夜空とお風呂と、幸せな時間。


 土下座どげざ


 「本当に、ごめんっ!!」


 輝くティアラを置いて、お姫様が土下座。

 普段あまり見られるようなものではない。


 「……」


 土下座する姫を見降ろすのは、少年騎士。表情一つ変えないまま、じっと、お姫様とその隣にいる妖精たちを見ている。

 

 「ましゅっ」「ましゅー」「ましゅ?」「ましゅましゅ」「まーしゅ!」「ましゅ……」


 6体の小さなキノコ妖精。それぞれかさの模様が違う。

 少年騎士は何も言わずに、キノコ妖精たちの前でしゃがみ込むと、6体全員を自分の腕の中に抱え上げた。

 

 「……」


 相手が何も言わないので、お姫様は土下座ポーズから顔を上げて、言葉を続けた。

 

 「そいつらは、おれが産んだっ!! この……お前の体で、おれは魔物の子どもを産んだっ!! それは間違いないっ!!」


 しかし、言葉はまだ返ってこない。


 「……」

 「……」


 ロズリー姫には、これ以上言えることがなくなってしまった。あとは、もう一度しっかり頭を下げて、アルセムの返答を待つばかり。ただひたすら、無言で待つ。

 そして、ついにアルセムが口を開いた。


 「……かわいい」

 「えっ!?」

 「かわいいって言ったの。この小さな妖精さんたちのこと」

 「お、怒ってない……のか? おれを許してくれるのかっ!?」


 ロズリー姫は再び頭を上げて、キノコ妖精たちを抱きかかえるアルセムにうた。


 「許すも何も……わたしがあなたに命じたのは、『ロズリー姫の名誉めいよを守ること』だし。まあ、元々たいした名誉なんかない第四王女だから、守れなくてもよかったけど」

 「第四王女……! そうだ、おれはそれについて、お前に聞きたいことがあるんだ!」

 「ええ。わたしも今日、あなたに話すつもりでここに来たの」


 出産などを経て、現在のロズリー姫は体じゅうが汗でベトベト。

 はだかになることに抵抗があったアルセムもまた、今日までまともな入浴ができていない。

 

 「お風呂に入りましょう? わたくしと、あなたの……二人きりで」


 *


 胸でタオルを巻くのは、女性がお風呂に入る時のやり方。

 今回は片方は男だが、二人共そうやって巻いた。ロズリー姫は「んっ!」と力を入れて、豊満な胸をぎゅうぎゅうに押さえつけるように強く巻き、少年騎士アルセムは平坦な胸にある二つの小さな突起とっきを隠すように、静かに巻いた。


 「こちらが大浴場ですわ。どうぞお入りになって」

 「うおぉっ、すごいな……! これが風呂!? 広すぎるだろ!!」

 

 王族専用の大浴場。豪華で広い。

 落ち着いて各所を案内をする少年騎士アルセムに対して、ロズリー姫はまるで男子中学生のように、目を輝かせてはしゃぎ回っていた。「ライオンの石像の口から、お湯が出てるっ!」「バラの花が浮いてるっ!」「滝みたいにお湯が落ちてくるぞっ!」「こっちの風呂は泡でいっぱいだ!」と、自分が高貴なお姫様であることを忘れて、バカみたいなテンションで騒ぎまくっている。

 

 「ははっ、王族の風呂ってこんなにすごいのか! 孤児院のみんなもここへ連れて来たら、きっと喜ぶだろうな!」

 「ええ。それはきっと、にぎやかで楽しい入浴になりますわね。わたくしはいつも……一人だから」

 「えっ!? こんなに広いのに、一人で入ってるのか!? もったいないだろ、そんなの! せめておれを呼んでくれれば、お前と一緒に入浴……」

 「できませんわ。わたくしとあなたは、姫と護衛騎士で……もう良い年頃の男女ですもの」

 「あ、そっか。……いや、そうだ。ロズリーの言う通りだ。くそっ、おれは何を言ってるんだ」

 「ふふっ。でも、今夜だけは……体が入れ替わっている今だけは、特別とくべつ


 自分の立場を思い出し、自分の隣にいる少年が女だということも思い出し、浮かれていたロズリー姫は一気に冷静になった。

 今、大人になる前の男女が、二人きりで風呂場にいる。「ロズリー」がこの場所へ連れてきた意味と、この夜の静けさについて、ロズリー姫は「アルセム」として考えることにした。


 *


 「「「ましゅ~~~」」」

 

 小さなキノコ妖精たちは、風呂桶ふろおけの中でプカプカ浮かんでいる。

 

 *


 風呂に入る前に、まず髪を洗うことになった。

 ロズリー姫は大理石だいりせきでできた風呂イスに、どかっと腰を降ろし、アルセムは慣れた手つきで、お姫様の美しく長い髪にうるおいを与えた。


 「シアン先生? そのような方は、わたくしのガヴァネスにはいらっしゃらないハズですわ」

 「じゃあ、決まりだな。あいつの正体は、黒帝魔女のリフィリアだ。ずっと、ロズリーになったおれを監視していたんだろう」

 「では、次にまたシアン先生が現れたら、すぐに番兵ばんぺいの方を呼んで、捕まえてもらえば……!」

 「いや、もう来ないと思うぜ。おれが正体に気付いてることくらい、あの魔女も分かってるだろうしな」

 「……」


 シアン先生が黒帝魔女リフィリアだということは分かったが、結局、状況は何も変わらない。今は、リフィリアが言った「一週間後に会いましょう」という言葉を信じて、再会の時を待つしかない。


 「……心配するなよ、ロズリー。おれが必ず、元の体に戻してやるから」

 「うん、あなたを信じてる……。でも、その……もしも、わたしたちの体が元に戻ったら、わたしたちの関係もまた、元通りになる……?」

 「えっ?」

 「わたしはこの国の姫に、あなたはわたしの護衛騎士に、元通りになってしまうの……?」

 「それは……」


 まるで、以前と同じ関係には戻りたくないような言い方。

 「そうなりたくないから、お前はおれをここに呼んだんだろう」。口から出そうになったその言葉を、ロズリー姫はグッと飲み込み、別の言葉を探した。


 「……少し、違うかもな。ロズリーが第四王女だってことは、入れ替わるまで知らなかった」

 「あっ……」

 「そろそろ教えてくれよ。第四王女って、どういう意味なんだ」

 「ふふっ、ただの四番目の王女ですわ……なんて、もうごまかせない。一度しか言わないので、よく聞いてくださいね。護衛騎士アルセム」


 ロズリー姫の髪を、アルセムが優しくでる。

 

 「この国の……ゼディア王国の第一王女。名前はカヤ・ピアメル。カヤお姉さまは天上の歌声を持ち、さらにピアノやヴァイオリンなど多彩な楽器の才能も持ち合わせていました。各国の王子に求婚されながら、12歳の時に音楽の都ミラファドに留学し、後にミラファドの王子と結婚」

 

 長女。


 「ゼディア王国の第二王女。名前はフレンダ・ピアメル。フレンダお姉さまには優れた色彩感覚があり、大衆の目を惹く服飾ふくしょくのセンスと特出した絵画の才能を持っていました。各国の王子に求婚されながら、13歳の時に芸術大国パレットンに留学し、後にパレットンの王子と結婚」


 次女。


 「ゼディア王国の第三王女。名前はペルクーナ・ピアメル。ペルクーナお姉さまは勉強家で、語学や民俗学や天文学などの幅広い知識と高い知能を持ち、さらに詩や物語を書く才能にも恵まれていました。各国の王子に求婚されながら、14歳の時に英知の国ブクスに留学し、後にブクスの王子と結婚」


 三女。そして……。


 「ゼディア王国の第四王女。名前はロズリー・ピアメル。ロズリー・ピアメルは……ロズリー・ピアメル姫には……」


 髪を撫でる手が、震えている。


 「何もないの。優れた才能が何一つない、とびっきり出来できの悪いお姫様。だから、みんなから失望され、呆れられ、放っておかれて……。15歳になった今でも、祖国でずっと遊んでばかりいる」

 「ロズリー……!」

 「自分にも何か才能があるはずって、昔は信じてたの。料理が好きだったから、得意なアップルパイをたくさん作ったりして。……でも結局、才能と呼べるほどひいでてはいなかった。わたしのアップルパイを食べて、笑顔で『おいしい』なんて言ってくれるのは、貧相ひんそうな舌を持つ庶民の少年だけ」

 「もう分かった。やめろ」

 「……今、国王様や王妃様はこの国にはいない。その理由はね、出来損できそこないの第四王女を引き取ってくれる王子様を、他国へ探しに行ってるからなの。ロズリー姫のような粗悪そあくな王女を引き取ってくれる人は、なかなか見つからないらしくて」

 「やめろって言ってるだろ!!!」


 怒声どせいと共に、髪を撫でるアルセムの手をはらけ、ロズリー姫は振り返った。大切な幼馴染みのことを悪く言うやつは、誰であろうと許せない。


 「ごめんね。アルセム」


 そいつは笑顔のまま、泣いていた。


 「アルセムは護衛騎士だから、いつも一生懸命守ってくれるけど、第四王女ロズリー・ピアメル姫は、本当は、守る価値なんてないの。生きてても、死んでても、どっちでもいいお姫様なの」

 「……!!」

 「守らなくていいお姫様なのに、あなただけはしっかり守ろうとするから……だから、言い出せなかった。立派な騎士を従える『お姫様ごっこ』が楽しすぎて、その時間が終わってしまうのが耐えられなかった。でも、もう……あなたには全部バレちゃったし、無理かな」

 「ロズリー……!」

 「ごめんね、ちゃんとしたお姫様じゃなくて。わたしのこと、今まで大切にしてくれて、ありが──」


 それ以上は、絶対に言わせたくなかった。


 「……!?」


 抱きしめた。ぎゅっと、強く。

 10年前のあの時と、同じように。


 「アル……セム……?」

 「ロズリー……!」

 「ふふ……立場は、どうしたの? 護衛騎士のあなたが、お姫様のわたしに……こんなことして、いいの……?」

 「おれが今、抱きしめてるのは、お姫様じゃない。ロズリーだよ。おれが今まで守ってきた人も、ゼディア王国の第四王女じゃなくて、ロズリーなんだ」

 「あ……はは……。やったぁ……。わたしが、あなたの口から、一番聞きたかった言葉」

 「ああ、遅くなってごめん。10年前、ダンスパーティーの日の夜、おれを救ってくれたのはロズリーって名前の優しい少女だよ。おれはロズリーを好きになって、ロズリーだから守りたいと思ったんだ……!」


 ロズリー姫に抱きつかれたアルセムは、涙を流しながらぎゅっと目をつぶり、愛されるという喜びをいつまでもめていた。


 「ふふっ……うふふっ……。よかった……。アルセムもわたしのこと、好きだったんだ……」

 「もう不安にはさせないからな。好きだ、ロズリー」

 「わたしも好き……。アルセムのこと」


 *


 天球てんきゅう風呂ぶろ。ドーム型の天井がガラス張りになっているので、入浴しながら夜空を見上げることができる。

 月明かりに照らされたロズリー姫は、気品の欠片もなく口をポカーンと開けながら、その天然のプラネタリウムの美しさに見とれていた。


 「はあ……やっぱりすごいな……。王族の風呂は……」


 そして、少し遅れてアルセムも天球風呂に入ってきた。


 「キノコ妖精さんたちの体を洗ってきましたわ。みなさん、すごく気持ち良さそうでした」

 「やけに可愛がるな、あいつらのこと。そんなに気に入ったのか?」

 「当然ですわ。わたしたちから産まれた子ですもの。あなたこそママなのですから、もっと可愛がってあげてくださいまし」

 「ママ!? おれがっ!? 寄生されて、無理やり産まされたんだぞ!? 人間に寄生するような魔物なんて、本来なら、すぐに駆除くじょされてもおかしくない存在で……」

 「でも、駆除しなかったんでしょう? 本当はあなただって、あの子たちのことを愛しているのでしょう?」

 「う……! そ、それは……」


 図星ずぼしをつかれた。

 人間に寄生して産まれてきた邪悪な魔物なんて、本来はすぐに殺処分さつしょぶんすべきだ。護衛騎士の心を持つロズリー姫も、すぐにそうしようとしたが、体から湧き起こる愛情に邪魔をされ、どうしても魔物に対してやいばを振るえなかった。これこそが、魔物図鑑に載っていた『母性ホルモン』という特殊な物質の影響である。


 「……だから、全部『母性ホルモン』ってやつのせいなんだよっ! 体が勝手に、あいつらの母親になろうとしてしまうんだっ! おれの意思とは無関係で……!」

 「では、あの子たちに母乳ぼにゅうを飲ませたのも、あなたの意思とは無関係?」

 「なっ!!?」

 「わたくしの体で、勝手に母乳を出して、妖精さんたちに飲ませてあげたのも、あなたの意思ではないと言うの?」

 「ど……どうしてそれを、お前が知ってるんだ!?」

 「さっき、あの子たちはわたくしにも母乳をせがんできましたもの。誰かが与えないと、そのようなことはしませんわ」

 「げっ! あいつら、まだ欲しがってたのかよ……!」

 「護衛騎士アルセム。大切な姫の身を守ることが、あなたの使命ではなかったのですか? わたくしの体で、好き勝手に母乳を出すことが、あなたの使命なのですか?」

 「か、隠してたことは悪かったと思うけど、そういう言い方をしないでくれよ……。だって、あいつらがせがんできて、放っとくわけにはいかないし……。おれだって、どうしていいか分からなくて、それで仕方なく……!」

 「それで、女性のおっぱいを見て、気が済むまで触って、満足した? 本当にイヤらしい人」

 「だから、もう……本当にごめんっ!!」

 

 顔を真っ赤にして、本日何度目かの謝罪。謝ってばかりの相手を見て、アルセムはムッとした表情を浮かべつつ、口元には少しばかりのみを浮かべていた。


 「……もういい。ほら、こっちに来て」


 濡れた手を引いて、アルセムはロズリー姫を天球風呂の中心へとさそった。そこには丁度、水面に月が写っており、青白い月光が降り注いでいる。

 

 「胸のタオルを取って。わたしも取るから」

 「えっ!? じゃあ、おれもお前も、はだかに……!?」

 「月光がまぶしくて見えない……なんてことはないけど。それがどういう意味かくらい、わたしの騎士なら分かるでしょう?」

 「……!」


 ドキドキと、自分の心臓が高鳴る。しかしそれ以上に、目の前にいる相手の心臓が高鳴っていることを、お互いに感じていた。

 

 「もうすぐ満月ですね。護衛騎士アルセム」

 「……はい。ロズリー姫様」


 そして、一糸いっしまとわぬ姿に。


 「それでは、ここから先はあなたがエスコートしてくださいね。わたくしを、夢幻むげんの夜に」


 * * *


 風雲ふううんきゅうを告げる、一通の手紙。

 王城に届いたのは、ロズリー姫の父である国王からの手紙だった。使用人の女(20歳)は、その手紙を受け取ると、大慌おおあわてでロズリー姫の部屋へと向かった。


 「ロズリー様っ!! ロズリー姫様、大変ですっ!! つい先ほど、国王様よりお手紙が届きましたっ!!」


 使用人の女は慌てすぎて、部屋に入る前にノックをするマナーを忘れていた。

 バタンと扉を開けると、そこはロウソクがほんのりともった薄暗い部屋。そして、天蓋付きのベッドの上に、人影が二つ。カーテンがかかっていてシルエットしか分からないが、片方は確実にロズリー姫だということは分かる。


 「はぁっ……はぁっ……」

 「待て、ロズリー。それ以上は……ダメだ。一旦やめよう……」

 「らさないで、アルセムっ。わたくしはもうずっと、我慢がまんさせられて……。早くしてっ……」

 「違うっ。ほら、今……部屋に誰か入って来たから……まだダメだって……」

 「えぇっ!? そこに誰かいるのっ!? じゃあ、早く応対しないとっ!!」

 「うわっ、バカ!! お前は今、おれなんだぞ! 護衛騎士のアルセムなんだぞっ!! 分かってるのか!?」

 「ええ、分かっていますっ! あなたのフリくらいできますわっ! プリンセスの演技力を甘く見ないでくださる!?」

 「いや、その格好で外に出たら……!」


 会話が終わらないうちに、カーテンがシャッと開き、ピシャッと閉じて、中から人が出てきた。


 「あ、あー。コホン。何か用かな? わたくしたち……じゃなくて、おれたちは今、とても大事なところだったんだけど」


 アルセムのような口調。アルセムのような態度。いつもそばにいた人間なので、マネをするくらいは容易たやすい。「むふんっ、我ながらカンペキですわ!」と、心の中では思っている。

 しかし、使用人の女は口を大きく開けたまま、目を丸くしていた。


 「あ、アルセム様っ!? な、なな、なんて格好をしていらっしゃるのですかっ!!?」

 「へ? 格好?」


 演技はカンペキ。ただ、着替えるのを忘れていた。

 パステルピンク色に彩られた、オーダーメイドのベビードール。キャミソールのような服だが、シースルーなので、どんな下着をつけているのか透けて見える。下着はしっかり女物のショーツで、レースが映えるセクシーランジェリー。

 『ロズリー姫がいつかそういう夜を迎えた時に着る用の服』を、今は護衛騎士アルセムが着用している。扇情的せんじょうてきな女物の下着を、若い少年が身に付けて、使用人の女の前に現れた。


 「……あっ!? いえっ、これは、そのっ!!!」

 「す、すす、すみませんっ! 見てしまって!!」

 「違うのっ!! 誤解ですわっ!! わ、わたくしはただ、『月夜のレッスン』で学んだ通りの衣装いしょうを……!!」

 「レッスン!? アルセム様はロズリー姫様から、その……女装のレッスンを受けているのですかっ!!?」

 「いえ、女装などではなくっ!! 本来は間違っていないのですっ!! ただ、今は体が入れ替わっ……と、特殊な事情があって!!」

 「特殊なのは、あなた方の性癖せいへきじゃないですかっ!?」

 「ですから、そういう意味ではなくてっ!! も、もうっ……アルセム~~~っ!!」

 

 少年は顔を真っ赤にして、またカーテンの向こう側へと帰っていった。そして、カーテンに写る人物のシルエットが、また二つになった。


 「どうして止めてくださらなかったの!?」

 「止めただろっ! でも、お前が話を聞かなかったんだろうがっ!」

 「むむむ……! 今度はアルセムが行って! これ以上は、誤解を産んでしまいますっ!」

 「行きたいけど、全裸ぜんらなんだよっ! おれとお前の私服は、ベッドの外にあるんだっ!」

 「じゃあ、わたしが今着ているナイトドレスを貸しますから、それを着てっ!」

 「そ、それは……恥ずかしいだろ。お前はお姫様だからいいけど、おれがそんな……『夜の女の服』を着て、人前に出るなんて」

 「いいからすぐに着てっ!! 話がややこしくなる前にっ!」

 

 パサッと、服を脱ぐ音。

 ゴソゴソ……と、服を着ている音。


 「着たけど……これでいいのか? ロズリー」

 「うん……。すごく綺麗で……かわいい……」

 「それは……ロズリーが綺麗でかわいいお姫様だからだよ。おれの目からは、いつもそう見えてたんだ」

 「えへへ、嬉しい……。わたしの目からは、アルセムはいつも素敵でかっこいい騎士様に見えてた」

 「お、おう……なんだか照れるな。もう一回くらい、ハグでもしておこうか」

 「うんっ。わたしもしたいって思ってたのっ」


 二つのシルエットが重なる。

 そしてまた、ロズリー姫とアルセムは二人だけの世界に入ってしまった。待機たいきしている使用人の女は、聞くに耐えない声や音を、しばらく強制的に聞かされ続けた。


 「ロズリーっ、ロズリー……!」

 「アルセムっ……♡」


 聞くに耐えない。


 「……あ、あはは。それじゃあ、手紙はここに置いておきまーす。できるだけ早く読んでおいてくれれば大丈夫でーす」

 

 そばにあったテーブルの上に、手紙を雑にポイッと置き、使用人の女はロズリー姫の部屋を出た。二人の世界を邪魔しないように、なるべく静かに、とても静かに、扉を閉めて。

 

 * * *


 『もうすぐゼディア王国へ帰還する』。国王からの手紙の内容は、たったこれだけ。

 長らく不在だった国王が帰ってくるというのは、それなりに重大なニュースではあった。しかし、翌日の王城では別のニュースが大きく広まり、使用人たちの話題の中心になっていた。


 「護衛騎士のアルセム様が、実は……」

 「まさかロズリー姫様が……あんなことを……」

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