第277話 vs.なりかけの魔物

 「お役人さんたちの護衛のフォローよろしく!」

 アーチャはそう南部騎士たちに声をかけると、つないだままの僕の手をギュッとして、前方、魔物と対峙している3人のところへと向かう。


 「何をしている。下がってください!」

 それに驚いたジークンさん。吠えるみたいに僕たちに怒鳴ったんだけど・・・


 「いいえ。ここは僕らに任せて、ジークンさんたちが下がってください。」

 「そんなわけには・・」

 「いいえ。ジェビン、ローガも、黒い魔物は僕らが。」

 アーチャがセスの二人に言ったよ。


 二人は、同じ集落の人じゃないけど、よくかわいがってくれた兄貴分みたい。

 セスには、僕が黒い魔物に対して有効な魔法を持っているって知っている人もそれなりにいる。ちなみに、この二人もそういう人で、だからこそ樹海の地理に詳しいってだけじゃなく、このメンバーに選ばれたんだ、って行軍中にお話ししたりしたんだ。

 もう一つちなみにだけど、2人は僕と一緒に研究・・・という名の樹海での実験(=ホーリーを放って樹海の魔素を抜く)のお手伝いをしたこともあるから、僕とは初見じゃないらしいです。ごめんね。たくさんの人が参加するから、覚えてなかったよ。


 「バカなことを。あんたらも、いや、あんたらこそ護衛対象なんだ。おとなしく下がって・・・って、ウオッ。」


 カキン!


 あ、焦った~


 僕は思わず身を乗り出す形で、ジークンさんの剣を自分の剣ではじいたよ。


 「な、何を?!」

 とはいえ、本気で当たったってより、僕が身を乗り出したことで慌ててジークンさんが寸止めにしてくれたから軽くカキン!ていう程度ではじくことが出来たんだけど。


 「ワオーーーーッン!」


 う、うるさい。

 耳が、キーンって!!


 「グレンうるさい。」


 うん、そうです。


 僕たちがチンタラ言い合いしているところに、グレンが飛び出してきたの。


 『ばかもん!奴が襲ってきとる。』


 よく見ると、フラフラ歩いてきていただけの魔物が投擲みたいにビュンッて、手を振ろうとしていたようで。

 あれで手を振ったら、タールみたいになった部分がブンッて飛んできたところだったろう。まぁ、届くかは微妙だけどね。

 それで、グレンが身を間に挟んで、咆哮。魔物の動きを止めたようです。

 今目の前には振りかぶったモーションで止まった魔物が・・・・


 ただまぁ、その飛び込んできたグレンに気づき、とっさに剣を振ろうとしたジークンさんもたいしたものです。

 そんな関心をしていると、

 『奴が動くぞ。』

 グレンが言ったよ。


 「ジークンさん離れて!グレン・・・このランセルは僕の友達です。問題無いからみんなと逃げて!」

 「いや、しかし・・・」

 グレンの登場に、挙動不審になっちゃってるジークンさん。

 それには申し訳ないけど、どっか行ってくれなきゃ、まともに戦えないよ。

 魔物の方はもう再起動しちゃってるのに。


 ビシュン!


 そんなことを思ってたら耳元を風きり音が通り過ぎた。

 アーチャが、魔物の牽制に矢を放ったんだ。


 「ジークンさん。正直ジャマです。僕らの連携にヒビを入れる気ですか。機密事項あり、グレンも一緒、の、僕らの戦闘に貴方の入る余地はありません。下がってください。」


 ビシュン、ビシュン


 二の矢、三の矢をはじきながら、アーチャが無表情に言ったよ。


 「さ、行きますよ。」

 その姿を見たセスの二人が、唖然としているジークンさんに近寄り、軽く肩を叩く。


 それを見たのか見てないのか、グレンが足下にいた僕の襟をその大きな口でつかむ。

 彼が軽く首を振ると、僕はちょっとだけ空中に放り出されて、コントロールばっちり、グレンの背に舞い立った。

 そんな様子をジークンさんは相変わらず呆けた様子で見ているけど、セスのジェビンさんが腕を引くように連れて行き、その後ろから、ニカッと笑ってローガさんが3本指を振る。あ、ちなみにこれは、セスの人たちの合図で、前世で言う親指を立てるgoodマークみたいなサインなんだ。スリーピース、かな?指はそろえるけど。


 そんなローガさんに、僕も3本指を立てて振り返し、魔物の方に向き直ったんだ。


 ビシュン


 僕がそんな風にしている間にも、アーチャは弓を射る。


 矢が魔物に当たるたび、ビクンビクンってのけぞるけど、その威力に後ろへ押し出されるけど、でも倒れない。

 瘴気が瞬く間に身体を治しちゃうんだ。

 けど、タール状じゃないところには、ちゃんと矢が刺さっているのは朗報か。

 タールに触れると、ほとんどの物体が、ゆっくりとそれに同化していく。武器が効かないのはよく知られているところ。


 アーチャはまだタールになっていないところを狙って矢を放つ。

 すぐにタール状になっている手で払うから浸食されちゃうし、傷口には、身体を覆う瘴気が集まる形で癒やしていくけど、しかも、そうやって癒やされたところはタール状になっちゃって、そこを起点にタールが広がったりしているけど。

 それでも十分に足止めになっている。



 気配を探ると、セスを中心に、みんなはこちらが見えないところまで撤退していくのがわかる。

 グレンのことを知っている南部騎士が、彼に驚く人々に説明している様子が感じられる。

 このセスと南部騎士によって、こちらの様子が見えない場所へと、みんなを誘導してくれているのがわかった。



 『ダー。もう良かろう。屠れ!』


 力強い、グレンの声。


 うん。


 僕は、あまり気張らずに、必要最小限を心がけ・・・


 「ホーリー」


 それでもこの空間は白く輝いた。




 数秒後



 視界がゆっくりと開けてゆく。


 このvs瘴気の特徴の白い塊が魔物のいたところを中心に広がっていた。

 けど・・・

 完全にタール状にはなっていなかったからなのか。

 黒くなかった上半身の一部が白い絨毯の上に、そおっと置かれたように横たわっていた。

 それはなんだかもの悲しくて、胸の奥になんか異物があるみたいに、ズンってなったんだ。僕らはなんだか喪に服すみたいに、その死骸を見つめていた。



 しばらくして・・・・



 「やったのか。」

 セスの案内人の一人、ローガさんが背後から声をかけてきた。

 どうやら代表で様子を見に来たらしい。

 魔法の素質がある人も多い今回の探索団のこと、おっきな魔力が爆発したのを感じた人も多かったんだって。

 彼が来たのは、この状況=白い大地や魔物の死骸の様子を知るからだろう。


 「相変わらず・・・白いな。」

 僕の魔法を見たことがある、と言っていた彼の感想。

 うん。そうだね。

 この世界の小麦粉より白い。これだけの白はお天気の日の空の雲ぐらいしかないかもしれない。白、って言ったって、だいたいが生成りっぽいもんね。


 「避けて案内するか?どうせセスでなきゃどこをどう通ったかなんてわかりゃしない。」

 「それもいいけど・・・」

 「ん?」

 「そうだね。ルートをちょっと遠回りに設定してもらえる?僕らはちょっと別行動するから。」

 「別行動だって?」

 「うん。グレンがね、今のなりかけの魔物みたいなのが複数いるって。対処するなら僕らだけの方がいいから・・・」

 「はぁ?複数だって!!」


 どっちかっていうと沈着冷静なローガさんが目をむいた瞬間だった。

 

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