キノコとドレスと、躾の魔法。
(ここは……!?)
頭が
(ロズリーの部屋……? あっ!)
10年前の夢から覚めたアルセムは、意識を失う前に何があったかを思い出し、すぐにガバッと体を起こした。
(そうだ……! おれは魔女に襲われたんだ! ロズリーは!? あいつはどこにいるんだっ!?)
カーテンを開け、ベッドから降りる。
視界に入ってきたのは、エレガントな空間。天井にシャンデリア、床には
そして、この部屋にふさわしいお姫様の姿が、アルセムの目に映った。アルセムはひとまず安心して、お姫様に
(ロズリー! 無事か! よかった……!)
向こうもこちらを見て、安心したような笑顔で近づいてくる。
しかし、
(ん……? あれ? これ、ドレッサーか!?)
立ち止まったアルセムの前には、金や宝石で飾られた輝くドレッサーがあった。ドレッサーの鏡の中に、
思わず振り返ったが、そこにロズリー姫の姿はない。しかし顔を戻すと、ドレッサーの鏡にはまだロズリー姫が映っている。
鏡とは、その正面に立つ人物を、ウソ
「まさか、おれが……」
アルセムが口を開くと、鏡の中のロズリーも口を開いた。
間違いなく、声は「おれ」の
「おれが、ロズリーになってる……!?」
* * *
「わたしが、アルセムになってる……!?」
自分のことを「おれ」と呼ぶロズリー姫が、ドレッサーの鏡を見て
「そ、そんなっ……けほけほっ! そんなことって……げほっ!」
場所は、ロシュフォード
アルセムが孤児院に帰ってきた時は、この部屋がアルセムの個人スペースとなり、置かれているベッドや姿見などが
(声まで……! わたし、本当にアルセムに……)
まじまじと姿見を見つめながら、自分の喉のどに触れる。すると、鏡の向こう側にいるアルセムも、自分の喉に触れた。
(じゃあ、ここも……)
そのまま手を下へスライドさせ、手のひらを自分の胸に置く。そこには、かつてあったはずの
(やっぱり、わたしの体とは全然違う……。これが、アルセムの……アルセムがいつも使っている、男の人の胸……)
最初は
本来の自分にはないものが、今の自分の体にはある。15歳の「わたし」にとって、思春期の異性の体は、興味を引くには
(早くやめないと……! こ、こんなこと、してはいけないのにっ……!)
一国の姫として、
(もっと見たい……。アルセムが体で感じているものを、わたしも感じたいっ……)
息苦しさに
しかし手は止まらない。次なる刺激を求めて、下へと
(ここも硬い……。あ、服がめくれそう……)
ゴクリと
(あっ……)
おへそが見えた。
「アルセムお兄ちゃん!! おはようっ!!」
「!!?」
突然、
アルセムは驚き、首がねじれるような勢いで振り返った。
「起きてたんだね! 今からみんなで東の森に行くんだけど、アルセムお兄ちゃんも一緒に……って、あれ? 何やってるの?」
「えっ!? い、いえっ! わたくしは、何もっ……! げほげほっ!」
姿見の前に立つアルセムは、めくり上げようとしていた服をバッと降ろし、
* * *
「ロズリー姫様。今はまだ朝でございます。
「し、してないっ! おれは、何もっ!」
一方で、こちらも全く同じ状況。
手のひらの上には、
ロズリー姫は自身の胸からバッと手を
「うん?
「なんと。お忘れなのですか? あなたのガヴァネスである
「カバナス??」
「ガヴァネス。王族や貴族の子を教育する
「家庭教師の……シアン先生? へぇ、そんな人がいるんだな。おれは城の外で姫を守る護衛騎士だから、城の中にいる人のことはあんまりよく知らないけど……」
「何をブツブツおっしゃっているのですか? とにかく、あまり時間がありません。すぐにお
「う、うん。ここに立ってればいいのかな」
シアン先生に言われた通り、ロズリー姫は鏡の前でまっすぐに立った。そして、「お召し替え」が始まるまで、改めて今の自分の
(そうだ。この服、ロズリーの……女が着る服だ……。うわっ、なんだか急に
フリルで飾られた
「う……。早く、別の服に着替えを……」
「分かっています。それでは、本日はこちらのお召し物にいたしましょう」
シアン先生がパチンと指を鳴らす。すると、ナイトドレスが急に輝きだし、ロズリー姫の体は激しい光に包まれた。
(これは、魔法っ!? シアン先生、魔法が使えるのか!?)
魔法を使えば、お姫様の「お召し替え」すら
(なっ……!?)
本日の衣装。全体のカラーは、「ロズリー姫」が好むパステルピンク色。
頭に銀のティアラ。首に黄金のネックレス。オフショルダーでデコルテを強調し、より大きく見せられた胸をリボンが
大人の美しさより少女的な可愛さに
「な、なな、なんだよこれぇっ!!」
そのドレスは、小さい女の子たちの
ただ、着せられているのは「おれ」。こんなプリンセスドレスなんかに、憧れはない。恥ずかしさは
「うわぁっ!? ここ、これも、ロズリーの服だっ!! ロズリーのドレスを、おれがっ!?」
「はい、姫様の
「参りましょうって、どこに!?」
「朝のお散歩ですよ。城内を
「この、お姫様の
「ダメですよ。どうせ、いつも着ているような短いスカートのドレスをご
「違うっ! そうじゃなくてっ! おれは本当は男で……! 護衛騎士のアルセ」
「お
シアン先生は再び魔法を発動した。彼女の人差し指の先に、魔力が
そして、シアン先生がロズリー姫を指差すと、火の玉はヒュンッと素早く飛び、
「む、むぐっ! ゴクン……!」
火の玉に熱はない。しかし、それが逆に
ロズリーは目をキッと
(おれに何をしたんだっ!)
と。
しかし、口から出た言葉は違った。
「わたくしに何をなさったんですのっ!?」
自分の言いたい言葉と、自分の言った言葉が、重ならない。
(えっ……!? おれ、今なんて言った!?)
「で、ですから、わたくしに、何をっ……!」
気持ちが悪くなり、それ以上は言えなかった。
(なんだこれ!? どんなにおれの言葉で話そうとしても、ロズリーみたいな話し方に変わってしまう……! これも魔法の力なのか!?)
ロズリー姫は混乱し、黙ってしまった。
黙らせたシアン先生は、満足そうに
「
「服従の魔法っ!? わたくしの体を、シアン先生がご
「本来は、もっと幼い子に使うものですけどね。最近のあなたの『おてんば』は、目に余ります。今日こそ、しっかりと
「で、ですから、違うのですっ! わたくしはアルセムという護衛騎士で、本物のロズリー姫ではなくてっ!」
「お
「い、いやですわっ! こんな格好、誰にも見られたくありませんっ! おやめになってくださいましっ! だ、誰かっ! わたくしの足を止めてーっ!」
口でどれだけ嫌がっていても、身体は姫として上品な
* * *
こちらは東の森。
ロシュフォード孤児院の子どもたちが、森の中を自由に歩き回り、薬草や木の実などを
東の森には、「
ここでのアルセムお兄ちゃんの役割は、弟や妹たちの身を守る護衛騎士だ。そして、森に入って早々、護衛騎士の出番がやってきた。
「アルセムに代わり……いや、わたしがアルセムになってるんだから、代わりというわけでもないのかな? と、とにかく、わたくしがみなさんをお守りしますっ! お
森の広場にて、剣を構かまえるは少年騎士。
「ましゅー……!」
相対するは、小さな魔物。頭にキノコの
「やぁーっ!」
「ましゅっ!?」
ズガァンッ!!
(なんて破壊力なのっ!? これが、アルセムの肉体から引き出される力……!)
しかし、すぐにハッと
(いいえ、こんなものが当たったら、魔物さんがズタズタになってしまうっ!
アルセムは静かに剣を
「魔物さん、驚かせてごめんなさい。さあ、どうぞこちらへ。平和的な解決をしましょう」
「ましゅ……?」
女性的な
そして、抱き止める。
「ましゅ……」
「ふふっ。魔物さん、
「ま……しゅ……」
「ねぇ、魔物さん。わたし、思うの。ハグは……
「ましゅ! ましゅ、ましゅー!」
「えっ? あ、ちょっと! 魔物さん!?」
ポエムのように語りかけるアルセムを
「ふぇっ!? そ、そんなところにっ!? くふふっ、きゃはははっ! く、くすぐったいっ! ダメです魔物さんっ! 早く出てっ! きゃははっ!」
アルセムは立ち上がり、服の中からマシュルンを追い出そうとした。しかし、マシュルンはそれに
そして、ズボンの
「あぁっ!? そ、そこはいけませんっ!」
手出しができない。
この場所は安全だと確信したマシュルンは、逃げ回るのをやめ、すやすやと
「どうしましょう……! どうしよう、どうしよう! こんなときって、どうすればいいの!?」
パニック
自分の下半身に
(助けて、アルセムっ……!)
* * *
「もぐもぐ……。シアン先生は
「気品のある言葉遣いを」
「あっ! えーっと、シアン先生は、お
「躾魔法発動」
「きゃあっ!? し、シアン先生は、お
「食事をしている場合ではありませんね。あなたの
朝の散歩を終えたロズリー姫とシアン先生は、
「うぅ……。メシを食うだけで、こんなに苦労するのか。やっぱりおれには合わないな。
「姫様、何かおっしゃられました?」
「お、おっしゃってませんっ。お食事中はあまりおしゃべりをしないのが、お上品なのでしょう?」
「そうですね。やっと身に付きましたか」
「チッ……」
「
「あ
お姫様の
声や食器の音がよく響くのは、他に人がいないからだ。席について食事をしているのは、ロズリー姫ただ一人だけ。周りでそれを見ているのは、
広さを持て余しているダイニングルームに、ロズリー姫は
「あの……。わたくしの他に、誰かいらっしゃらないの?」
「と、言いますと?」
「いや、食事ってさ、みんなで一緒に食べるものじゃないのかなって。たとえば、ロズリーの家族みんなで、とか……」
「家族みんなで? それは、国王様とお
「えっ? 6人? ロズリーの父親と母親である2人、と……?」
「姉である3人の姫様です」
「さ、3人の姫っ!? ってことは、この国のお姫様は、ロズリーだけじゃないのか!?」
「今さら何をおっしゃるのですか? あなたは第四王女、ロズリー・ピアメル様ですよ」
「ロズリーが第四王女!? あいつ、そんなこと今まで一度も……!」
そして、ロズリー姫は食事の手を止め、深く考え込んでしまった。
(3人の姉がいることを、おれに
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