が腐ったのか?裕也」

「そんなわけあるか。お前の見た目が変わったからだろうが」

「…ああ、そうか」


 城幸さんに髪をセットしてもらったのを忘れていた。


「別にあんまり変わってないでしょ」

「いや、変わってる、変わりすぎてるから」

「そうか、そんなに醜い顔してるのか」

「逆。かっこいいって意味。どちらかというか可愛いかな。佐紀、童顔だし」

「そっか。お世辞ありがとな」

「お世辞でもないんだけれどな。それで急にどうして髪なんてセットしたんだ?」

「それは…」


 馬鹿正直に幸城さんを家に泊めたお礼にセットしてもらったなんて言ったら教室の男子に殺されかねない。


 なんて言おうか


「…気分?」

「意外と面倒くさがりな佐紀が?」

「うん」

「……なんか怪しいけどなぁ」

「そんなことない。僕だって高校生の自覚が出てきたんだ。それにお前がかっこいいせいで隣にいる僕が相対的にひどく見えるからせめてまともにしようと思っただけだ」

「……そうか。まぁいっか。じゃあ今度おすすめのワックスとかアイロン教えるよ」

「…あ、ありがとう」


 こいつ、絶対違うってわかっててこういうこと言うからなぁ。嫌な男だ。


「じゃあ、そろそろチャイムなるからまた後でな」

「あぁ。また後で」


 そして、今日も普通のなんてことない一日が始まる。


 一限目がすぎ、二限目、そして三限目、四限目が終わりお昼になり、裕也と適当に喋りながら何もなく過ぎ去っていき今日も終わっていくのかと思った。


 が、少し変化が起こる。


 たまたま先生に用事を頼まれ帰りが遅くなり、他の教室をと通ったところでそれを見た。


「幸城さん、僕と付き合ってください」


 告白されている場面だった。


 いつもならどうでも良いと素通りしていたところだが、昨日少なからず関わった幸城さんが告白されていたため思わず足を止めてしまった。


「嫌です」


 彼女の無表情、そこには最初にあった時のような死んだ目をしていた。


「そこをなんとか、お願いします」

「嫌だわ。第一あなたと付き合うメリットなんて私には必要ないもの。それに私あなたのことを別に知らないし」

「メリットは確かにないけれど…でもこれから付き合って親交を深めれば」

「それも嫌だわ。だってあなたのことを知りたくなんてないもの。好きでもない知りたくもない相手から向けられる好意なんて不快でしかないわ。それで、もう話は終わりかしら」

「っ…。そこまで言わなくてもいいじゃないか!」

「そこまで言わなければあなたは引き下がらなかったでしょう」

「くそがっ。調子に乗るなよ不細工女」


 と去り際に苦し紛れにそんなことを言う。


 ひどいもんだなそう思った時


「そこ、コソコソしてないで、出てきなさい」

「…ごめん、覗くつもりはなかったんだけれど」

「まぁ、いいわ。……それで、幻滅したかしら」

「?誰に?」

「私に。告白してきた子に対してあんなことを言う私によ」

「…どっちかっていうと男側のほうに幻滅したかも?」

「…どうして?」

「だって、ひどい振られ方をしたけれど、仮にも好きだった子に『不細工』なんていうのはどうかと思った。途中まで優しくて紳士で顔もカッコよかったから尚更」

「…ふふっ。初めてそんなこと言われたわ。やっぱりあなたって面白いわね」


 と何がおかしいのかクスクス笑っている。


「それに、多分あんなひどい振り方をしたのだって僅かな期待を持たせないためにでしょ?それってお互いのためにならないしね」

「……ほんとに貴方って」


 と感心しているのか呆れた顔をしているのか分からない顔をされる。


「それにしても、今時、直接告白するってすごいね」

「それは、私が誰とも連絡先を交換していないもの。必然的にそうなるわ」

「もしかして…友達ゼロ人?」

「……一人はいるもん」


 とすねたように唇を尖らせそっぽをむいてしまう。


「じゃあ、僕と連絡先を交換しません?」


 数秒考え、彼女はこくんと頷く。


「洗って、お弁当箱返さなきゃいけないから。連絡先くらいは必要よね」

「ぷふっ。そ、そうだね」


 まるで自分を正当化するような言葉に思わず笑ってしまう。


「何よ、どこがおかしいっていうのよ」

「いや、違うよ。ただ可愛いなって思っただけ」

「なっ…。ふんっ」


 といって背けた横顔は夕日によって赤く染まっていた。


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 小話

 

 連絡先を交換した夜。


 試しに連絡をしてみる。


「四季佐紀です」

 

 少し不細工な猫のスタンプと一緒にメッセージを送る。


 数分後


『その、四季くん…そのスタンプってどうやって買うの?』


 挨拶より先に、スタンプの方に反応された。


『もしかして、ネコ好き?』

『うん』


 それから、怒涛の猫動画が送られてきて少し焦った。

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