第278話 件の小屋は

 『小屋よりこっちは4匹だな。』


 ローガさんが、まだなりかけの魔物がいるって聞いて驚いてたけど、それなら、と、僕たちに任せてくれたよ。どうやら大回りで小屋を目指すことにしたらしい。

グレンの情報で、右側=方向で言えば北かな?に大きく逸れていけば、彼らが遭遇する前に片付けられるだろう、って。

 ローガさんにそれを伝えると、

 「了解。どうせ足の遅いのを引き連れてるからな。のんびりと行くことにする。途中野営で1泊になるかな?そっちはそっちで野営してくれ。その方が良いだろう。」

 そう言うとウィンクして、ローガさんは足早に立ち去ったんだ。

 きっと、僕らだけでの野営の方が快適に過ごせるってわかってての提案だったんだろうね。知らない人がいっぱいいたから、普通の冒険者みたいな野営になってたし・・・


 てことで、僕らはグレンの案内で、なりかけの魔物を探して、別行動です。


 「あとどれだけいるの?」

 2匹ほど出会い頭にホーリーをかけた僕たち。

 白くなった辺りを見回して、僕が聞いたら冒頭の通り。


 『小屋よりこっちは4匹だな。』


 小屋よりこっち?


 『奥は見てない。見てないが、間違いなく奥にも進む奴はいただろう。否。むしろほとんどが魔力に満ちた奥へと進んだであろう。』

 そうなの?

 なんで?

 『アレはダーの言う瘴気、強力な魔素を求めてさまよっている。なれば、必須、魔素の多い奥地へと歩を進めるのが道理というもの。』


 なるほど、です。

 たくさん人がいると、なぜか僕がロックオンされるってのも、その辺りが原因かな?嬉しくないけど。


 「って、グレンは小屋まで行ったの?」

 『見えるところまでは行った。が、側には寄れん。』


 あぁ、確か、結界張って、進入禁止にしてるって研究者の誰かが言ってたっけ?

 小屋には、実験途中と思われるタールの魔物の欠片がいくつもあり、壺とかお皿とかに無造作に放置されているのだとか。

 それだけじゃなく、彼らはタールから取り出した魔力を使った実験をしていて、その中でも転移の魔法陣の燃料にしていたから、小屋の外にはそのための魔法陣もあったようで・・・

 そもそもがガーネオがそれらを隠すために、結界を小屋とその周囲に張っていたのだけど、この国の人が、さらにそれを強化して結界を張ったんだって。

 教えてくれた人が、その魔導具を作ったんだ、と、自慢されたのを思い出したよ。


 僕は、そんなことを思い出して、なるほど、と、納得してたんだけれども。。。。



 なんだこれ?


 『だから言っただろ。側には寄れん、と。』

 「うわぁ、さすがに僕もこれは無理・・・」

 なぜかドヤ顔のグレンに、顔をしかめたアーチャ。


 うん、わかるよ。

 絶句です。



 あの後、僕らは、グレンの言う4匹を倒し、そのうち1匹は、みんなが通るルートにいたことで、白い物体をアーチャと二人かがりで、風で吹き飛ばし、そうしてなんだかんだと言いながらやってきたのは、件の小屋の前。


 研究者自慢の結界の魔導具・・・・は、すでに無かった。


 いや、おそらくはアレだろうな、という僕がすっぽり入るぐらいの箱みたいなのが、小屋を中心に等間隔にあって、なんだか前世のテレビで見た、ストーンヘンジみたい。それが、ぶよぶよとしたでなければ、だけれど。


 そう。


 等間隔に並んだその箱は、ううん。箱だけじゃない。

 箱も含むその周囲一帯は、真っ黒で、黒が固形から気体に、タールから瘴気に、ゆっくりと広がっているように、見えた。

 そのもっとも濃い黒は、中心にたたずむ小屋で。まるで真っ黒な小屋のオブジェのように異様な形でたたずんでいる。


 切り絵みたいだ。


 前世の記憶がふっと浮かび上がる。

 黒い紙を細かく切っていくアートだ。一筆書きのように素早くはさみで切り取られた紙を台紙に入れると、黒い美しい世界が顕現する。

 それは黒くて静かで・・・・なんだか美しければ美しいほどに、怖かった、そんな記憶が、心の奥底に浮かび上がる。


 あれは、紙だから平面で、美しくも静かで厳かだからこそ、怖かった。

 けど、これは・・・・


 立体で。

 しかも黒くなる前の姿が容易に想像できて。

 でも今は、ただ黒く静かにたたずんでいる。

 小屋も木々も魔導具も大地だって。

 それはゆっくりと黒い世界を広げつつ、ただ・・・・



 本当はね。

 小屋の様子を見て、明日みんなが来る前に瘴気を消しちゃおう、そんなことを話していたんだ。

 近くに良い感じの場所を見つけて、今日の野営地の候補も立てた。

 物見遊山。まさにそんな形で、明日の仕事場の見学、そのつもりだったんだよ。


 


 「大丈夫?ダー?」

 アーチャが僕の正面に回り込んで心配そうに聞いた。

 「あ、ああ、うん・・・うん、大丈夫。」

 僕はにっこりと笑う。

 けど、しっかり笑えてないんだろうな、って自分でも思う。


 「さ、帰ろうか。ここの様子も見れたし、明日はこれをきれいにしなくちゃ、ね?」

 アーチャが、僕の身体を軽く押して促す。

 「?」

 でも、僕の身体は、黒い領域を見て動かなかった。


 「ダー?」


 ・・・・


 「ダー?」


 「ダメだ。」

 「ダメ?何がダメ?」

 「アーチャ。アーチャにはアレがどう見えてるの?」

 「アレ?」

 「うん。黒いの。」

 「そうだね。小屋を中心に黒くなってる。ダーがタールって言ってるのになってるね。木にも地面にも広がってる。」

 「瘴気は・・・見えない、よね?」

 「黒い煙みたいなのって言ってたっけ?魔力が濃くよどんでいるのはわかるけど、黒くは見えないな。」

 「やっぱりそうだよね。あのね、瘴気は、タールの部分を包んでるみたいに広がってるのはわかるよね。」

 「そうだね。ん?もしかして広がってる?」

 アーチャはそう言って、神経を研ぎ澄ませた。

 「ゆっくり、こっちへ来てる?」


 そうなんだ。

 同心円状に広がっていた瘴気なんだけど。ゆっくりとだけど、その円がいびつになってきてる。

 僕だけじゃない。アーチャもグレンもそうなんだろう。僕らの魔力はとっても大きく、当然、その魔力が漏れないような対策はしてるんだけど、それでも僕はそれが苦手で・・・

 そんな、魔力に反応して何だろうか。

 小屋から同心円状に広がっていたと思われる瘴気が、ゆっくりとゆっくりと、それこそじっと観察してなければわかんないぐらいゆっくりと、こっちに向かっている瘴気だけ多方向よりもスピードアップすることによって、同心円だったものが切り株の年輪みたいに崩れていってるようだ。

 特に、僕が促したからだろうか。アーチャが神経を研ぎ澄ませた後は、さらにスピードアップされたように見える。

 明らかに、瘴気は魔素だか魔力だかに向かってゆるゆると向かっているよう。


 「魔力に反応してるのかも。僕かグレンに反応したのかな?アーチャが魔力を強めたから、こっちに向かうのが早くなったみたい。」

 慌てて、アーチャは魔力をひっこめ、さらに僕を抱きしめる。

 どうやら僕の魔力も隠してくれたみたいで、グレンもなんか息を潜めて魔力を隠す。


 遅くなった?


 予想通りっていうべきか。

 瘴気のスピードが他の方角と同じようになったよ。

 やっぱり魔力とかに反応して、瘴気は動くの?どっちかっていうと浸透圧的な感じかも。だって、意思とか一切感じないから。


 「スピードは落ちたけど、瘴気はずっと広がってる。ねぇ、森のことを考えるとちょっとでも早いほうがいいんじゃない?」

 僕は言う。

 アーチャも思案する。

 今まで何回も僕はホーリーを唱えたからね。

 僕の魔力のこととか、心配しくれてるのはわかるんだ。

 それに、今日倒してきたなりかけの魔物たちと、ここは、明らかに違う。

 今までは、いかに周りに影響を与えないように、と、魔力を絞るのかがメインだった。

 けど、ここは今までに無いぐらいの濃厚な瘴気が大量にあって、タール化した物体だって、大量になる。

 だから、かなりの量の魔力を使わなきゃ、ここをきれいにすることは出来ない。


 けどね。


 僕は知っている。


 この辺りの魔力濃度は、あの瘴気のせいだと思うけど、むちゃくちゃ高くって。

 だからこそ、グレンだって側に寄れない、って言ったんでしょ?

 だからこそ、アーチャの顔が、そんなに青くなってるんでしょ?

 瘴気がギリギリ僕の視認出来ない辺りまで、僕らは離れてる。

 けど、十分に危険地帯だ。


 だから


 「アーチャ、いいよね?」

 「・・・はぁ。仕方ない、か。今日の寝床、僕のバッグに移してちょうだい。ご飯も、今日明日食べたいのを移して。」

 やだなぁ。

 僕が倒れる前提?


 でも、OKてことだよね。

 これで保護者の許可は取れたってことで・・・・

 僕はアーチャに言われるまま、ポシェットをいじりアーチャが引き出せる場所へ、要求されたものを移動して・・・



 「 ホ  ー  リ  ー 」



 薄暗い森が、淡い、それでいて強烈な、白い光に包まれる。


 想像以上に魔力が持っていかれる。

 けど、僕の背には暖かい手のぬくもりがあるから、今は、本能のままに魔力を注ごう。


 誰かに抱かれたような気がする。


 黒い影絵が白い世界で一層白く。

 霧の向こうの白い世界、夢の世界のようにはかなくて。


 なんか、きれいだ・・・


 蜃気楼


 そんなワードが頭をかすり・・・


 その後は・・・・


 わかんないや・・・

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